退色刑事
生気ちまた
退色刑事
桟原智雄は『退色刑事』である。
普段はパチンコと競馬だけを生きがいにしている冴えない中年男なのだが、管内で事件が起きると評価は一変。人相を見ただけで犯人を当ててしまうといる驚異的な能力を発揮する。
曰く「犯人の姿だけ色褪せて見える」そうで、若手の刑事たちはみんな「桟原が死んだら眼球を移植させてもらおう」と密かに企んでいた。
一方で、桟原自身はその能力を疎ましがっていた。
なにせどんな微罪でも「犯人」ならばセピアカラーになってしまうため、例えば行きつけのパチンコ屋に入った時などに客の大半が色褪せていたりすると、ああこいつらはその辺でしょんべんでも引っ掛けてきたんだな……と察してしまうのだ。
わりと潔癖症だったりする桟原は、そういう日にはハンドルに触れる気になれず、近くのカフェで時間をつぶすことになる。
そのカフェでもたまに店長が色褪せていたりして、もう生きづらくて仕方なかった。
近江俊三は『退色刑事』である。
普段は中年特有の性欲減退に苦しんでいる冴えない中年男なのだが、管内で事件が起きると評価は一変。犯人の前では
曰く「犯人を見るといきり立つ」そうで、若手の刑事たちはみんな「近江が死んだらそのイチモツを二本目にしよう」と密かに企んでいた。
一方で、近江自身はその能力を疎ましがっていた。
なにせ日頃は全く役に立たず、ただでさえ妻には寂しい想いをさせているというのに、隣の家に住んでいる若いチンピラを一目見るだけでピョコンと復活する時があり、その度に妻は「自分がふがいないばかりに夫がそっちの道に走ってしまった」と自身を責めてしまうのである。
かといって刑事の妻を犯罪者にするわけにもいかず、もう生きづらくて仕方なかった。
川井純三は『大食刑事』である。
普段はご飯を食べることだけが生きがいの冴えない中年男なのだが、管内で事件が起きると評価は一変。犯人を捕まえるまで食事が喉を通らなくなってしまう。
曰く「被害者の気持ちを考えると食欲が萎える」そうで、若手の刑事たちはみんな「川井さんは良い人だ」と密かに尊敬していた。
一方で、川井自身は当然ながらその能力を疎ましがっていた。
なにせ早々に犯人を捕まえなければ、栄養失調で死んでしまいかねない。
元々がデブなので、日が経つにつれてみるみる痩せていく様子は他の刑事たちからも心配されるほどであった。
やる気を出した同僚たちにより犯人が早期逮捕されることもしばしばあったが、もちろん川井本人の功績にはならないため、もう生きづらくて仕方なかった。
大野五十六は『耐ショック刑事』である。
普段は鷲羽山ハイランドのお化け屋敷にも入れないほどの怖がり中年男なのだが、管内で事件が起きると評価は一変。犯人にだけはドッキリを仕掛けられても叫ばずに済むのだった。
曰く「仕組みはよくわからない」らしく、若手の刑事たちはみんな「大野は『まんじゅう怖い』だ」と本当に怖がりなのか疑いの目を向けていた。
一方で、大野自身はその能力を疎ましがっていた。
なにせ犯人からドッキリを仕掛けられることなんて滅多にない。不意打ちで殺されそうになった経験はあっても、叫ばずにいられたところで何がどう変わるというのか。いっそ普段から怖がりでない方が刑事としてはありがたかった。
なお先日、五十歳の誕生日に行われたサプライズ・パーティーにおいて、日頃から仲良くしていた友人全員が何らかの犯罪に関わっていたことが特殊能力によって判明。
交友関係が全滅してしまい、もう生きづらくて仕方なかった。
× × ×
ある日、署長の安住警視が死体で発見された。
同人作家でもある安住は、いつものように出勤して、いつものように署長室で新しい推理小説のアイデアを練っていたはずだったが、室内に侵入した何者かによりナイフで刺殺されていた。
死亡推定時刻は午後一時から二時。少なくとも発見された四時の時点では抵抗の形跡が残されていなかったため、犯人は被害者と親しい内部犯だと想定された。
当然ながら犯人探しはすぐに始まった。身内にはトコトン甘いのが日本の警察であり、殺人事件の被害者が直属の上司ともなれば捜査に携わる刑事たちも必死である。
彼らは証拠になりそうな物品を探し回った。
やがて、安住の机から思わぬ代物が発見される。
ダイイングメッセージ。絶命の間際に安住が書き残したと思われる小さなメモである。
そこには驚愕の事実が記されていた。
『はんにんは たいしょくけいじ』
なぜ、あえてひらがなで書いたのか。
四人の「たいしょくけいじ」は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
これでは当てはまる奴を一人に絞りこめないじゃないか。
安住のダイイングメッセージの不手際を責める彼らに対して、相談役の腕章を付けた老刑事・久藤が「指で描いた血文字なんだぞ!」と声を荒げる。
「きっとこれが、精一杯だったんだ!」
「なるほど」
しかしながら、彼らの胸中は穏やかではない。
このままでは自分が犯人=「たいしょくけいじ」に指名されかねない。
一枚のダイイングメッセージだけでは殺人行為の立証が難しいとはいえ、これからも刑事として働き続けるために汚名はそそいでおきたかった。
あらぬ疑いを晴らすためには自分以外に真犯人を見つけだす必要がある。
そして奇妙な縁だが、四人にはそのための能力が各々備わっていた。
初めに声を上げたのは退色刑事・桟原だった。
「さっきから、近江がセピアカラーだったりするんだがよぉ」
「なんだと!」
一巡指名された近江は対抗して自らの社会の窓を開け放つ。
久しく元気のなかった彼のイチモツがそれなりにいきり立っていた。
つまり犯人を感知したということだ。
「これはレーダーみたいなモノだから何となくわかるんだぞ! この中に犯人がいるってな! このまま誰かに近づけば、より反応するはずだ!」
「まずいですよ、近江さん。今日はやめたほうがいいですって……」
「何だと川井! まさかお前じゃないだろうな!?」
「違うに決まってるじゃないですか!」
かなりアウトな状態の近江に詰め寄られて大食刑事・川井は大汗をかく。
しかしすぐに反論を思いついたらしい。
「仮に私が犯人だったならば、お昼にラーメンとチャーハンを二人前ずつというメニューを消化できていないはずでしょうよ!」
たしかに川井がお昼を食べていたのは午後三時から三時半にかけて。
安住が死んだとされる二時よりも後であり、安住の死が発見された四時よりも前だった。
だが、だからといって犯人でないと言いきれるわけではない。
「ええい! やっぱり近づけた方が早い!」
「やめてくださいよ!」
「近江がセピアカラーなんだよなぁ」
それぞれツバを飛ばし合う三人。
どうあがいても持論を証明できないことに苛立っていた彼らは、もはや止められないくらいにヒートアップしてしまい、ついには殴り合いまで始まってしまう。
当然ながら刑事はみんな基礎鍛錬を積んでいる。警察学校を出た後も世間の粗野な輩と戦うために道場などで心技体を鍛えており、それこそ本気になれば家だって壊しかねない。
そんな彼らに、耐ショック刑事・大野は「みんなボクにドッキリを仕掛けてみてくれないかな」と小さく呟くことしかできなかった。
──結局のところ四人の「たいしょくけいじ」が持っていた能力は全て各々の主観でしか捉えられないものであり、こういった場合は各々がどれだけ主張したところで他者に証明することができなければまるで意味を為さない。
しかしながら神聖な現場で壮絶な口論とインファイトを成し遂げてしまった彼らの行いは、若手の刑事たちという主体によりしっかりと観察を受けており。
何やかんやで四人とも退職させられた。
退色刑事 生気ちまた @naisyodazo
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