第12話


後輩ヒロインの日南茜ひなみあかねは『がんばって作ってきたんです』と、あざとさ全開のしおらしいアピールを決めた。



「タイヨウ。茜ちゃんがんばったんだよ。食べてあげなきゃだめだよ。」


まっさきにそのあざとアピールにひっかかったのは良い人代表の野々村だった。


素直というかおバカというか人が良いというか…ちょろいな野々村。

日南の猫かぶりのあざとい演技を本気で信用してるみたいだ。



「まあ、そうね。頑張りと良し悪しは比例しないけれど、やはり見た目と味も比例はしないし。試しに食べてみてもいいんじゃないかしら」


雨宮も野々村に同調して日南の弁当を食べるようにタイヨウにうながす。


お前はさっき勝手に日南の弁当を酷評しすぎて気まずくなってるだけだろ。

さりげに頑張りと良し悪しは比例しないとか、まだ厳しいこと言ってるし。


日南はそんな彼女たちの掩護射撃えんごしゃげきをウンウンとうなずきながら聞いている。


「お前らなぁ他人事だと思って。そこまで言うならみんなで食べようじゃねーか」


タイヨウも反撃に出た。死なばもろとも、道連れ作戦だ。

一瞬ピタッと野々村と雨宮の動きが止まる。



その、みんなにオレもはいってんのかなぁ…?

それはぜひとも避けたいとこだ。

日南を気づかって万が一にも2人がその案に乗っかって、みんなで食うようなことになる前に阻止しなければ。


「いやいやそれは違うぞタイヨウよ。日南はお前のためにつくってきたんだ。お前のぶんをとっちまうのは申し訳ない。お前が全部食べるべきなのだ」


それにお前ハーレムラブコメの主人公だし…。

なんでオレが日南のヤバい弁当を食わにゃならんのじゃ。デメリットしかないわ。



「さすが千尋ちひろ先輩!わかってる!ちなみに私のことは茜でお願いします!」


オレの掩護射撃にも日南はあっさり乗ってきた。


しかもオレを持ち上げながら、ついでに名字じゃなくて名前で呼べという、いつもの請求までしてきた。げにおそろしき子。


日南は皆から名前で呼ばれたがる性質をもっている。どうせ、そっちのほうがかわいい後輩感が周囲にアピールできるとかそんな理由だろう。


しかしオレにとってアンラッキーパーソンの日南を名前で呼ぶのもなんかシャクなので日南と呼び続けている。



タイヨウはがしがし頭をかきながら覚悟を決めたようだ。


「ったく仕方ねーな。1口だけ食ってみるか」


さすがハーレムラブコメの主人公。

オレなら絶対食いたくない。


オレは初めて自分が主人公でなくて良かったと思った…。

いや、でもこれ食ったら主人公になれるなら食うけども。

まぁそんなことで主人公になれるわけもなく、これを食ってもなれるのはせいぜい腹痛ぐらいだろうが…。




その後、タイヨウは日南の作ってきた弁当を無理して食っていた。

すげぇコイツ全部食いきりやがった…。


タイヨウはゼェゼェ息をきらしていて、なぜか飯を食ったのに体力は食う前より減っているように見える。


タイヨウが自分の作った弁当を食べたのを確認した日南は満足そうな顔をしている。


「さすがタイヨウ先輩!あ、そしたら飲み物も必要ですよね?私なにか自販機で買ってきますよ!食べてくれたお礼におごりますね。ついでに皆さんも何か欲しいものあったら、おごるのはアレですけど代わりに買ってきますよ」


雨宮や野々村のほうを向いて、日南は自らパシリを買ってでた。

タイヨウからは弁当のお礼と言って、お代すら取らないらしい。



無茶苦茶なことをしながらも、そういうところで気が利いたりするからたちが悪い。

こうしたところで日南は生意気だけど憎めない後輩ヒロインポジションというものを上手にこなしている。


…日南が後輩ヒロインポジションを確かなものにするということはオレにとってはマイナスな事実だ。


やはりオレはこの女、苦手だ。


てか皆さんってオレもはいってんのかなぁ…?


「タイヨウ先輩なに飲みたいですか?」


「ん?あぁなんか悪いな。弁当ももらったのにそのうえ飲み物までおごってもらうとか」


「いえいえ全然ですよ」


「じゃあそうだなコーラで頼む」


「りょうかいです。泉先輩はどうしますか?」


「そだね。じゃあせっかくだからイチゴオレ買ってきてもらおうかな。お金いまだすね」


「はいはい。イチゴオレですね~」


そういって日南は野々村からお代を受けとる。

そして次は…と雨宮のほうを見る。


「雨宮先輩はどうします?」


「私は今は要らないから大丈夫よ。ありがとう」


「そうですか。わかりました!」


雨宮は購買でパンと一緒にコーヒー牛乳を買ってきていたので飲み物はいらないみたいだ。

(てか、『ありがとう』とか、雨宮って意外にまともな会話できるんだな…)




――さて、野々村に聞いた。雨宮にも聞いた。

順番でいけば次はオレの番なのだが。


はたしてオレは皆さんに入っているのか…?

ついに謎が明かされるときがきた。


さっきから目の前の皆さんで行われている物語にあまり参加できずにいるオレだ。

もしかして今回もオレはスルーで『でわ、行ってきまーす!』と日南がスタートしてしまう可能性は充分にある。


まあオレも今はコーラとかイチゴオレとか甘ったるい飲み物は特に欲しくないのだが。

このハーレムラブコメの物語がオレに塩対応なので、すこしばかり精神的な甘み成分が必要だ。


頼むから、一応オレにも飲み物いるか聞いてくれ!日南!


さっきオレの鶴の一声のフォローのおかげでタイヨウに1人でお前の弁当を全部食べさせれたはずだよな?よな!?


そんな風に心の中で祈りながら日南を見ていると、日南はオレのほうに顔を向けた。


…よし!

スルーされなかった!ついてる!


いやいや当たり前なのよ?本来は。

こんな近くにいて皆にすら入れてもらえないなんてほうがおかしな話なんだけどね!


あんまりにも卑屈になりすぎていたが。まあとにかくよかった。


日南よ。なんやかんやでお前もちゃんとオレにも一応気をつかってくれるんじゃないか。そこには素直に感謝しよう。



「じゃあ千尋先輩。飲み物もちきれないから一緒に自販機まで付き合って下さい!」


日南はニッコリと笑顔で言った



…………は?

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