第13話


オレはなぜか、後輩ヒロインポジションである日南茜ひなみあかねと2人で廊下を歩いている。


学校の中庭にある自販機まで強制連行されているのだ。



え…?どゆこと?


いや、みんなの分の飲み物を日南1人で持つのは大変だから。という理由でかりだされたのはわかっているが。


タイヨウはコーラ、野々村はいちごオレ、雨宮は特にいらないということで、オレと自分の分をもし買ったとしても4人分だ。


少なくはないが、持てないというほどの量ではない。

下手すりゃ両手でジュースを抱える姿は健気けなげでかわいく見えるまである。


そんなかわいいアピールのチャンスに気づかない日南でもなかろうに。


ましてや誰か一緒に連れていくなら、意中の相手、ハーレムラブコメの主人公のタイヨウだろう。せっかくのツーショットになれる絶好の機会なのだ。


しかしなぜかこうして主人公タイヨウでもなく、このオレが名指しで連れ出されている。

なんかオレもあっけにとられて思わずついて来ちゃったけど…。

日南のことだ、これには必ず何か裏の理由があるはずだ。


その理由は一体なんだ…?



え…?

もしかして、オレ…?


実は日南の意中の相手オレ…!?


オレが勝手に日南に苦手意識を持っていただけで、日南はオレが好きだったりしちゃうのか!?

オレの主人公ライフは意外な人物によって始まると…?



……。


いや~まいったなぁ~!おい!!

そんなそぶり今まで全然無かったじゃ~ん!


つい数分前まで、『オレはこの女が苦手である』なんて脳内で言っちゃっててゴメンね!まじで!なんか文豪みたいな言い回しだよね。『である…』とかさ!恥ずかしい!


人を勝手に苦手とか言っちゃダメだよな。

反省!オレ反省!


と1人で盛り上がっていると、日南が口を開いた。


「…どーなってんすか。アレ」


「えぁ?アレってドレ?」


盛り上がっているオレとは対照的な日南の冷めた言いかたに、思わずアホみたいな声で返事してしまったオレ。


「雨宮先輩ですよ。なにさっそく仲良くなって距離ちぢめちゃってんですか。転校生で、しかもあんな正統派美少女とかヒロインりょく高すぎでしょ。このままじゃ余裕でタイヨウ先輩あの人に持ってかれちゃいますよ」



……。


…やはりオレはこの女が苦手である。



主人公の親友ポジであるオレと役割がかぶりがちな後輩ヒロインポジションの日南は、考えかたまでオレとかぶってやがる…。


最近は少女マンガやアニメ、またそれにともなった実写映画など、そういったものは一部のコアな層だけのものではなく、一般的に広く受け入れられている。


つまり今どきの女子の日南茜ひなみあかねも一般的な女の子程度のレベルでラブコメだとかヒロインだとかの知識を持っている。

(程度のレベルって意味かぶってるかな?あぁ頭痛がまじで痛い。まじでもうボク教室戻っていいっすか…?)


そんな知識のある日南が、タイヨウのことをハーレムラブコメの主人公の星の元に生まれてきた男。

野々村や雨宮をメインヒロイン候補たち。

つまり日南のとっては自分のライバルたち

とオレのように気づいてしまうのはおかしなことではない。


オレに言わせれば、むしろ自分がハーレムラブコメの主人公であることに気づいていないタイヨウや、その周りにいる野々村とかのほうがおかしいくらいだ。



まあ、とにかく日南には、タイヨウたちには伝わらないハーレムラブコメ用語が少なくともある程度は通用するようだ。

今まで、他のやつらに話しても、さっぱり?といった顔をされ続けたオレにとっては初めての経験だ。



「…まあ、雨宮のヒロイン力はともかくとして。なんでオレに言う?」


「千尋先輩がとめてくれればよかったんですよ。タイヨウ先輩が雨宮先輩と親密になるのを」


「むちゃ言うな…」


いや、まあオレも止めようとしようとしたっちゃしたけどな…。


普通は自分と同じような考え、思想を持っている人間には仲間意識を持ったりするものだが、日南に持つのは苦手意識だ…。


…なんかオレのアイデンティティが、どんどん日南に奪われていく感覚だ。

オレは物語からのフェードアウトの階段を上っているのような気がしてならない…。

やはりこの女、苦手であーる。



「それにハーレムラブコメの主人公力が強すぎるんだよ。タイヨウは。止めれるわけねーよ」


「ホントそれですよ。ライバルなんて野々村先輩1人でも普通に強力だってのに。あの人、美少女ホイホイかなんかですか?」


「プッ、美少女ホイホイか。それちょっと面白いな」


「笑ってる場合じゃないですよ。私のために千尋先輩にはしっかりしてもらわなきゃ」


いやなんでオレがお前のためにしっかりしなきゃならんのだよ……。



しかし、ここである疑問が出てきた。


「……てかお前ホントにタイヨウのこと好きなの?」


どうも日南は単純にタイヨウが好きなのか、校内の美少女という美少女たちを引き付けてしまうハーレムラブコメの主人公のタイヨウを制することができる自分が好きなのか。

オレにはわからなかった。


「え?こわっ!?なんでいきなり千尋先輩と恋バナしなきゃならないんですか?怖いんですけど。夜中にLIMEしてて恋バナふってくる、興味ない男子ほど怖いものないんですけど。これ女子にとってあるあるですから気をつけたほうがいいですよ…?」


日南は謎の上から目線でばしばしとまくし立てた。


……オレはこの女が苦手である。


てかもはや、ちょいちょい腹立つレベル。



「いや夜じゃねーし、LIMEじゃねーし。そもそもお前のアドレスしらねーし」


「そういえばそうでしたよね。なんですか?私のアドレス知りたいんですか~?」


ニヤニヤしながら日南は勝手のオレの言葉を自分の都合のいいように拡大解釈かくだいかいしゃくして聞いてくる。

やはり誰にでも好かれていたいタイプのやつのようだ。


それはオレのような、日南にとってはただの主人公の親友ポジションでしかないような興味もない男だとしても例外では無いらしい。


「いや、いらん。変に頼みごとされても困るし」


「なんですか、その言いぐさは。かわいい頼みごとしかしないですよ!」


「頼みごとはすんのかよ…」


「そりゃ千尋先輩。タイヨウ先輩の親友ですし?親友を制するものは、試合ゲームを制するって言いますし」


「それはリバウンドを制するものだろ。お前はボールがわりに頭をダムダムされちゃったの?」


「とにかく、タイヨウ先輩の親友である千尋先輩の協力ってかなり強いじゃないですか~。強力な協力者みたいな?」


「………」


なんかつまらないダジャレを言うところまでオレとかぶってる気がする…。


いや、つまんねーのかよ…。



……強力な協力者。


なんじゃい。そんなネタ……。



一応いただいとこ。メモメモ。




――そんなこんなと話していると、一応の目的地である中庭の自動販売機に到着した。


どうするかな?

オレも何か買おうかな。


たしかタイヨウはコーラ、野々村はイチゴミルクだったよな。

オレも何か清涼飲料でこのよどんだ気持ちを吹き飛ばすべきか…。


などと考えていると、隣で日南が口を開く。


「千尋先輩、私オレンジジュースが飲みたいです」


「へー、日南はオレンジジュースか」


「はい!」


オレはどうするかな?

やっぱり炭酸のほうがいいかな。でもコーラは主人公たいようとかぶるし後から主人公に乗っかったみたいでそれは無しだな。

とりあえず日南が買ってる間に何買うか決めるか。


しかし、オレンジジュースを欲しているはずの日南はなぜか自販機に近づいて小銭を入れるようなそぶりも無く、ただオレを見つめて立ったままでいる。


「……」


しばしの間が空く。

いっこうに動く様子の無い日南。

ただただオレのほうを見て、微笑んでいる。




……え?


もしかしてオレ?

やっぱり実は日南の意中の相手オレ……なわけねーよな。


じゃあ一体全体いったいぜんたいなにしてんだコイツ?



「なに…?」


日南の意図が全くわからぬままのオレは、素直に疑問をなげかけてみる。


「私オレンジジュースが飲みたいです」


さっきと同じことを繰り返す日南。


あれ、オレもしかしてタイムリープしてる?

ハーレムラブコメにタイムリープ要素を入れて、オレに主人公チェンジですか?


タイムリープ能力を手にいれた主人公ってだいたい途中で一回、心病んじゃうんだよな。

でもオレの精神衛生上、一番良くないのは自分が主人公じゃないことだ。

タイムリープ主人公、大歓迎です!


しかしタイムリープしているような感覚は全くない。

あるのは何かを期待するような眼差しでオレを見続けている日南だ。


てか何秒黙ったままオレを見てんだよ。


ずっと目が合ってると、オレが照れちゃうだろ、この美少女が…。



オレンジジュースを飲みたいという日南。


しかしオレを見つめて動かないままの日南。


「……」



…え?

もしかしてオレ?


「…もしかしてオレにオレンジジュースおごれっていってんの?」


「はい!千尋先輩におごってもらったらスゴく嬉しいですし~。お願いします。かわいい後輩おねだりです!」


今回に限ってオレのもしかしてが当たってしまった…。

日南はニッコリスマイルで堂々とオレにオレンジジュースをせびってきた。



なんでやねん。


やはりこの女、苦手である!

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