第12話『だから好き』
「くすくす、この期に及んで私たちの事を諦めないなんて……本当に困った子達」
考え込む俺に消えゆくルゼルスが声をかけた。
俺やペルシー達がラスボス達が消えないように足掻こうとしているのが伝わったらしい。
「ラース……もういいの。私はこの第二の人生という物に満足している。私の過去の具現であるセンカさえ幸せになってくれればそれでいい。私の分もセンカの事を愛しなさい」
「ルゼルス――」
「あなたは自分の命を救われたと知って、私に恩を感じているだけなのよ。無論、そこに愛がないのだとは言わない。けれど……ラース、もう私の事を想うのは止めなさい。所詮、この身は創作の産物なのだから。今為されようとしているのはラスボスという本来この世界に存在し得ない創作の産物が消えるというだけのもの。それだけの事で世界が救えて、あなたとセンカが幸せになってくれるのなら――安いものよ」
薄く微笑みながらそんな事を言うルゼルス。
とても満足げで……嘘偽りなど微塵もないと確信できる。
だから。
だからこそ――
「ふざっけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
だからこそ絶対に……認められなかった。
「ラース?」
俺はぽかんとするルゼルスの手を取ろうとして……しかし消えゆく彼女にはもう触れられなくなっているようで俺の手は空ぶってしまう。
だが、それでも声は届く!
「俺が助けられた恩義だけでルゼルスの事を好きになったって……本気でそう思っているのか!?」
確かに、きっかけはそれだった。
彼女が俺の一番好きなラスボスだっというのもある。
だが、それらは全てきっかけに過ぎない。
だから俺は……叫んだ。
「その灼熱のように赤い髪が好きだっ!!」
「……へ?」
「その全てを見通すような金と銀の瞳もキラキラ輝いていて綺麗で好きだっ!!」
「な、なにを……」
突然叫ぶ俺にルゼルスは余裕そうな態度こそ崩さず……しかしその頬が紅潮している事を俺は見逃さない。
「大人ぶっているけど恋愛経験が浅くて、だからそうやって照れるルゼルスが好きだっ!!」
「ちょっ――」
もう余裕そうな態度さえ難しくなったルゼルスが俺の口を押さえようとするが……俺が消えかかっているルゼルスに触れられないようにルゼルスも俺に触れられない。
なので、俺は構わずに続けた。
「俺をいつも導いてくれるようなそんな頼もしい所が好きだっ!!」
「よく俺に対して悪戯をしてきて、くすくすと楽し気に笑ったりするいたずらっ子な性格好きだっ!!」
「たまに暴走して周囲を滅茶苦茶にかき回すその破天荒な所好きだっ!!」
「あう……な、なんのつもりよ。や、やめなさぃ」
どうしようもないと言わんばかりに両手で自分の顔を隠しながら俺から目を背けるルゼルス。
そんなルゼルスを、俺は絶対に目を逸らしてなるものかと言わんばかりに見据えて。
「だから……俺はそんなルゼルス・オルフィカーナの全てが愛しいんだ」
そう言った。
言ってやった。
「ラース……」
もう顔を真っ赤にしながら。
潤んだ瞳でルゼルスが俺をちらりと見据える。
「だから俺はお前を絶対に手放さない。手放してやるもんか。世界がどうなるだのなんてもう知ったことか。その為なら召喚士として命令だってなんだってしてやる。だから……俺から離れようとするんじゃねぇよっ。ルゼルス・オルフィカーナァッ!!」
そうした想いの丈をぶつける。
自分で言ってて滅茶苦茶だと思う。
この状況でルゼルスを手放さないという事は、世界もろともに全員滅ぶという事。
言ってしまえば無理心中するような物だ。
そんな事をルゼルスが望むはずがなく――
「なっ――」
ルゼルスが驚愕の声を上げる。
「……は?」
かくいう俺も、呆けた声を出してしまう。
なぜならば――
「「ルゼルス(私)の存在の消失化が……止まった?」」
俺とルゼルスはすぐにボルスタインの方を見る。
存在の消失化……その条件はボルスタインが手を下し、その対象となった者もそれに同意している事で初めて成立する。
そんな存在の消失化だが、たった今ルゼルスだけその現象がキャンセルされた。
薄れていた体も嘘のように実体を取り戻し、本人も驚いている様子だ。
全員がそうという訳ではなく、他のラスボス達は今もなおその体が薄れていっている。
ルゼルスが驚いている、
という事は、消去法で原因はボルスタインにあるのではないか?
そう考えて俺とルゼルスはボルスタインを見たのだが――
「――ククッ、主め……この土壇場で面倒な事を……」
ボルスタイン本人は驚いた様子もなく、しかし思い通りといった様子でもない。
笑みこそ浮かべているが、そもそもボルスタインはどんな状況でも笑みを絶やさない変態だ。その表情から何かを読み取ることは難しい。
しかし、彼にとって今の状態が予想外と言うべき物なのはその口ぶりから察することが出来た。
ゆえに、ルゼルスの存在の消失化がキャンセルされたのはルゼルスが心変わりしたわけでも、ボルスタインが何かした訳でもないという事になる?
「ルゼルス……」
先ほどまで触れる事さえ叶わなかったルゼルスの身体。
その灼熱の如き赤き髪へと手を伸ばし……きっちり触れられる事に感動する。
「ラース……私は……どうして? 離れたくないとは確かに思っていたかもしれない。けど……離れられないと思っている? 思考にセーブが……でも、私はセンカの為に――」
今もなぜ自分が消えないのかと自問している様子のルゼルス。
俺はそんなルゼルスに構わず、彼女の髪に触れていた手をその頬へと移す。
ペタペタと……愛しくも柔らかい感触が伝わってくる。
なくしてしまいそうだったもの。
俺にとって一番大切な人。
そんな彼女をなくさずに済んだ……その事をようやく実感できた気がした。
「ああ……ルゼルス……なんかもうどうしてこうなったのかまるで全然分からないけど……消えないでいてくれて良かった……」
「え? ちょっ!? ラース!?」
俺は縋るようにしてルゼルスに抱き着いた。
多くの人が見ているとか恥ずかしいとか、そんな事を考える余裕なんて全くなかった。
ただ、取りこぼしてもう戻らないはずだった大切な物をその手で拾う事が出来た。
その奇跡にただただ感謝した。
「はぁ……」
そんな俺を拒絶しようともがくルゼルスだったが、途中で諦めたのかすぐに体の力を抜いた。
そして。
「まったく……大きくなったと思ったらすぐにこれなのね。男になったと思っていたけれどまだまだ坊やなのかしら? くすくすくす。まぁ、そういう所も可愛げがあって好きだけれど」
そう言って母親のごとく俺の頭を撫でてくれるルゼルス。
そうしていると――
「あ~~、感動の場面っぽいところ悪いけど兄弟。まだなーんも解決してねえからそろそろいいか?」
事態の全てを観測していたヴァレルがどこか気まずそうな声を上げる。
そこで俺は今がどんな状況で、自分が何をしているのかきちんと自覚してしまい――
「んぁ? ……ハッ!? いやいやいやいや、きちんと分かってる。分かってるぞ!? まだなーんにも解決してないもんな? 別に気を緩めた訳じゃない。訳じゃないぞ!?」
俺はスバッとルゼルスから離れ、全力で首やら手やらを振って気を緩めた訳じゃないもんねと全力で否定する。
――自分で言っておいてなんだが、説得力は0だ。
「くすくすくす。無粋ねぇヴァレル。もう少しゆったりと……と言いたいところだけれど、確かにこんなことをしている場合ではないわね。今の現象の検証もしたいし気を引き締める事にしましょう。ラース、お乳の時間は帰ってからよ」
「それ坊や扱いどころか赤ちゃん扱いじゃねぇか!? そんな時間は……要らねえよっ!!」
「……今、少し間があったわね?」
「気のせいだ」
すっかり調子を取り戻したルゼルス。
そんな彼女に加えてヴァレルも合わせてこの状況をどうにかする妙手を考える。
ペルシーやら他の主人公やらは他のラスボス達の消失化をどうにかしようと奮闘中だ。
ラスボス達はそれに抗い、ルゼルス以外のラスボス全員は未だに存在の消失化が続いており――
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