第17話『主人公とは』


「――きゅう」


「いや、きゅうじゃねぇよ。起きろ」


 女王であるペルシーの横っ面を軽く引っ叩いた俺だが、そうしたら件のペルシーは白目を剥いて気絶してしまった。

 強くしすぎたかと一瞬思ったが、きちんと手加減できていたようで俺が引っ叩いたその頬は少し赤くなっている程度。

 単純に恐怖のあまり、失神したと考えるべきか。


 とはいえ、このままでは困る。


 召喚者が気を失ったら召喚された物は消え去るのがセオリーだが、俺のラスボス召喚と同じように主人公召喚で呼び出した人物達もそのまま残るようだ。すぐそばにヴァレルが居るしな。


 という事は、今も別空間で戦っている優馬も消えていないはず。

 早い所あいつを消し去ってもらわないと困る。


「ほい起きろ、すぐ起きろ、めっさ起きろ」


 ペシペシと女王であるペルシーの頬を引っ叩く。

 女性の頬をこうしてべしべし叩くなんて紳士としてあるまじき行為なのかもしれないが、生憎俺は紳士でもないしフェミニストでもない。遠慮などなしに無理やり起こそう。



「おいおい兄弟。そりゃさすがにねぇよ」



 そんな俺に向かって苦言を呈するヴァレル。

 どうやら女性に対する扱いがなっていないと少しお怒りのようだ。


「いや、でも早く起こさないと取り返しのつかない事に……ん? 兄弟? 誰が? 俺が?」


「おぅ。互いに殴り合って分かり合えたんだ。もう兄弟も同然だろうが」


「え、あ、うん? そう……なのか?」



 その理屈だとゲーム内でヴァレルは兄弟を量産していそうだが……。いや、そうか。ヴァレルと殴り合って分かり合ったキャラなんてあの世界には居なかったなそういえば。

 ――ってそんな事はいいんだよ。


「邪魔はするなよ? 俺はルゼルス達の為に――」


「ああ、違う違う。そういう事じゃねぇよ」


 俺の言葉をさえぎるようにして、ヴァレルが女王の髪を優しく掴み、



「おら起きろや嬢ちゃーーんっ! 朝だぞいい加減目ぇ覚めろやネボスケがぁぁっ! いつまでも寝てると永眠させっぞゴラァッ!!」


「ひゃひぃっ!? ひはっ。いたたたたたた。ちょっ、止めなさい無礼者。やめっ……やめてよぉっ」


 優しく掴んだ髪を思いっきり引っ張るヴァレル。

 そうすると、痛みに耐えかねたペルシーは泣きべそを搔きながら起きた。

 あれ? 何か雰囲気が違うような?


 というかヴァレルさん。さっき俺を止めたのって要するに生ぬるいって事だったんすね。流石です。


「もう決着は着いた。完膚なきまでに嬢ちゃんの負けだ。分かったら俺たちの召喚を解除して、コウを永続召喚して解放してやんな。それが勝者である兄弟の望みだ」


「――嫌ですっ!」


 ヴァレルに悟られるも、頑としてコウの永続召喚を拒むペルシー。


「嬢ちゃん……嬢ちゃんの気持ちは嫌ってくらいに伝わってくるがそろそろ目を覚ませよ。いくら嫌がっても嬢ちゃんはヒロインにはなれねぇよ」


「そんな事はもう分かってますっ! 誰も私を守ってくれない……。この力を手に入れて、ヒロインっぽい事もしてるのに……結局誰も本当の意味で私を助けてくれませんでした。ヴァレルは裏切るし、優馬は何を考えてるのか分かんないし……」


「嬢ちゃん……」



「――でも、そんなあなた達主人公も永続召喚さえしなければ私から離れられません。何を考えているか分からない優馬だって、永続召喚さえしなければずっと傍に居てくれます。そうして私を守ってくれる。だから……だから私は……わたくしは……わたくしを助けてくれるかもしれない主人公を絶対に手放しませんっ!!」


 ヴァレルとの口論の末、癇癪かんしゃくを起こす女王ペルシー。

 その姿は完全に女王としてのものではなく、ただわがままなだけの小娘だった。


「ふんっ! わたくしを殺すならさっさとすればいいでしょう? 誰が何と言おうとわたくしは永続召喚なんてしません。わたくしとしても最後まで誰も助けてくれないのならそれはそれで諦めがつきますしね。それで主人公達と一緒に終われるならそれはそれで悲劇のヒロインっぽい――」


 そうしていっそ殺せと喚くペルシー。

 俺はそれを見て、


「アホか」


「きゃんっ――」


 軽くデコピンをかましてやった。

 額を押さえて痛がるペルシーに対し、俺はため息をつくとともにその馬鹿な間違いを正してやることにした。


「お前は主人公の事を何だと思ってるんだ? お前が欲しがってるソレは主人公じゃなく、童話にしか出てこない伝説上の白馬の王子様だよ。んなもん現れてたまるか」


 助けて欲しいだの救って欲しいだの。

 それをヒロインが望むのはいいだろう。

 だが、それは本当にどうしようもない時に望むものだと思う。


 自分では倒せないくらい強い魔物を相手にした時だったり、ダンジョンの奥底に閉じ込められた時なんかにヒロインが『だ……誰か……』という感じで助けを求めるのは王道中の王道だ。


 だが、何も為さず女王としてふんぞり返ってるこいつみたいな女が助けて欲しいだの救って欲しいだの言うのは違う。

 それはヒロインではなく、ただの癇癪かんしゃく持ちのお嬢様だ。


「そもそも、お前が召喚した主人公達を見てみろよ。ああして落ち込んで生きる気力を無くしてる主人公が主人公に見えるの……か?」


 俺はそう言って今も少し遠くで一方的な戦いをしていたサーカシーと斬人の方へと目を向ける。

 しかし、そこでは――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る