第4話『一方的な要求』


 女王の部屋に入室した俺達。

 そこは、女王のプライベートルームのようだった。


 キングサイズのベッド。

 見覚えがなんとなくある多くの漫画本。

 部屋の隅に置かれているテレビ。


 どれもこれも、この世界にあるべきではない物だ。

 ここに来るまでに文明レベルが狂ってるとしか思えない物をいくつも見てきたが、この部屋に至ってはそれ以上だ。


 ここまで異常なレベルで文明レベルが他の国と違うのはどう考えてもおかしい。

 その思った俺だが、そんな疑問はこの部屋の一角を見てすぐ氷解した。


 この魔人国だけ異常に文明が発展しまくっている。なぜか?


 魔人種が長命の種族で、住んでいるのが地下だからこそ昔の文明が未だに残っていた……なんて面もあるのかもしれない。

 だけど、それ以上にこの男の力も文明の発展に関わっているのだろう。




佐々木ササキ優馬ユウマ……やっぱり居たのか」



 佐々木ササキ優馬ユウマ

 ゲーム『レッドアイズ・ヴァンパイア』に登場する主人公。

 その能力は……あらゆる物の創造。



 そして――ラスボスであるルゼルスを倒した張本人だ。



「………………」


 優馬は俺の呟きに対し一瞬だけこちらに視線を送ったが、すぐに視線を元に戻して作業に戻った。

 その手からはゆっくりと化粧品のようなものが創造されているのが見える。


「あらあら、これはこれは。お久しぶりと言うべきかしらね優馬。相変わらず死んだような目をしている事。私を倒した時のあなたはあんなに輝いていたというのにすっかり元通りに――」


 ルゼルスがかつて自身を倒した主人公、優馬に語り掛ける。

 しかし、それを遮るようにしてキングサイズのベッドに腰かけていた人物――女王ペルシー・ローレルライトがそれを遮る。


「あらあら、ラスボス如きがわたくしの主人公に気安く話しかけないでくれます?」


「……ふぅん。面白い事を言うわねあなた。くすくすくす」


 辛辣な言葉を投げつける女王。

 対するルゼルスは、そんな扱いを受けたのが久しぶりだったからか、面白そうに女王の方に視線を向けた。


 なお、この間も優馬は全く動じることなく化粧品と思われる物の創造に勤しんでいた。


「うっへぇ……」


 え? なにこのいきなり険悪な雰囲気。

 っていうかこの女王さん何様? ラスボス様であるルゼルスに対してラスボス如き?

 そもそも、俺達をここまで呼びつけておいてさっきからその偉そうな態度はなんなの?

 俺達を呼びつけたのお前さんだよね?

 そっちも俺達に何か用があるから呼び出したんだよね?

 なのにその態度ってある?


 溢れ出る不満。

 しかし、俺はそれを表には出さず努めてニコニコしていた。

 押さえろ……押さえるんだ俺……。相手は主人公召喚の持ち主。普通にやりあったらこっちが負ける可能性のが高いんだっ。


「ラ、ラース様……」

「ラース……すっごく怒ってる……」

「キャハハハハハハハハ。ねぇねぇ遊ぼう? 遊んじゃおう? こんなに遊びがいのあるお友達と遊ぶの、絶対に楽しいよぉ?」

「ラー君……」

『この女が兄さんを……』


「え? 全然怒ってないよ? そしてアリス、今回はマジで大人しくしててくれ。そしてリリィさんは……あ、ごめんなさい。なんでもないです」


 身内のラスボス勢が好戦的ですごく困る。

 いや、気持ちは一緒だし俺も暴れたくて仕方ないけど今回は相手が悪すぎる。


 え? それならなんでリリィさんは放置するんだって?

 そんなの決まってる。


 言っても無駄だからだ。

 彼女のお兄さん愛を考えれば、そのお兄さんを使役しているっぽいこの女王が許せないのも頷けちゃうからなぁ……。 


 一触即発の空気。

 しかし、それを打ち破ってくれる者が現れた。


「おいおい嬢ちゃんよぉ。こんな所で無駄な喧嘩してる場合か? そもそも、そのラスボスに力を貸してもらう為に呼び出したんだろ?」


 女王によって召喚された主人公――ヴァレルだ。

 彼は女王の事を気安く嬢ちゃんと呼び、彼女を諫めようとするのだが、


「……はぁ。分かっていますわ。わたくしと主人公の力だけでは不足ですものね。今は猫の手も借りたい時。いいでしょう、私の主人公にラスボス如きがちょっかいを出した件は不問にします」


「……いや、嬢ちゃん。そりゃねぇだろ。もうちっとこう――」


「うるさいですわよヴァレル? そもそも、あなたには外の警戒にあたってもらっていたはず。それがどうしてここへ? 相変わらず言う事を聞かないポンコツですわね?」


「ポンコツで結構。俺を召喚した主である嬢ちゃんには一定の敬意こそ払うが、言う事を聞くかどうかは話が別だ。俺が忠誠を誓っているのは祖国である帝国。そして、俺は救いを求める民と同志の為にのみ動く。今この時だってそうだ。俺は俺で考えがあってここに居るんだよ」


「ヴァレル……何度も言っているでしょう? あなたのその祖国とやらは創作上の産物。そんな無為な物に忠誠を誓うなんてどうかしていると思いません? 召喚者であり、この国の女王であるわたくしに忠誠を誓うのが普通ではありませんか? あなたはヒロインであるわたくしのいう事だけを聞いて、わたくしだけを助ければいいの。お分かり?」


「んな普通はクソ喰らえだ。ってかこの会話何千回目だよ。いい加減にしろっての」


「ふんっ」

「はんっ」



 お互いにそっぽを向くヴァレルと女王さん。

 お世辞にも仲良くやっているようには見えない。

 いやはや、全く。



「召喚した主人公の手綱くらい握っとけよ(ボソッ)」



 あまりに険悪なその関係に思わず感想を漏らしてしまう俺。

 その瞬間――


「あなたがそれを言うの!?」

「ラース様がそれ言います!?」

「ラー君がそれ言いますか!?」

「お前がそれを言うのか!?」


 一斉に突っ込まれた。

 あ、はい。すいませんでした。

 俺も人のこと言えませんでしたね。


「女王陛下、そろそろ要件の方を……」


「仕方ありませんわね……。キョウイ、みなに説明しなさい」


「女王……いえ、畏まりました」



 悲し気な視線を女王に送る宰相さんだが、やがて首を振って俺達にある依頼を出してきた。


 その依頼とは――


「えーーっと……つまり、この魔人国の上……地上にあるダンジョンを女王さんが使役する主人公と共に全てぶっ潰せと? その上でさっき言ってたトゥルースコアの力を得たとかいう奴を倒せと?」


「はい……」


「その上で報酬はそこで得られるMPの三割。残りは全部女王が使役する主人公が倒して持っていくと?」


「……その通りです」


「……舐めてんの?」


 依頼は単純……というより、予想してたものだった。

 地上にあるダンジョンの駆除。それはいい。

 そして、先ほど知ったトゥルースコアの力を得た奴の排除。これもいいだろう。


 ただ、それによって得られる報酬。これがあまりにも気に入らない。


「舐めてなどいませんわ。むしろ、三割もMPを分けてあげるのだから感謝して欲しいですわね。対価というのは有能な者が多く得るべきもの。

 あなたの使役するラスボスなど、私が使役する主人公の足元にも及ばない者達。そんな者達が働いた価値など、三割のMPで十分すぎるくらいでしょう?」


 え? なに? さっきからなんなのこの女王さん? 喧嘩売ってるの? 喧嘩の大バーゲンセール中なの? 買うよ? そろそろ買っちゃうよ?


「あぁ、ただ安心しなさい。報酬はそれだけではありません」



 俺の苛立つが通じてくれたのか、更なる報酬を提示してくれるらしい女王さん。

 あぁ、なんだ。てっきり報酬はそれだけですハイ終わり……とでも言うのかと思ってしまったぜ。

 そりゃそうだよな。いくら何でもさっきので報酬終わりなんて事はないよな。良かった良かった。


「地上にあるダンジョンを全て一掃し、の魔王を討ち滅ぼした後に関しての褒美です。

 もし今回の件に協力して頂けるのなら……全てが終わった後、あなた達ラスボスがどこで何をしていようとも放っておいてあげましょう。無論、このわたくしに干渉してきたのならばその限りではありませんが」


「ほーう」


 やっぱり喧嘩を売られていたらしい。

 

「くすくす。あぁ、面白い。本当に面白いわ。くすくすくす」


 ルゼルスは満面の笑顔でくすくすと笑い続けていた。

 あれは……内心怒り狂ってるな。だって笑顔が怖いもの。


「ら、ラース様……どうします?」


「そうだなぁ……」


 MPが欲しくないと言えば嘘になるが、今の俺にはそれ以上に欲しい物がある。

 なにより、そんな大量なMPをここで手に入れずとも他のラスボス達を永続召喚させる方法は既に考え付いている。


 現状、俺が欲している物はあちらの女王さんが握っている形だ。

 ここは怒りを抑えて……ひとつ下手に出てみるか。



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