第46話『顕現Ⅰ』
「ら、ラース様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。イヤァァァァァァァァァァァッ」
「ちっ、面倒な」
俺の
センカは泣き叫びながら。ウルウェイは腰の刀に手を伸ばしながらだ。
だが――
「動くなぁっ!」
アイファズは俺の眼前に突き立てた刃を手に取り、二人に静止の言葉を投げかける。
「特にそこの黒服のお前だ。お前は絶対に動くなよ? お前、兄さんの召喚物だろ? なら、
「……ふんっ――」
腰の刀に手をかけていたウルウェイはゆっくりと刀から手を離し、腕を組んでその場で静止する。
「人質を取るか。卑怯者めが」
それに対し、アイファズは「おいおい」と反論する。
「勘違いするなよ? 僕が兄さんの召喚物でしかないお前に負ける訳がないだろ。ただ、お前を相手するのは骨が折れそうだからね。少し大人しくしておいてもらうよ」
「俗物め。減らず口だけは達者だな。そこまで自信があるのなら己に立ち向かう気概くらい見せろ、屑が」
「嫌だよ。言っただろう? お前を相手するのは僕でも骨が折れるって。そして、僕はお前に興味がない。ぶっちゃけ、お前の相手なんて面倒でしかないんだよ。僕は兄さんにだけ用があるんだ。分かったら少し静かにしてろ。なぁに、致命傷はきちんと避けてある。弱い兄さんでもすぐに死にはしない――さっ!」
そう言ってアイファズは俺の顔をその靴で踏みつけてくる。
「ぐぅっ――」
靴裏の感触を味わわされる。
「いつかの日とおんなじだねぇ、兄さん。地を這うその姿、お似合いだよ。ずっとそうしていれば生かしてやったのに……。最近兄さんは調子に乗ってるみたいだからねぇ」
「調子に乗ってんのはお前だろ……」
「ほらぁぁぁぁぁぁっ! そうやって僕の事をお前だなんて言ってさぁっ。今の状況、きちんと理解してるかい? 兄さんを生かすも殺すも僕の気分次第なんだよ? ほら、媚びてみなよ兄さん。みっともなくべそを掻きながら命乞いしてみなよ。場合によっちゃ生かして――」
その時だった。
「うあああぁぁぁあっぁぁぁぁぁっ!」
センカがどこからか拾ったのか、短剣を持ってアイファズへと迫った。
それを見たアイファズは興味なさげに「はぁ」とため息混じりにセンカの頬を裏拳で打つ。
軽い一撃。だが、そんな一撃でセンカは体ごと吹っ飛ぶ。
「きゃっ」
「センカっ!?」
まだレベルも上げていないセンカは影の中に隠れていればほぼ無敵だが、そうでない場合はか弱い子供だ。
操影の技能をもっと使いこなせるようになれば出来ることの幅は増えるだろうが、今はまだ影の中に物をしまう事と、自身を影に溶け込ませることしか出来ない。
「逃げろ、センカ。影の中に隠れてろ!」
「いや………………です」
「なっ!?」
初めて俺の命令に背くセンカ。
彼女は真っすぐにアイファズを睨む。
「ラース様を……離して……離せぇっ!!」
「うるさい」
近づくセンカの髪を乱暴に掴みあげるアイファズ。
それでもセンカの闘志は消えない。手に握った短剣をアイファズへと振るった。
ぐさっと浅くではあるがアイファズへと短剣が突き刺さる。
だが――
「
まるで蚊にでも刺されたかのような扱いでアイファズは自身に刺さった短剣を抜き、放り投げる。
その傷口を見てセンカは絶句する。
傷口が――高速で癒えていく。
ラースが先ほどまで模倣していたトロールの自然治癒。それと酷似していた。
「そんな……」
「お前みたいな屑の一撃が僕に通じると思ったのか? っていうか何? お前も兄さんの召喚物? ラース様ラース様って目障りだなぁ。先にお前から
「やめろアイファズっ! センカは普通の女の子だ。お前の狙いは俺だろ、なら、その子には手を出すなっ! 関係ない」
俺はいざとなったら憑依召喚でルールルを呼べる。そうすれば致命傷をどれだけ負おうが死ぬ心配だけはない。
だが、センカは違う。致命傷を負えばもう後はない。ただ、死ぬだけだ。
それだけはなんとしても止めないとっ!
「バッカだなぁ兄さん。関係ない訳がないだろう? 確かに僕の狙いは兄さんだよ? でもね、僕の目的は兄さんの命そのものじゃない。兄さんを思いっきり不幸にする。それこそが僕の目的なんだよ。その為ならなんでも利用してやるさ」
「だったら尚更センカは関係ないだろっ!」
「関係あるね。兄さんがそんなに必死になる姿を僕は初めて見た。そこまで兄さんが助けたがってるこの子は利用できる。そう――例えば兄さんの目の前でこの子を殺せば……ぷふっ、兄さんはきっと泣いて悲しむんだろうなぁ。いいねぇ」
「ふっざけんなよアイファズっ。この外道がぁぁっ!」
ここでアイファズを消し飛ばす事は容易い。
だが、俺が憑依召喚で呼び出せるラスボスはどれも範囲攻撃が得意な奴らばかりでアイファズだけを狙う事は困難だ。
それは近くに居るウルウェイも同じ。どうやってもセンカを巻き込んでしまう。
ゆえに……何もできない。
「うーん、どうしようかなぁ。僕も鬼じゃないしなぁ。こんな小さな女の子を殺すなんて、心が痛むことだよ。――――――そうだっ! 兄さん、この子の事がそんなに大事なら……そいつ、消してよ」
「「なに?」」
アイファズは腕を組んでこちらの様子を見守るウルウェイを指さし、嗤う。
それに対し、困惑の声を上げる俺とウルウェイ。
「だーかーらー、その邪魔なやつ消してよー。そうすればこの子……センカちゃんだっけ? この子の命だけは保証してあげるよ。うん、絶対の絶対。神に誓っちゃうね」
「ダメっ、ラースさ――」
「今いいところなんだから黙ってろよっ!」
「あぐっ――」
即座に首を締めあげてセンカの言葉を遮るアイファズ。
ここでウルウェイを消すのは……特に問題ないな。
むしろ、ウルウェイを俺へと憑依召喚する為の手間が一つ減ると考えればラッキーと考えるべきか。
「……分かった。通常召喚……解除」
『通常召喚を解除します』
「ふんっ――」
少し不満げではあるものの、特に何の行動も起こすことなくウルウェイがその姿を消す。
「くっくくくくく。アッハハハハァッ」
それを見届けたアイファズは
「ぐっ――」
刺された傷が痛む中、俺はアイファズを睨みつける。
これでセンカが開放されれば後はこっちのものだ。
だが、そこで展開されていた光景はそんな生易しいものではなかった。
アイファズがセンカの衣服を無理やり剥ぎ取っていたのだ。
「イヤァァァァァァァァァァァッ」
「アッハ――。心地いい悲鳴だなぁ。いいよ、もっと泣け。もっと喚け。兄さんが大事にするお前を汚すことで兄さんを不幸のどん底に落としてやるっ!」
暴れるセンカだが、レベル一の力では剣聖であるアイファズを振りほどくことは出来ない。
影に潜るように指示しようにも、冷静さを欠く今のセンカに潜れるかどうか……。
「な……にを……してるんだよアイファズっ! センカには手を出さないって約束だろ!?」
「はぁ? 何勝手に約束の内容を変えてるんだい兄さん? 違うだろう? 僕がさっき保証したのはこの子の命。それだけだ。それ以外は保証なんてしてやらない。兄さんの前でこの子を汚して汚して汚しまくってやるよ。兄さんは自分が傷つくよりも他人が傷つくのを嫌う偽善者だからねぇ」
「いや、やめ……てぇっ」
徐々に生まれたままの姿に剝かれていくセンカ。
彼女は必死に抵抗し、やめてと懇願するがアイファズの手は止まらない。
ただ楽しそうにセンカを弄ぶアイファズ。
こいつ……ぶっ殺してやる!!
俺がそう決意したその時、センカの足元の影が動いた。
「イヤァッ!」
「ひゃーーっはっはっは……は?」
センカの影が……質量を持ってアイファズの右手首を斬り落としたのだ。
アイファズは信じられないものを見るかのように自身の右手を見る。
「はぁぁぁぁぁ!?」
自身の右手を左手で押さえ、驚愕の声を上げるアイファズ。
センカの拘束が解除される。
「センカ、影に隠れてろ。後は俺がやるっ!」
「でも――」
「いいから隠れてろ。邪魔だっ!」
「うっ……はいっ!」
そうしてやっと影に潜ってくれるセンカ。
よし、これでもう周囲を気にしなくていい。後はウルウェイを憑依召喚して俺の手でこいつを――
『待ちなさい』
ウルウェイを憑依召喚しようとする俺を脳内に響くをルゼルスの声が止める。
そして彼女は――告げた。
『この最低男は――――――私がやるわ』
怒りに震えるルゼルスの声。
俺と同じように、彼女は怒りに打ち震えていた。
『ウルウェイに感謝しないとね。彼のおかげで必要なMPは貯まったわ』
その彼女の言葉にハッとした俺は自身のステータスを確認する。
そして、すぐに彼女の言葉の意味を理解した。
MP:103387。
永続召喚→必要MP:100000(指定したラスボスを永続的に召喚出来ます)
永続召喚に必要なMP:100000。それが既に貯まっていたのだ。
おそらく、ウルウェイが一撃のもとに大量の魔物を屠った時に大量のMPが手に入りこの量に達したのだろう。
『ラース……私を出しなさいっ! この男……骨も残らず灰にしてやるわ』
「………………任せたっ!」
俺の手でぶちのめしたいという想いはあるが、ルゼルスがそこまで言うなら仕方ない。
何より、俺がウルウェイを憑依召喚してアイファズを痛めつけるよりも、ルゼルスの方が奴に惨たらしい死を与えられるだろう。
「まずは……限定召喚解除」
『限定召喚を解除します』
「続いて……永続召喚。対象は――ルゼルス・オルフィカーナ!!」
『イメージクリア。召喚対象――ルゼルス・オルフィカーナ。
永続召喚を実行――――――成功。
MPを100000消費し、災厄の魔女、ルゼルス・オルフィカーナを永続召喚します』
そうしてルゼルス・オルフィカーナは再び、この世に顕現した――
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