第14話『模倣』


「問題はない。召喚は既にしている」


「はぁ?」


「武器に関しても不要だ。貴殿きでんは素手で己と相対するのだろう? ならば己だけ武具を持ち込むなど無粋ぶすいだろう」


「はぁぁぁぁぁぁ!? てめ、ざっけんじゃねぇぞコラ。雑魚のクセに舐めてやがんのか!? 急に強者の風格を漂わせやがって。カッコイイとか思ってんのか? 寒いんだよ、死ねっ!」


 ふむ。

 素直にありのままを話したというのに怒らせてしまったようだ。


 しかし、怒りは戦闘の妨げにしかならない。

 強い意志と信念は己をどこまでも強くするが、それと怒りは完全に別の物だ。

 このままではこのテラークという男。実力を出し切れずに惨めな想いをするかもしれん。


 そう思った己は忠告を発した。


「落ち着け。冷静になるがいい。怒りは人を惑わせるだけだ。己は貴殿の全力が見たいのだ。自身の守るべき者、そうだ――あの女の事でも想いながら全力で向かってくるがいい。愛は人を強くするらしいぞ?」


 過去の勇者達の多くも守るべき者を想い、限界を超えて強くなった。

 このテラークにも愛すべき者がいる。ならば、きっと己などよりも強くなれるはずだ。


 そう思い忠告を発したのだが――


「てめぇ……こんな公衆の面前で何言ってくれてんだ!? レイナちゃんに聞かれたらどうしてくれんだよ!?」


 顔を赤くし、狼狽するテラーク。

 ふむ、そういえばまだ想いを伝えていないのだったか。

 仕方あるまい。少し応援でもしてやろう。


「相手の事を想っているのならば早々に口にすべきだ。言わずとも伝わる想いというものは確かにあるが、言わなければ伝わらない想いというのも当然ある。特に愛はそれに該当すると聞き及んでいる。仮にうまく行かずとも悲観することはない。悲観すべきは停滞を望んでしまっている臆病者の今の貴殿だ。ゆえに――」


「さっきから聞いてれば好き勝手言いやがって。もう本気でプッツンしちまったぜおい。やめてと懇願してもやめてやらねぇからな? もう二度とギルドに来ようだなんて思えないくらいボコボコにしてやるっ!」


 なぜだ。

 奴の――テラークの恋路を応援しようと己は言葉を尽くしているのに奴は怒り狂うばかり。

 一体、なぜ奴はここまで怒っているのか?



『まさに火に油……ね。油である当人にその自覚がないのが不思議でならないわ』



 脳裏に響くルゼルスの声。

 彼女はなぜテラークが怒り狂っているのか、理解しているようだが……他者から聞くのでは意味がないな。

 己は、己なりの全力で奴にぶつかるとしよう。


 テラークはまだ己との距離があるというのに、その場で構えを取る。

 そして――


「一瞬で終わってくれるなよ?」



 そうしてテラークはその瞳を閉じ、自身の握った拳を目の前で合わせる。


 奴は『はぁっ!』と短く気合の籠った声を上げ――



「『クーゲル・フラム』展開」



 そこに、『魔法』が展開された。


 魔法。

 それは己の世界にはなかった代物だ。己にとっての未知。


 テラークの手から拳大の大きさの火球が展開される。

 その数――合計23個。


 それが現れてから、己の肌に熱気が伝わってくる。


 ここまでリアルに感じる熱気……あれは本物の火の玉か。あるいは己の感覚器官すら惑わせるほどに高等な幻術のようだ。


 どちらにせよ、まともに受ければ火傷では済みそうにないな。



「面白い――」



 己の知らぬ新たな物――未知。

 それは、己にはどうあがいても生み出せぬ偉業だ。

 

 

「そのニヤついた顔……今すぐボコボコにしてやるぁっ!!」



 そうして遂に、テラークが己に向かって駆け出してくる。

 それに追従するかのように動く火球。

 さて――まずはお手並み拝見と行こうか。



 己との距離が縮まり、テラークは最小の動きで拳を突き出してきた。


 早い。

 だが、避けるのは造作もない。


 だが――


「ほう」


 テラークの拳を避けた己。

 そこに、飛んでくる火球。数は五つ。


 なるほど。


 あの火球を携えてどう扱うのかと思ったものだが……中々に面白い動きをする。

 いわば、あれはテラークの動きを補佐する第二、第三の奴の手足なのだろう。


 その火球の動きはまさに打撃のようだった。鋭く、先ほどのテラークの拳打のように己へと向かってくる。


「シッ――」


 避けようとするが……しかし、なぜか少し体が重いことに気づく。

 これでは避けるのは不可能だ。

 避けれないのならば……叩き落すしかあるまい。



「はぁぁぁぁぁぁっ!!」



 己の拳と蹴りで五つの火球を消し去る。


 その火球は炎だったが、どういう法則が働いているのか殴った感触があった。地面へと叩き落したそれは少し地面を焦がしてからすぐに消え去った。



「ふむ――」


 とはいえ、炎は炎。その炎に触れた我が身は少し焦げてしまっていた。

 なるほど。これが『魔法』というやつか。



「てめぇ……どうやら口だけの野郎じゃないみてぇだな。今の動き、俺が見たステータスで出来るものじゃねぇ」


 今まで己を格下として見ていたテラークが真剣な眼差しで己を見つめる。


 しかしなるほど。どうやら加減されていたらしい。


 思えば己に向かってきた火球はたった五つ。合計23の火球を生み出したテラークが繰り出してくる数にしては少ないと思ったのだ。


 それにしても――



「なんだ? これは?」


 己を襲った倦怠感とも言うべきか。体が思うように動かなかった異常事態を真面目に検証する。

 己の内に意識を巡らせれば……なるほど。思うように力が扱えん。本来の十分の一といった所か。


『それはおそらく憑依召喚の弊害によるものでしょうね。斬人きりひとの時に薄々勘づいていたけれど。どうやら、憑依召喚では憑依したラスボスの十分の一程度の力しか発揮できないみたい』


「なるほど」



 脳裏に響くルゼルスの見解。

 それは己の見解とも同じものだった。


「全く――凡人より劣るこの己がさらに制限されるとはな。より一層努力が必要という訳か」


 自虐的な笑みを浮かべ、己はより一層の努力を心がけテラークと相対する。

 


「もう舐めたりしねぇ。今度は全弾喰らわせてやる。死なねえ程度に調整してやっから心配すんな」


 そうしてテラークは魔法の発動に必要なのか、先ほどと同じようなポーズを取り「『クーゲル・フラム』展開」と同じ魔法を展開する。


 再び現れる火球。

 その数、既に出していた火球を合わせ、先ほどと同じ23個。


 どうやら一気に出せる火球の数は23個のみのようだ。


「行くぜ。歯ぁ食いしばりな」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるテラーク。


 しかし――それでは足りない。


 未知ではない既知の事象など、恐れるに足りん。


「ふむ。さて――こんな感じか?」


 己はテラークがやっていたように自身の拳を握りしめ、それを目の前で合わせる。


 そして――


「『クーゲル・フラム』展開」



 一言一句違わず、テラークと同じように魔法を発動させる。


 そうして己の周りに現れる火球。


 その数――46個。テラークが出した火球の倍の数だ。


「――は?」


 その光景を見て、テラークは呆然とする。


「何を呆然としている。己はただ『模倣』しただけだ。ただの猿真似というやつだな」



『ウルウェイ・オルゼレヴが唯一持つ能力――『模倣』。相手の攻撃を一度見ただけで完璧に模倣してしまう。それも全て倍にしてね。全く――恐ろしい男』



 脳裏に響くルゼルスの声。

 だが、己はそんな大層な男ではない。



 人間とは、常に未知を生み出していくからこそ美しい。


 そんな中、己には既知をなぞるだけの事しかできないのだ。


 己はそんな自身を――最も劣った人物であると確信している。


 そう確信しているからこそ――努力を怠らぬのだ。



「さぁ、来るがいい。まさか怖気づいた訳ではあるまい?」


 唖然あぜんとしているテラーク。だが、貴殿はここで折れるようなつまらん男ではあるまい?


 そんな己の期待に応えるようにテラークは顔を上げ


「クッソ……見せかけだけに決まってるっ!」


 と、拳を構えた。


 ――素晴らしい!!


 圧倒的脅威に対し、それでも折れぬ人間の意志。

 それは人のみが持つ美しさだ。

 だからこそ己は――人という種が好きなのだ。


 それはどうやら世界が変わっても変わらぬらしい。

 己はテラークの『試練』となるべく、両手を広げて奴を迎え撃つ姿勢を見せる。


「そうとも。これはただの『模倣』だ。貴殿の『本物』より劣るのは明白。ゆえに、恐れることなく全力で向かってくるがいいっ!」


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」



 そうして雄々しき男、テラークと『模倣』しか出来ぬ己は衝突した――

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