第6話『クジ運が悪かった』


「まさか本当に出てくるとはな。へ、へへへ」


 ルゼルスが退き、俺が出てきたことで勝ち誇ったように笑うライル。


 うーん、前世の記憶と今世の記憶が混じったからだろうか。その姿が俺にはただただ滑稽なものに見えてしまう。こいつってこんな小者だったか?


 なんというか……アレだな。


「つまらない」


「あ?」


「いや、こっちの話」


 小さい。

 ルゼルスや他のラスボスと比べてライルのなんと小さい事か。


 力の大小じゃない。その心のあり方があまりにも矮小だ。

 

 ゆえに……つまらない。




 まぁいい。俺は俺でルゼルスが期待した成果を出すだけだ。

 絶体絶命のピンチを救い、俺の傷を癒してくれたルゼルスに報いる義務が俺にはある。


 そもそも、俺は彼女の事が大好きだからな(そのことについては当の本人にもばれているみたいだし、ごまかす気はない)。


 ここで頑張らなくてどこで頑張るんだっていう話だ。


「いっくぜぇっ!」


 いつの間に新しい斧を用意したのか、ライルは先ほどより少し小さめの斧を手にしていた。

 その斧を構え、ライルは俺に向かってくる。


 俺は――意を決して召喚を始める。


「ランダム憑依召喚!」


 俺がそう叫んだ瞬間――ルゼルスを召喚したときと同じように視界に文字が現れた。


『イメージクリア。召喚対象は十体――ランダムに選定します。

 ランダム憑依召喚を実行――――――成功。

 MPを10消費し、24時間の間、悪の断罪人、斬人きりひとを肉体を依り代に召喚します』



 そうして――この身にかのラスボスが召喚される。

















 ――――――私の目の前には、この身を滅ぼそうとした者が居る。

 ――――――殺人という大罪を冒そうとした者がいる。


 即ち――悪だ。


「死ねぇっ、このクソ貴族様ぁっ!!」


 悪意がこの身に降りかかる。


 正義である私を滅する悪。


 悪、悪、悪、悪、悪。


 そこで私は……自身の正義を執行した――



「悪は――滅びろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 私が手に持つのは刃引きされた、粗末な剣。


 だが、そんな事は関係ない。

 

 なぜなら――


「正義は――勝つっ! そう決まっているからだぁっ!!」


 私の一閃が、悪の持つ斧と共に悪の右腕を切り裂く。


「ぎぇっ。が、あぁぁぁぁっ!」


 片腕を失い、のたうち回る悪。

 追撃を開始しようとするが……流石さすがは悪が用意した剣。

 私が正義の一閃をするだけで剣は根元から折れてしまっていた。


 だが――問題ない。


 なぜなら、私自身が悪を断罪する剣だからだ。


「悪は死ねっ! 悪は滅びろ。私が正義だ滅ぼしてやるっ!! そうして残った者が正義だっ!」


 悪を殺す。


 悪を殺す。


 そうして殺して殺して殺して……この世の悪を全て滅ぼし、正義で染めてやるっ!!



「そ、それまでっ!! 違反行為が発覚したため、勝者はライルとするっ!」



 今まで固唾かたずを飲んで見守っていた審判が待ったの声をかける。

 その後ろでは校長という悪が何やらうろたえながらこちらを見守っていた。


 ああ――そうか。お前らも悪か。



「悪の言いなりになったな貴様? ならば貴様も悪だ」



 校長という悪の傀儡となり、私を殺そうとしたライルという悪を見逃そうとしている審判。

 間違いない。こいつは悪だ。


 悪の言いなりになり、悪を見逃す奴。悪に間違いない。


 私は審判の方へとゆっくり歩み寄る。


「ど、どうした? 何か文句でもあるのか?」


 正義の私が歩み寄るのを見て戸惑う審判と言う名の悪。

 警戒はしていないようだ。私が武器を持っていないからだろう。


 笑止。


 悪を斬り伏せるのはいつだって……正義の心だ。



「死ねっ!」

「へ? ひぁっ」



 私は正義の心を籠めた手刀をもって悪の首を狩る。

 ボトリと落ちる悪の首。

 悲鳴を上げる暇すらなかったようだ。


 シーンと静まり返る空気。


「くふ、くふふふふふふふふふふ」


 その中でルゼルスだけがくすくすと笑っていた。

 そうして――


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 闘技場はパニックに陥った。

 必死に正義の私から逃げる者達。


 正義の私から逃げる。


 まぁ……悪ではないか。


 一般市民が殺人の現場をもろに見てしまったのだ。恐慌に陥るのも無理ないであろうよ。


 そうして俺は、次に断罪するべき悪を探した――


★ ★ ★


 ――ライル視点



 なんなんだ……


 なんなんだよ、あいつは……


 訳の分からないくらい強い女を召喚したと思ったら……今度はあいつ自身がおかしくなりやがった。


 自分が正義だ。悪は死ねと言って俺を斬り、審判すらも容赦なく殺しやがった。


 絶対にまともじゃない。


 一体……元剣聖様に何が起きてるっていうんだ?


「あなたもクジ運が悪いわね」


 ふと、声を掛けられる。

 相手はあの元剣聖様が召喚した女だった。

 俺を圧倒した女。そいつがいつの間にか俺の背後に居た。


 いつの間にこんな近くに……


 ろうと思えばいつでも俺をれる。この女と俺の力の差はそれほどまでの物なのだと今、理解できてしまった。


 怖くて震えが止まらない。


「死にたく……ない」


 ただ、それだけを願う。

 だが――


「ふふふ、残念だけどその望みは叶えられそうにないわね」


 俺の必死の懇願を聞いて、女はくすくすと笑うだけだった。

 人が死んでいるというのに、本当におかしそうに笑う……魔女。


 こいつも……まともじゃねぇ。



「私はあなたを見逃してもいいんだけどね。ラース……いえ、斬人きりひとはあなたを絶対に逃がさないわ。あれは悪を断罪する正義の執行人。ゲーム『バビロンシティ』のボス。悪を守る者は悪。悪に脅され悪を為す者も悪と――――――数えきれないくらいの者を悪と認定してその全てを斬り捨てた狂人なんだから」


「きり……ひと?」



 誰だそいつは?

 あそこに居るのはラース……元剣聖様じゃねぇのか?



「悪は……滅ぼす」


 元剣聖様の視線が俺を射抜く。

 絶対に許さないと言わんばかりの憎悪に満ちた眼。


 正義正義と口にする奴がする目じゃねぇ。


 俺は……その目を見て――


「ひぃっ」


 恐ろしすぎて、怖くて……逃げ出すことも出来ずに失禁してしまった。

 足が震えて立ち上がる事すらできない。

 そんな事、関係ないと言わんばかりに俺に向かってくる断罪人。


「来るな……来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 俺はその姿を見て――――――そう叫ぶ事しか出来なかった。



「くすくす。言ったでしょう? あなた、クジ運が悪かったのよ。恨むのなら私相手で満足しなかった己を恨みなさいな」


 俺が最後に聞いたのはそんな魔女の笑い声と……断罪人の狂った雄たけびだけだった――


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