第2話『俺を生かす呪い』
――
あれからというもの、俺の人生は悪い方へと急変した。
いつものように剣を振ろうとしてもどうしても上手くいかないのだ。
おそらく、召喚士になってステータスが魔法関連以外下がってしまった事が原因だろう。それと、技能の剣術がなくなってしまったのも理由の一つか。
対してアイファズは以前までとは比べ物にならないくらいの腕前になっていた。
さすがにステータスを上げきり、魔物や魔族と戦ってきた父上相手だとアイファズは敵わなかったが、それでも今がとても楽しいと言わんばかりに剣の道を真っすぐ突き進んでいた。
対する俺は召喚士の道を進んでいるのかというと……そういう訳でもなかった。
というのも、召喚の仕方が分からないのだ。
ステータスにはラスボス召喚についての詳細が記載されているのだが――
★ ★ ★
ラスボス召喚詳細
強く、繊細にイメージしたラスボスを召喚可能
永続召喚→必要MP:100000(指定したラスボスを永続的に召喚出来ます)
通常召喚→必要MP:1000(24時間の間、指定したラスボスを召喚出来ます)
憑依召喚→必要MP:100(24時間の間、あなたの肉体を依り代に指定したラスボスを召喚出来ます。
※この際、あなたの精神とラスボスの精神が混同する恐れがあります)
限定召喚→必要MP:5(24時間の間、指定したラスボスの精神のみを召喚出来ます。
※被召喚者と会話することが出来ます)
ランダム永続召喚→必要MP10000(あなたの知るラスボスをランダムで永続的に召喚出来ます)
ランダム通常召喚→必要MP100(24時間の間、あなたの知るラスボスをランダムで召喚出来ます)
ランダム憑依召喚→必要MP10(24時間の間、あなたの肉体を依り代にあなたの知るラスボスをランダムで召喚出来ます。
※この際、あなたの精神とラスボスの精神が混同する恐れがあります)
★ ★ ★
「何度見ても意味が分からない」
憑依だのランダムだのは分かる。
だけど、そもそもラスボスとはなんなのか。これが分からない。
その冒険者が言うには召喚士とは魔物や動物、果ては魔族や人間なんかとも契約することができるらしい。もちろん、お互いの合意が条件らしいが。
そうして契約した者を召喚し、戦わせる。これが召喚士だ。
その旨についても、普通はステータスに記載されているらしい。
しかし、なぜか俺のステータスにはそんな事、一言も記載されていない。
わざわざこの世界で最も弱い部類であるゴブリンを連れて来てもらい、それを倒して契約を試みたがそれも失敗。
ただ、成果がないわけでもなかった。
ゴブリンを倒した時、俺のMPが5回復したのだ。
どうやら俺のMP吸収技能は魔物を倒した時、MPを得られるというものらしい。
この時は少しだけ喜んだのだが……俺のステータスは致命的な欠陥を抱えていた。
致命的な欠陥――それは俺のMPが毎日5減り続けている事だ。
何もしていないのになぜか俺のMPは減り続けていた。
この事に気づいたとき、自暴自棄になって自殺してやろうかと思ったものだ。
せっかくのMP上限撤廃も、MPが毎日減り続けるんじゃ意味がない。
いや、意味がないは言い過ぎだが、少なくともうまみが少なすぎるというものだ。
「くっ、そぉっ!」
それからしばらくして、俺は父上から半ば見放された。
父上が俺の事を居ないものとして扱い始めたのだ。
俺に割く訓練の時間もなくなった。
それからというもの、俺は暇を見つけてはトロイメア領にある森に出かけていた。
そこに出没する弱小魔物を狩るためだ。
MPが0になったら気絶してしまうこの世界。MPを自然回復させることも出来ず、毎日減る俺が生き残る為には魔物を狩り続けてMPを貯める必要がある。
父上に見放される前も許しを得てここに魔物を狩りに来ていた。その時間が伸びただけだ。
「ぎゃぎっぎぎぎっぎぎ」
「うる……さいっ」
そうして俺は今日も、ゴブリンを狩る。
弱くなった俺でもなんとか狩れる程度にゴブリンは弱い。
群れればなかなかに手ごわい魔物だが、単体ならばそう恐れる事はない。
「これで……とどめだっ!」
「ぎぃぃぃぃぃ」
耳障りな悲鳴を上げて息絶えるゴブリン。
そうして俺のMPがまた5増えた。
★ ★ ★
ラース・トロイメア 11歳 男 レベル:10
種族:人間種
HP:23/58
MP:813/上限なし
筋力:27
耐性:31
敏捷:30
魔力:135
魔耐:122
技能:ラスボス召喚[詳細は別途記載]・MP上限撤廃・MP自然回復不可・MP吸収
★ ★ ★
「MPは順調に増えているけど……こんなのがいつまで続くのやら――」
いっそのこと何もかもを諦めて永遠に気絶するというのもいいかもしれないと思う時がある。
だけど――
『……び……さい……』
「くそ、まただ」
毎日響く知らない誰かの声。
俺が諦めそうになるたびに、聞こえてくる声だ。
この声を聞くと、なぜか諦めたくなくなる。
その事を嬉しく思うのと同時に、素直に諦めさせてくれないのが腹立たしかった。
「さて……帰るか」
ゴブリンを数体狩っただけでHPは危険域だ。
今日、これ以上この森で狩るのは自殺行為だ。
そうして俺はいつものようにトロイメア家へ帰るのだった――
★ ★ ★
「ただいま、門を開けてちょうだい」
トロイメア家の正門。
それを守る二人の衛兵にいつものように帰った旨を伝える。
だが、相手の対応はいつもと違った――
「「お通し出来ません」」
そう言って二人の衛兵はその腰の剣を抜き、剣をクロスして門を開けないという意思表示をしてくる。
「……なんだって?」
初めての対応に驚く俺。
「身元不明の人間をお通しするわけにはいきません」
「身元不明の人間……」
そこまで言ってやっと理解できた。
「そう……それは父上の命令かな?」
「「はい」」
なるほどな……。
どうやら父上は本格的にこの俺を他人扱いすることにしたらしい。
つまるところ、勘当されたという訳か。
その気配は感じていたから早々に理解を示す俺。
そんな時だった――
「おぉ、兄さん。こんな所でどうしたのさぁ?」
どこに居たのか、背後からすっと現れる俺の弟、アイファズ。
ニヤニヤと笑いながら気安く俺の肩に手を回し、よりかかってくる。
だけど、仲良くなった訳じゃない。むしろ、その逆だ。
表面上はこうして仲良くしているように見せて、アイファズはいつも俺を辱める。
「あぁ、もう兄さんじゃないんだっけ? いやぁ、父上も酷いよねぇ。実の息子を使えないからって勘当するなんてさ。あ、兄さんが使えないのは事実か(笑)」
「………………」
アイファズの挑発に対してぐっと耐える俺。
ここで手を出しても俺じゃアイファズの足元にも及ばない。もっと惨めになるだけだ。
「そうだ。父上から伝言を預かってたんだった。ありがたいありがたい父上からの伝言だよ? 兄さん、聞くかい?」
「……なんだよ?」
ぶっきらぼうに続きを促す俺。
あの父上の事だ。
役立たずの俺に向けるそれはありがたいものなんかではないだろう。
むしろ――
「それじゃあ……こほん。『今後、トロイメアの名を名乗る事を禁ずる。我が領地からも追放だ。どこへなりと消えるがいい』だってさ。うははは。良かったねぇ兄さん。これで僕や父上に虐められずに生きていけるんだから嬉しいよねぇ。まぁ、元トロイメアの長男である兄さんなら着の身着のままでも領地の外でやっていけるさ(笑)」
「――――――」
そんな……。
勘当は覚悟していた。
だけど、着の身着のまま領地から追放だって?
そんな……そんなのって――
「まぁ、でも……さすがに可哀そうだよねぇ。そうだ兄さん。父上には内緒で僕のお金を少しだけ恵んであげてもいいよ?」
「えっ!?」
まさかのアイファズが救いの手を差し伸べてくる。
ある意味どん底の俺はその救いの手に縋る。
「ほ、本当かアイファズ!? さすがに着の身着のままじゃ生きていけないからな。だから――」
俺が無事に言葉を発せたのはそこまでだった。
アイファズが俺の髪を掴み、地面に押し付けたのだ。
「ぶべっ――」
「まったく兄さんは……仮にも剣聖の家系だっていうのに言葉遣いがなっちゃいないんだからなぁ」
頭上から聞こえるアイファズの声は冷めきっていた。
「頼む? いやいやいや。そうじゃないだろう兄さん。今の兄さんはトロイメア家の長男でもなんでもない。ただの平民、ラースだ。その平民が次代のトロイメア家を背負って立つこのアイファズ・トロイメアに『頼む』だって? 調子に乗るなよ平民」
「ぐっうぅ――」
悔しい。
悔しいけど……事実だ。
勘当されたのなら俺はもう剣聖の家の子じゃない。
つまり、貴族でもなんでもない。
俺は……もうただの平民なんだ。
「だからさぁ、兄さん。みっともなくお願いしなよ。そのまま這いつくばって、お願いしてみなよ。そうすれば心の広い僕は兄さんに少しは恵んでやるよ」
「そ、れは――」
これ以上、まだ俺から奪う気なのか。
家を奪われ、その地位を奪われ、そして……今、プライドすらも奪われようとしている。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だっ!!
嫌だ……けど……
「ん~?」
うずくまった俺がもぞもぞ動いているのをアイファズは頭上で眺めている。
俺は――地面に頭をこすりつけ――懇願した――
「お願い……します。どうか……お金を恵んでください、剣聖様――」
屈辱だった。
俺は弟をそれなりに大事に扱ってきたつもりだ。
弟が父上に責められているとき、庇った事だってある。
それなのに……なんでこんな目に遭わされているんだっ!
「くくっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ。みっともないなぁ兄さん。いや、兄さんでも何でもない。ただのラースさんかぁ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
ひとしきり笑うとアイファズは俺の体を軽く蹴り飛ばした。
「うぐっ――」
アイファズより圧倒的に劣る俺は簡単に飛ばされる。
「ほうら、平民。剣聖様である僕の施しだ。ありがたく受け取れよっと――」
そうしてアイファズは……取り出した金貨を数十枚、俺に向けて投げつけてきた。
「いつっ」
当然、受け取れず散らばる金貨。
「あぁ、兄さ……ラースこんなのも受け取れないかぁ。気が利かなくてごめんねぇ。でも、それ必要でしょ? ほら、拾いなよ。惨めったらしく拾いなよ。ここで見ててあげるからさ」
本当に……この弟はどこまで兄である俺を辱めるのか。
だけど、今更いらないなんて言えない。
俺は……惨めったらしく散らばった金貨を拾った。
「くっくくくく。あぁ、最高だぁ。あの自信に満ち溢れていた兄さんが僕に
ちくしょう――
ちくしょう――
ちくしょう――
そう心の中でどくづく俺。
しかし、何も言い返せない。
これで無礼だと言われて金貨を奪われたら本当に生きていけない。
もういっそ、本当に生きていくのを諦めてしまおうかなんて考えるけど――
『……き……さい……』
また、あの声が聞こえる。
これは……呪いだ。
どんなにみっともなくても、俺を生かそうとする呪い。
そうして俺は散らばった金貨を拾い、弟のアイファズが笑う中、トロイメア領を去った――
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