第12話 たらしの才能
乙女ゲームの世界で、悪役令嬢やヒロインと思わぬ出会いを果たしてしばらくが経過した。
この世界はおそらく私と同じ転生者であるだろう人物かつレーシャさんの恋人であるフェイスさんによって原作改変済みの世界だろう。
なぜならこの世界の歴史は、ことごとくゲーム本編からは乖離していて、本来ヒロインたちにざまぁされて舞台から蹴落とされるはずの悪役令嬢が良い人になって活躍、英雄になっているのだから。
そんな出会いを果たした私に何か役目があるのだろうか。
それはたまに私が思う事だ。
役目があるとしたら、悪役でもヒロインでも攻略対象でもない、ただのモブの私に何があるというのだろう。
それらの出会いが、ただの偶然ならばそれで良いのだ。
通りすがるだけの風景。
大勢の中の一人だけだというのなら、それで。
私は凡人の中の凡人なので、能力はことごとく普通。
主役級キャラクターのする事についていけるわけがないのだから。
だから、こうやって日常を送りながら食堂でたまに彼女達とお喋りするくらいは、身の丈にあっている。
むしろそんな日常を彼等に提供することが、今の私の役目なのではないかと最近思っている。
己をとりまく最近の変化を考えながら、その日も食べ終わった食器をレーシャさんに渡して食堂を後にした。
このまま寝たらいくら何でも消化が悪いので軽く運動したりして時間を潰してからの就寝となるが……。
最近あった騒動を思い出して、ちょっと寝るのに拒否感が湧いてくる。
この城にやってきたという英雄の知人。薬学関係の研究者さんが毎度の様に今回もばらまいた「見たいものが見れる薬」というもののせいで、大変な目に遭ったのだ。
私にはひそかにちょっとだけ、人には自慢できない特技があって、それでたまに困ったり困らなかったりするのだが、夢の中でそれに関する悪夢を大量に見てしまい昨夜は大変だったのだ。
あれは「見たいものが見れる薬」というよりは「意識したものが見れる薬」に名前を買えた方が良いだろう。
言った傍から見えてしまった。
ちょっと体が透けていて、存在感が希薄なだけの新種の生物だ。
『サミシイノ』
無視だ無視。
私が見ているものは幽霊などではない。
私に霊感などという者は断じてない。
そんなちょっとだけ人と違う特技は存在しない。
それが飼われて、特務隊に入隊できたとかいう話しはないっったらない。
私は普通。普通なのだ。
しかし、そんな事を必死で考えていたせいだろうか。
私は食堂に忘れ物をしたのを思い出して引き返す事になった。
たしか食べ物をこぼした時、服に汚れがつかないようにとハンカチを出したキリでしまっていなかった気がする。
そういうわけなのでつい数分前に出た食堂へと、私はなるべく急いで戻ったのだが……。
「うーん、上手くいかなわね」
ハンカチを回収しに席へ向かうと厨房から、悩まし気な声が聞こえた。
「レーシャさん?」
気になったので覗いてみると、大抵は他の者達と共に次の日の料理の為の仕込みををしているレーシャさんが、まな板の前で唸っていた。
「あら、どうかしたかしら?」
そのレーシャさんがこちらに気が付いて顔をあげたので、私は忘れ物について一通り説明。
気付かなかった事を相手から謝られたが、こちらの自己管理がなっていなかっただけだと述べた。
「レーシャさんでも、困る事があるんですね」
「私だって人間だもの。他の人は、私に対して「できる人」だって思ってくれてるみたいだけど……普段困る事ばっかりよ。でも、努力を積み重ねていく事は見せられても、恰好悪い所は人に見せたくないから、皆あんまり知らないのかもしれないわね」
こんなにスマートで何でもできそうな雰囲気をした彼女でも、私みたいな所があるのだろ思うと少しだけ親近感が湧いた。
「でも、何でかしらね。貴方の前でこういう所をみせるのはそんなに嫌じゃないわ」
そう言われるとちょっと照れてしまう。
もうすっかり私はレーシャさんファンの一員になってしまっている。
彼氏さんが構いたがるのも分かる気がしてきた。
この人、結構たらしの才能がある。
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