第2話 煮込みハンバーグ



 その日。

 いつもの騎士の任務を終わらせた私は、すっかり人の通りの少なくなってしまった王宮の廊下を通って、食堂へと向かった。


 辿り着いたそこに人はいない。

 時刻は夜に近い頃。

 そうなってしまったのは、いつもの夕食の時間をかなりすぎてしまっていたからだ。


 しかしそれなのに、テーブルに座っている私の目の前にはご飯があった。


 目の前にあるのは、温め直されたおかげで出来立ての様に湯気を放つ煮込みハンバーグ。

 その上には、美味しそうな茶褐色のソースがかかっていて、お肉の匂いとソースの匂いがいっぺんに私の空腹を刺激してくる。


 これらは食堂の人に取り置きしておいてもらったものだ。


 なぜそんな物があるかというと……。

 話は少しそれる。


 騎士の仕事は、様々な内容がある。

 特に私の所属している特務のものは、指名手配犯の追跡捕縛や、不明人物の捜索、貴重な遺物の収集に、重役の護衛など多岐にわたる。

 遅くなるのはよくある事だった。


 だから、そんな者達が夕食を食べ損ねてしまった時の為に、あらかじめ申請しておけば取り置きできるようになっているのだ。


 目の前におかれた食事を見て私は喉をならすが、何とか自制。


 席をついて、いつもの習慣をこなす。


「命の恵みに感謝を」


 食前の祈りを捧げたあと、ナイフとフォークを手に取り手ごろなサイズにハンバーグを切り分けた。

 途端、中から肉汁が溢れ出してきて、先程よりも強い肉の匂いが漂ってきた。


 おもわずぐう……と鳴り自己主張するお腹をなだめて、私は柔らかなお肉にフォークを刺して口に運ぶ。


 お肉の油とソースの味が絶妙だった。

 噛みしめれば肉汁があふれ出て来て、お肉本来のうまみとした味につけられた香辛料が舌を刺激してやまない。


 私は夢中で、目の前にあるハンバーグを消化していった。


「ありがとうございました」


 ふう、と息をついて食器をおけば、その食事を用意してくれた女性がやってきた。


「お味はどうだったかしら」


 彼女……レーシャさんはこの王宮の食堂に、たまに顔を出すようになった臨時のお手伝いだ。


「美味しかったですよ。今日もわざわざ取り置きしておいてもらってありがとうございました」


 私がそう返せば、そこにいる茶髪の三つ編みをした女性が、表情を綻ばせる。


「そう、良かったわ。最近料理長が温め直しの時だけ許可をくれたんだけど、まだちょっと心配だったの」

「及第点どころか、満点ですよ。空腹だった事を加味しても、文句なしの出来栄えだと思いますよ」

「そういってもらえると嬉しいわ」


 お世辞だとでも思われたのかもしれない、彼女は控えめな態度で私の言葉を受け取った。


 彼女は、つい最近食堂の手伝いに厨房に入るようになったと聞いで、私も実際その通り先日から見かける様になったのだ。


 そんな彼女には才能があるらしい。

 その腕前は最初の頃より格段に成長しているのは明らかだった。


 しかし……。


 私はここ最近知り合うようになったレーシャさんの顔を見る。


 似ている。

 似ているのだ。彼女は


 私が前世やっていた乙女ゲームに出てくる悪役令嬢ステラ・ウティレシアに。


 私は乙女ゲーム「勇者に恋する乙女」の世界に転生した人間だが、転生先の身分がモブだったという事もあって原作には一ミリも関わっていない。


 だが、それならばなおさらおかしいのだ。


 原作での彼女の末路は、ヒロインをイジメて最後に「ざまぁされて名誉を落とす」か「殺されるか」のどちらかだったはずで、転生者という異分子の私が介入していないにもかかわらず、シナリオから外れそんな悲惨な最期を回避しているのだから。


 それどころか、なぜか騎士となってこの王宮に勤めて、さらにそれからすぐ勇者となって活躍。さらには、クーデターみたいな事が起きた国を救って、英雄になってしまってもいる。彼女はこの国では知らない者のいない有名人中の有名人なのだ。


 一体何があったら、嫌われ者の悪役令嬢がこんな事になるのだろうか。


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