第51話 演劇的自分革命

「……番号、一」

「……二」

「三」


 わたし達、転換ズの力ない点呼が終わっても、八田さんはいつものようにパイプ椅子にふんぞり返って目を閉じたままだ。

 まさに嵐の前の静けさ。限界点にまで達した怒りのマグマを押さえ込んでいるのだろうか。いずれにせよ、まったく生きた心地がしない。


 お客さんはもう全員退室、後片付けをしていた部員達も危険を察知して、われ先にと部室から出て行った。そんな中、空気の読めない奥寺さんが、のそのそと八田さんに近づいた。


「あ、八田さん。これからちょっとだけ今日のダメ出しをしようと思ってるんで……」

「ああっ? そんなもん後でやれや」

 八田さんは奥寺さんを一睨みした。


 --ひっ!

 わたしは恐怖のあまり、一瞬息が止まる。

「……あ、いや、明日にしますか。今日のダメ出しは明日の本番前ということで」

 奥寺さんは、一人で納得したように頷きながら、おずおずと部室から出て行った。


「チッ」

 八田さんは舌打ちをしてから、再びきつく目を閉じて足を組み替えた。

 ……だ、ダメだ。斜めに見ても、上目遣いに見ても、横目でチラ見しても、まったく明日が見えない。わたし、女の子なのに坊主なんて……。


 ダメ元で、

「ごめんにゃさい!」

 とか、可愛らしく謝ってみる? いや、だめだ。坊主どころか、コ◯される。じゃ、どうしよう? もう演劇部から逃げるだけじゃ話にならない。転校だ、転校しないと! しかも国外へ! どうして、わたしがこんな目に。ちょっとだけ自分を変えたかっただけなのに、それがそんなにいけない事だって言うの? 


「……で、今日のお前らの転換やけども」

 八田さんは、ゆっくりと重い口を開いた。

 --ダメだ! とにかくウサコとコメちゃんを盾にして、わたしは逃げる!


「なかなか良い転換やったと思う。ようやった」


 --ん?

「おう、兎谷リーダー。この調子で明日も頼むぞ」

 八田さんの顔は、あらぬ方向に向けられていたが、確かにそう言った。


「は、はあ」

 ウサコがぼんやりと頷いた。

 なあに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?


 百獣の王様の目は節穴決定!! もしくは、飾りっ!


 いや、待て待て待て! これは一体どういうこと!? バカなウサギが雰囲気ぶち壊しの出演をした挙句、舞台裏であれだけ大暴れしたというとに。いくら客席からでも、他に気になった人はいるはず。うーむ、自分達がやらかした事ながら、とても見逃せるレベルではない……。


 わたしが、ごくりと唾を呑み込んで、奇妙な沈黙に耐えていると、

「それとな、お前ら、面白い事をやってんやから、もっと落ち着いてやれや。まあ、そんなことは十年早いかもしれんけどな、以上!」

 八田さんは、パイプ椅子から勢いよく立ち上がり、大股で部室から出て行ってしまった。


 取り残されたわたし達三人は顔を見合わせる。

「……結果オーライかな?」

 ウサコもどこか釈然としない様子だった。

「最後のあれ、わたし達の演技のこと?」

 わたしは、手のひらの汗をズボンで拭った。

 ふふん、とコメちゃんが珍しく鼻を鳴らして笑う。

「だろうね。もっと落ち着いてやれってさ」


 わたしはウサコに言った。

「わたし達、面白い事やってるって」

「そんなのアイツに言われずとも分かってるよ。だから、言ってるじゃない。いつか、わたし達てわ八兵衛達なんかよりもっと凄い最高の舞台を作ろうって。いちいちニヤニヤすんな、バカ」


 そんな途方もないことを言い放つウサコの顔は、あの日と同じで真剣そのものだった。わたしは、一人でくすくすと思い出し笑いをした。

「何? 気色悪いなあ」

 ウサコが言った。


 じゃあ、これも言っておいたと思うけど、もう一度言っとくよ。

「その時の主役はわたしだからね。よろしく。ウサコ、コメちゃん」

 わたしは初めてできた仲間達に、そう宣言した。

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