第16話 役者にとって重要なのは……

 基礎練習はランニングからスタートした。

 学校の外周をぐるりと一回りするコースで一キロもない。一キロもないのだが……さっきから目の前を小さな光がチラついていた。


 ハアハア……あ、あれ? 演劇の基礎練習って……は、は発声練習とかじゃないの……?

「亀岡ちゃーん! 大丈夫? 歩いても良いから無理しないでね!」

 烏丸部長がわたしの周りをちょこまかと走りながら、声をかけてきた。わたしは、昔から体育の成績は1しか見たことがない。案の定、一人だけ遅れていた。


 い、言われるまでもなく、もうほぼ歩いてますけどね……。

「でも、もう少し頑張らないとなあ! ほら、兎谷ちゃんを見なよ!」

「……」

 小さな後ろ姿しか見えませんが、それが何か……?


「さすがは元野球部! あの身体能力の高さは演劇部でもトップクラスだよ! こっちの身体能力も抜群だしね!」

 烏丸部長はそう言って、自分の胸やお尻の前で大きな膨らみを描いて見せた。


「ああいう子が同学年にいると、亀岡ちゃんも大変だ!」

 ハアハア……。だ、だめだ……全てが疲れる……。

「ちょっとあのお尻を追っかけて来ても良いかな!?」

 烏丸部長の黒縁眼鏡がキラリと光った。


 わたしはやっとの思いで旧学生棟まで帰ってくる。もちろん、一番最後だった。

 兎谷さんが涼しい顔でわたしを見てきた。初めから走力で敵うとは思ってませんよ、ウサギさん。でも、ここまで差があるとはね……。


 わたしのために十分な休憩をとった後、烏丸部長に連れられて、広いスペースである中庭へと移動した。入学初日の放課後、ここで応援団とチアリーディング部が合同演舞を披露していたのが記憶に新しい。


 ここで一体、何をしようと言うのか? 発声練習? まさかね……。

 わたしは、どんよりとした目で中庭を見渡す。授業終わりや部活前の生徒たちで賑わっていた。こんなところで発声練習をすれば、好奇の視線に晒されることは必須である。


「一年生の皆んなにまずは言っておきたい! 役者にとって重要なのは、一に体力、二に体力、三、四がなくて……五に力です! でへっ、違うか!?」

 烏丸部長はいつもの目は笑っていない、怖い笑顔をたっぷりと振りまいた。

 その隣では七海さんが、『何も聞いていません』と主張するようにストレッチを始める。


「とにかく! 場合によっちゃ二時間ぶっ続けで演技しっぱなしってこともありえるんだから! どうよ!? 米山! そん時にお前の力……あっ、違った! 体力はもつのかってことだ! そりゃあ、俺だってどうだか分からない! 力はかなり自信があるんだけどねっ!!」

 烏丸部長はいつもの目は笑ってない……以下同文。


「次に、われわれ役者は大勢のお客さんが観ている舞台に立つのです! 体力と同様に人様に見られても恥ずかしくない身体作りが必須! これはまあ、お客さんもできれば美人やイケメンが見たいわけさ! でも、皆んなが皆んなそうとは限らないじゃない!? 役者は顔か!? そうじゃないでしょ!? 役者全員がイケメンと美人の芝居なんてつまらないよ! ブ男やブスが舞台に立っても良いじゃない!? だめなの!? ねえっ!?」


「そりゃ良いでしょ……」

 ファンクラブが既にありそうな七海さんは、困惑気味に言った。

「聞いた? 立っても良いってさ! ダメだって言われたら、俺はどうしようかと思ったよ!」


 一体、何の話ですか……。そりゃ、わたしは美人ではないですけどね。でも、意外と舞台映えしたりする顔なんじゃないかなあ、と思ったり思ってなかったり。

 わたしは、間違いなく舞台映えしそうな金髪ウサギさんの顔を見た。

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