20.初めての来客

 魔術学園の試験を受けるため家を出た。

 それからミラの故郷にお邪魔して、一日を過ごしてから帰路へつく。

 旅立ちから二十日ぶりに、僕は家に帰ってきた。


「ただいま」

「お帰りなさい。アクト」


 帰宅すると母さんが出迎えてくれた。

 ご飯の支度をしていたのか、美味しそうな香りが漂っている。

 家の様子に変わりはない。

 たかだか二十日間離れていただけなのに、驚くほど懐かしく感じてしまうのは、それだけ心地良い場所だという証拠だろう。

 家と母さんの匂いは、やっぱり落ち着く。

 ただ今日は、落ち着いていない人も一人だけいるけど。


「お、お邪魔します」

「はい。いらっしゃいミラちゃん」


 僕の後ろに隠れていたミラがひょっこり顔を出し、モジモジしながら母さんに挨拶をした。

 実は先日、帰宅することを伝えると彼女の母親セラさんから……


「ミラちゃんも一緒に行ってきたらどう?」


 という提案をされて、断る理由もないので一緒に来ることとなったわけだ。

 今更ながら、僕らの家に他人を入れるのは初めてで。

 そう思うと僕も少し緊張してくる。


「そんなに緊張しないで。自分の家だと思って寛いでください」

「は、はい! ありがとうございます」


 僕が言おうと思っていたセリフを、母さんが代わりに言ってくれた。

 ミラが遠慮しながら家に挙がる。

 母さんは僕とすれ違う時にこっそりと……


「アクトもね」


 と耳元で囁かれた。

 母さんには僕の緊張がバレているらしい。

 

 ミラを迎え入れてから、僕たちは一緒に夕食をとることにした。

 到着した時には夕日が沈み、あっという間に暗くなってしまった。

 この辺りは王都より日照時間が短く、夜が長い。

 周囲に明かりもないから、夜空の星々が良く見えるのも特徴だったりする。

 そんな中、夜空が照らす唯一の家に明かりをともし、僕たちは母さんのご飯を食べる。


「あぁ、落ち着くよ。母さんの手料理は」

「ありがとう。いっぱい食べてね」

「うん。ミラも遠慮とかしないで。母さんの料理は世界一だから」

「う、うん、いただきます」


 そう言いながらも遠慮がちなミラは、ゆっくりと料理を口に運ぶ。

 食べた途端に目をパッチリと見開いて、驚きと美味しさの交じり合った声を出す。


「美味しい!」

「だろ?」


 ミラも美味しそうに食べてくれている。

 それを見ている安心する。

 母さんの料理が世界一だと確信しながら、誰かに共感してもらえる瞬間を待っていた。

 そのことに、今ようやく気付いた。


 僕たちは食事をしながら談笑する。


「この家はね? アクトが立て直してくれたのよ」

「家を?」

「ええ。初めはもっと小さかったの」

「凄いな。お前って家も造れるのか」


 母さんの話は半分以上が僕の自慢だった。

 それを飽きずに聞いてくれるミラのお陰で、母さんも楽しそうだ。

 聞いているこっちは少し恥ずかしいけど。

 その後もひとしきり母さんの僕自慢が続いて、すっかり夜も更けていく。


 食事が終わり、入浴も済ませた僕は一人、湖の辺で涼んでいた。

 すると後ろから足音が聞こえて、振り返るとミラがいた。


「ミラ」

「うん。何してるんだ?」

「見ての通り涼んでるだけだよ」

「そっか……私も隣に行っていい?」


 普段より弱々しい声でミラがそう言った。

 僕が頷くと、彼女は僕の隣に腰を下ろす。

 風呂上がりのミラからは、ほんのり暖かな空気と女の子の香りがして、思わずドキっとしてしまう。


「この湖凄いな。私の所よりずっと大きい」

「え、ああ。世界中で一番大きい湖だからね。だから母さんもここにいる」

「そっか。お前のお母さん、本当に女神様だったんだな」

「そうだよ。ようやく信じてくれた?」


 彼女はこくりと頷く。


「あんなの見せられたら信じるよ。その……酷いこと言ってごめんなさい。ずっと謝りたくて」

「気にしなくて良いよ。こちらこそありがとう。母さんも楽しそうだった」

「私も楽しかったよ。いっぱいお前の話聞けたし」


 そう言ってニコニコと楽しそうにミラは笑う。

 中にはちょっぴり失敗したエピソードもあって、それを知られたことは素直に恥ずかしい。

 それでも二人が楽しそうだったから、まぁ良いかと思っている。


「な、なぁアクト」

「ん?」

「アクトはさ。試験受かってたら、王都に引っ越すのか?」

「あーそうだね。さすがに通うのは厳しいし」


 本当は離れたくない。

 母さんを一人にしてしまうから。

 だけど物理的にここから通うのは不可能だろう。

 定期的に帰るようにして、王都に部屋でも借りようとは思っていた。


「ミラは?」

「わ、私も部屋を借りようと思ってて。お母さんは元気になったけど貧乏なのは変わらないし、頑張って働かないといけないからさ」

「変わらず熱心だね。無理して倒れないでよ?」

「……そ、それでさ!」


 彼女は身を乗り出すように身体を向け、僕の顔を真っすぐと見る。

 そして、大きく深呼吸をした。


「ミラ?」

「王都でさ……わ、私と一緒に暮らさない?」

「――え」


 それは思わぬお誘いだった。

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