16.グレートリコ王国
食事処を出ていく二人。
駆け足のミラと、それについていくアクトの姿を、上から眺める人影が一つ。
「アクト……アクトというのですね。素晴らしい力を見せてもらいましたよ」
男はニヤりと笑う。
彼は試験でのアクトの戦いを観察して、彼の実力に歓喜していた。
「神の使途ですか。うん、貴方なら空席を埋められる」
ひらりと靡くローブには、かつて世界を作った神の紋章が刻まれていた。
「我々【神の代行者】と、共に歩む同士よ」
◇◇◇
外は暗く、星空がきらめいている。
夜はまだ始まったばかりで、小さな子供は眠りにつく時間だ。
そんな中、僕たちは王都を出発する。
目指すはミラの故郷、グレートリコ王国の端にある小さな村へと向かうため。
「お前と会った場所あるだろ? あそこまでは川に沿って行くんだ」
「だったらまた斗波で連れて行くよ。そこからは陸路かい?」
「うん。森を抜けて、その後は山も越えないと」
「山越えか」
グレートリコは大きな山々に囲まれた国。
周囲の国へ渡るのも大変で、足りない物資を外部から輸入するのも一苦労だと聞く。
人口も国々の中ではもっとも少ない。
意地悪な貴族たちが辺境と呼ぶのは、彼女の村ではなく国そのものを指しているわけで。
「君以外に同郷の受験者はいたのかな」
「いないと思うな。私の他に王都を目指してた奴は見なかったし」
彼女はあまり気にしていない様子で、そそくさと歩いていく。
向かうは王都から外へと流れる川の辺。
そこから僕の術式で川を下り、ミラと出会った場所まで向かった。
◇◇◇
行きと同じ三日かけ川を下った僕たちは、川辺で一旦の休息をとる。
「ミラは疲れてない?」
「私は平気だよ。お前のほうこそ良いのか?」
「僕もこれくらいは平気だよ。七日間術式を使い続ける訓練とかもしてきてるからね」
「そ、それはやり過ぎだろ……」
ミラは奇妙な物を見る目で僕をじとっと見てくる。
自分でも七日間はやりすぎたという自覚はあるよ。
現に終わってから母さんには注意されたし。
訓練中は何も言わない辺り、自分で気付いてほしかったんだろうと今では思う。
「さて、ここからは陸路だと思うんだけど」
「うん。山越えは結構大変だから覚悟しろよ」
「それさ? そんなに頑張る必要ないかもしれないよ」
「え?」
僕は川の水に手をかざす。
「水霊濡法――
術式を発動した直後、水の跳ね上がり空中で集まっていく。
水の球体が大きくなり、そのまま巨大な鳥へと変化した。
「こいつに乗っていけば歩いて山越えする必要はないよ」
「お前、そんなのも作れるのか」
「水って言うのはどんな形にもなれる。それが強みの一つだからね」
「簡単に言ってるけど聞いたことないぞ」
そう言ってミラは水の鳥に触れる。
「冷たいけど、濡れない」
「そこも制御してるから安心して」
「凄いな本当に。私もそれなりに強くなった気でいたけどさ。お前を見てると努力不足を痛感するよ」
「それは違うよミラ。君の戦いを近くで見て、その努力を感じ取れた。君の強さは本物だ」
彼女が得意とする光属性の術式は、他の属性よりも消費する魔力量が多い。
貴族のような膨大な魔力がない彼女には、本来相性の悪い属性だ。
それを当たり前のように、手足のように使えているのは、彼女の魔力制御が一級品だからに他ならない。
相当の訓練を積んでようやく手に入れられる力だ。
それに、僕には母さんという指導者がいたけど、彼女は完全な独学らしい。
「一人で調べて、ここまでの精度で魔術が扱えるのは凄いことだ。もっと誇って良いと思う」
「そ、そう?」
「うん」
「な、何か恥ずかしいな。あんま褒められたことなかったし」
そう言って照れる彼女を見ていると、自然に心がほっこりする。
同じ魔術師じゃないとわからない苦労はある。
彼女を褒める人がいなかったのなら、これからは僕が褒めようとかなって、密かに思った。
「じゃあ行こう。君の故郷まで一気に」
「うん!」
◇◇◇
水の鳥に乗り、僕たちは森を越え、山を越えた。
空からの案内はミラも初めてで、ちょっと戸惑っていたよ。
グレートリコ王国の国土は半分が山で、四分の一は人も動物も住めない乾いた土地だ。
彼女たちの村は、その乾いた土地と隣接している。
「ここだよ。私が住んでる村だ」
そう言って指さした場所には、十数軒の家が建っていた。
小さな畑に、井戸もあるようだ。
王都の街並みとは全く違う。
もしも僕が王都出身なら、悪気がなくても辺境の何もない村だと思ってしまうだろう。
「水の鳥がきたら村のみんなびっくりするからさ」
「わかった。途中で降りて歩こう」
僕たちは村の手前で降り、術式を解除した。
そこから徒歩で村へと入る。
すると、僕たちに気付いたお婆さんが話しかけてくる。
「おやミラちゃん。もう戻ったのかえ?」
「うん。お母さんはどう? ちゃんと安静にしてた?」
「いや~ 無理せんでええと言ったんだがねぇ」
「やっぱり」
ミラは呆れて大きくため息をこぼす。
お母さんのことは聞いていたが、どうやら僕が予想する以上に無理をする人のようだ。
「急いで帰ってきて正解だったかな?」
「だと思う。ありがとうお祖母ちゃん」
「ええよ。ところでそっちのお兄さんは? ミラちゃんのお友達かい?」
「え、えっと、そんな感じ……かな?」
お婆さんに質問されたミラは、確かめるように僕を見た。
僕はお婆さんに挨拶をする。
「僕はアクトと言います。彼女とは試験で知り合ったんです」
「そうかそうか。まぁ仲良くのう」
「はい」
その後、僕たちは彼女の家に向った。
道中何度も話しかけられて、その度に立ち止まって話をしながら。
小さな村だからか、皆が顔見知りで親切にしてくれるという。
そしてようやく――
「ただいまー」
「お邪魔します」
僕たちは彼女の家にたどり着いた。
木造一階建ての小さな家だ。
改築する前の僕の家に近い雰囲気を感じる。
玄関から中に入ると、彼女によく似た女の子が姿を見せた。
話に聞いていた彼女の妹のようだ。
「ただいま、リル。お母さんは奥にいる?」
「……」
「リル?」
「……お姉ちゃんが彼氏を連れて来た!」
その一言が家中に響き渡る。
どしどしと走る音に、ガタンと何かが倒れる音も聞こえて。
チラッと見たミラの顔は、夕焼けみたいに赤く染まっていた。
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