9.イジワルな貴族

 王都のインパクトに圧倒される僕とミラ。

 不審者みたいにキョロキョロしながら、人通りに任せて街を歩く。

 端から見れば怪しいけど、これだけ人が多ければ目立たない。

 僕たちは逸れないように、自然と近くに寄り合って歩いていた。


「なんかもう目が回ってきた……」

「僕もだよ」


 人混みに酔う、という話を母さんから聞いていた。

 その当時は意味が解らなかったけど、今まさにそれを体感している最中だ。

 急な人の量にやられた僕たちは、人通りを避けて路地を探した。

 ようやく見つけた建物の間の狭い空間に、二人で縮こまるように入り込む。


「はぁ~ もう息が詰まるったら」

「同感だね」

「王都が一番住み心地の良い街って聞いてたけどさ。あれ絶対嘘だよ。私の村のほうが落ち着くもん」

「それでにも同感だ。僕も自分の家のほうが落ち着く」


 たぶん誰しもそうなのだろう。

 慣れない場所は身体にも心にも良くないと知った。

 この人混みを抜けて受付に向う必要があると思うと、少し億劫になる。


「ねぇミラ、受付の場所はわかる?」

「一応わかるよ。案内に地図が載ってるだろ?」

「案内?」

「持ってないの?」


 僕はこくりと頷く。

 すると彼女は腰のポーチから一枚の用紙を取り出し、僕に見えるように広げてくれた。


「へぇ~ こんなのあるんだ」

「案内なしで試験のことどうやって知ったんだよ」

「母さんに教えてもらったんだよ。そういう学園があって、試験が毎年行われてるって」


 母さんは何でも知っていたから、湖から出なくても大抵の知識は身につけられた。

 外に出るなら一般教養も必要だと。

 小さい頃からしっかり教育を受けてきたよ。


「入り口がここで、まっすぐ来たから今はこの辺り……かな」

「うん。さっきの道を真っすぐ進んで、突き当りを右にいけば学園があるみたい」

「なるほど」


 じゃあ結局、この人混みに再び飛び込むしかないわけか。

 そう思ったのが同じタイミングだったのか、僕とミラは揃ってため息をこぼす。

 互いに顔を見合う。


「行くしかないか」

「そうだな」


 腹を括るとかまで大それた覚悟じゃないけど、僕らは意を決して人混みに飛び込んだ。

 先へ進むにつれて人の量が増えていく。

 心なしか同年代くらいの男女が多くなったようだ。

 流れに身を任せながら、僕たちは学園を目指す。


「この人混みが全部受験者とかないよね?」

「あるんじゃない? 毎年たくさん受けにくるらしいし」

「そ、そっか……」


 僕はごくりと息を飲む。

 この周囲の人たちが全員、試験では敵になる。

 そう思うとぞっとする。

 

「別にそうだとしたって関係ないだろ。受かれば良いだけの話だ」

「――ミラは良いこと言うね」

「普通のことしか言ってないけど?」

「そうだね、普通のことだね」


 だからこそ感じる。

 試験前に彼女と知り合えて本当に良かった。

 少なくとも孤独な戦いじゃなくなる。

 女の子の言葉に励まされるのは、男としては情けない気もするけど。

 少し母さんを思い出した。


 人混みに流されようやく。

 僕たちは目的地にたどり着いた。

 王立魔術学園。

 その建物は黒々と怪しく、形はお城に近い。

 元は大聖堂で、その前は神殿だったらしくその面影もある。

 加えてとにかく大きい。


「今更もう驚かないけど」

「だな。人が集まってるし、受付はあっちみたいだぞ」

「うん、行こう」


 受付は学舎のエントランスで行われていた。

 窓口が十数個用意され、そこに長蛇の列が出来ている。

 列には種類があり、左から順に王都出身者、ルート王国民、他国民の主要都市出身、最後にその他の地域や街。

 明らかに生まれた場所での差が見て取れる。

 僕とミラは一番右端の列に並んだ。

 その列だけは異様に空いていて、順番も十人程度待てば来る。

 

「思ったより空いてるね」

「……外部でしかも田舎の受験者枠だからだろ」

「そうなの?」

「うん。大体――」


 と、彼女が話そうとした時だ。

 後ろのほうから男の声が聞こえてくる。


「おーっと? 空いていると思えば田舎者たちの列だったか~」

「そうみたいだね~ でも思ったよりいるんじゃない?」

「うんうん。わざわざ田舎から試験を受けに来るなんてまったく……身の程を知れって感じだよ」


 小綺麗な服を着た男たちが数人で、僕たちを見ながら嘲笑する。

 

「何だあれ」

「たぶん貴族だよ。私たちのことを田舎者って馬鹿にしてるんだ」

「何でそんなこと? どこで生まれたって同じ人間だろ」

「私だってそう思う。けどあいつらにとって生まれは重要らしいよ。そういう差別があるから、私たちみたいな辺境出身者は試験を受け辛いんだ」


 そういうことかと納得する。

 人数が少ないのに分けられた受付も、差別の一環なのだと。

 生まれで人の優劣を決めるなんて間違ってる。

 母さんならきっとそう言うし、僕だって言ってやりたい。


「場違いな奴らだ。早々にリタイアしてくれることを祈るよ」

「まったくだ。田舎者が増えるだけで、王都の空気が芋臭くなるよ」

「あいつら……」

「相手にしてたって無駄だよ」


 怒りで拳に力が入る僕に、ミラが真剣な表情で言う。


「受かればこっちのもんなんだ。私たちは試験に集中すれば良いんだよ」

「ミラ……」


 僕は小さく頷き納得する。

 ああ、その通りだと。

 また気づかされるなんて本当に情けない。

 そしてやっぱり、彼女と出会えてよかったと思う。

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