6.青眼の女の子

 驚き方は違うけど、どちらも目を丸くして僕を見ている。

 さすがに少し恥ずかしい。

 今のはちょっと、格好つけすぎたかもしれないな。

 初めて出会う自分以外の人間に、意図せず気が逸ってしまったようだ。


 僕は改めて彼女を見る。

 金色の髪と青い瞳、白い肌に血が垂れている。

 頭と左腹部から出血しているようだ。

 ぱっと見じゃ深さまではわからないけど、出血の量からして浅くはなさそう。

 間違いなく痛いはずだ。

 今にも倒れたって不思議じゃないだろう。

 ただ、今は――


「お、おい! 前!」

「ああ、わかってるよ」


 先に邪魔な魔物だけ片付けよう。

 振り向けばグリズリーが怒りの形相で迫っていた。

 水刃で出来た地面の切れ目に足をかける。


「そこは危ないよ」


 パチンと指を鳴らす。

 瞬間、切り裂かれた地面から再び水の刃が飛び出す。

 グリズリーの左足を切断し、痛みと衝撃で仰け反り倒れ込む。


「僕が操る水は特殊なんだ。僕の手からどれだけ離れても、自在に操ることが出来る。一度躱したからって安心しちゃ駄目だよ?」


 まぁもっとも、今回はわざと外したんだが。


「グオオオオオオオオオオオオオオ」

「痛そうな声だ。だけど君だって、彼女を傷つけたんだろう?」


 僕は人差し指を立て、怒り狂ったグリズリーの心臓を指さす。


「お相子だよ」


 水霊濡法――


刺閃しせん!」


 指先から高圧縮された水を発射する。

 細く長く伸びた水の柱はグリズリーの心臓を貫く。

 グリズリーの叫び声がピタリと止み、雨音に見送られながら地に倒れ込んだ。


「周囲に魔物の気配は……ないな」


 これで一先ずは安心だ。

 次は彼女の傷を何とかしないと。

 そう思って振り返ると、彼女は青い瞳を大きく開き、驚きを露にしていた。


「い、今……どうやって魔術を出したんだ?」

「ん? ああ、水霊濡法は従来の術式とはちょっと違うんだよ。というか、今それを聞く余裕あるの? その傷浅くはないでしょ」

「傷……ぁ――」

「ちょっ!」

 

 僕が指摘して我に返ってのか、急に青白い顔になって倒れてしまった。

 急いで彼女の上体を抱きかかえ呼びかける。


「大丈夫か?」

「ぅ、う……」


 一応意識はある。

 やっぱり予想した通り傷は浅くない。

 頭部の怪我は皮膚だけみたいだけど、左腹部は肉がわずかに抉られている。

 おそらくグリズリーの爪でやられたのだろう。

 この深さなら内臓までは達していないか。


「ならいける。水霊濡法――」


 僕は彼女の傷口に右手をかざす。


療水りょうすい


 右手から生成された水は薄い緑色をしている。

 見た目通りただの水ではなくて、治癒効果を持っている水だ。

 母さんが使う癒しの水を参考に編み出した技で、僕が持つ唯一の回復手段でもある。

 

「母さんみたいに病気までは無理だけどっ」


 傷ならたちまち癒してしまえる。

 特に対象の魔力が多ければ回復も速く終わる。

 逆に相手の魔力が少ない場合は、僕の魔力を多めに消費する。

 こればっかりはこの術式の特性だから仕方がない。

 とか考えている内に、彼女の傷は頭と腹部両方とも治癒してしまった。


「ぅ、あ、あれ? 痛みが急に……」

「治ったからだよ」

「え?」


 彼女は頭と腹を順番に手で触って確認した。


「ホントに塞がってる」

「身体の調子はどう? 他に変な所はない?」

「……大丈夫、だと思う。ちょっと怠いけど」

「それは仕方がないかな。治癒に君の魔力も使わせてもらったから」


 僕がそう言うと、彼女は傷があった場所を改めて触り、目でも確認した。

 どちらも綺麗に治っているのを再確認したら、そのまま視線を僕へと向ける。


「あんたが……治してくれたのか?」

「うん」

「あ、ありが――くしゅん!」


 彼女が感謝の言葉を口にしようとすると、可愛らしいくしゃみに飛び出した。

 大雨に濡れて全身がずぶ濡れだ。

 傷は癒えたけど、このままじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。


「ねぇ君、この辺りに雨をしのげる場所って知らない?」

「え? この先に洞窟があるけど」

「じゃあそこまで行くから、少し我慢してね?」

「我慢って、なっ!」


 僕は彼女を両手で抱きかかえ、洞窟があるという場所まで走る。


「ちょっ、何すんだよ!」

「仕方ないでしょ? 怪我人を走らせるわけにはいかないから」


 女の子って思った以上に軽いんだな。

 軽々抱き上げられたし、手足も僕より細い。

 彼女がそうなのか。

 それとも女の子が皆そうなのか。

 気になりながら雨の中を駆け抜け、話にあった洞窟を見つける。


「あそこか」


 思ったより大きな穴が空いている。

 僕らが通るには十分すぎる高さで、さっき倒したグリズリーでちょうど良いくらい。


「もしかしてここ、グリズリーの巣穴?」

「そうだよ」

「知ってたの? ってまさか、ここに入り込んでグリズリーに終われてたとか?」

「……悪いかよ」


 彼女は恥ずかしそうにそっぽを向く。

 どうやら図星だったようだ。


「飽きれたな……それじゃ襲われても君の自業自得じゃないか」

「う、うるさいな! あいつの巣穴だって知らなかったんだよ! 雨宿りしようと思っただけだったし!」

「危機感が足りないからだよ。大体巣穴じゃなくても――」


 今さらになって気付く。

 抱きかかえた彼女は雨に濡れて、服が透けていた。

 華奢な身体をしているけど、彼女はやっぱり女の子だと思う。

 どこを見ていっているかは……彼女にもバレた。


「ど、どこ見てんだよ!」

「ぶっ!」


 女の子の身体は小さくて軽い。

 だけど……

 女の子のビンタは痛くて重かった。

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