第561話 味方であり敵であり
カラン
夜、自室でグラスの中で氷がぶつかる音が聞こえる。
「ふぅ、参ったね、明日には筋肉痛になるだろうね」
目の前でレナードは軽く肩を回しながらそう告げる。
「なら、回復してもらったらどうだ?」
「何か重要な会議とかならそうしてもらうけど、今は心地いい疲労感に浸っていたい」
「物好きだな」
共に苦笑しながら、グラスを傾ける。
「それにしてもよかったのかい?アズバン家に食料販売の優先権を渡して?」
「そうでもしなければ協力は難しかっただろう?」
「飛空艇の便宜だけでも良かったと思っているけど」
「なら、今から撤回するか?」
こちらの言葉にレナードは苦笑しながらも目の奥では笑っていなかった。
「まぁ、こちらとしても無理に蒸し返すつもりはない」
「そうだね、飛空艇を一手に君が握っているのなら、商売するにしても外交するにしても君の顔色を窺わなければいけない。それを考えれば優先権ぐらいで僕たちが同じ方向を向けるのなら安いと思うけど」
その言葉に笑顔で返しながら口の中に酒を含む。
(何かにつけて飛空艇を停めることもできない事ではない。それを考えれば都合の悪い商売話はこちらで潰せると言っても過言ではない。だがそれはそっちも気付いているだろう?)
視線をレナードに向けると笑みを浮かべるが腹を探ろうとしている視線だった。
(それにアズバン家自体に輸出できるほどの食糧生産量はない。確実にノストニアから輸入し、それを売りに出す)
アズバン家は丁度間に入ることでうまく利益を得ている。そのためやりようはいくらでもある。
(俺はアルムという繋がりを持ち、そこから干渉できなくもない)
要は現在はアズバン家がノストニアから食料を輸入してるそこに俺も乗り出せばいいだけの話だった。
(やるとするなら最終的にはノストニアから輸入量をどれだけ奪えるかという戦いになる)
こちらはアルムという伝手を使い、あちらはフーディという伝手を使って、現在の輸出量を取り合うことになるだろう。
「もちろん、僕も暴利を貪ろうとは考えていない」
「ああ、信用している」
輸出に関して干渉でき、輸送路も完全にこちらが握っている、そんな状況下ではレナードもこちらに配慮せざるを得ない。何より、俺とレナードが対立してお互いがお互いを攻撃し始めれば、その規模は下級貴族のいざこざとはレベルが違う物が起きてしまう。さすがに両家ともそれを許容できないため、それぞれが許容できる範囲を見極めていくしかなかった。
「それで2、3日中に飛空艇が到着するだろうが、それで帰るのか?」
「そのつもりだよ。こちらで出来ることは粗方終えたからね。今度はグロウス王国で準備を整えなければいけない」
「そちらに帰ってから円滑に物事を進められるように、頼む」
「ああ、任せてくれ」
カン
共にグラスを鳴らし、酒を呷る。
友好的に見えるが水面下では敵にもなりえる存在と酒を酌み交わすと言う状況に笑いそうになりながら夜が過ぎるのだった。
それから二日後、再び飛空艇が到着し、荷物と人員が追加される。まずレナードは今回降りてきた者たちにある程度こちらの動きを説明する。そこからあとは全てやってきた外交官に任せることになっていた。とはいえ、ひとまずの調整はレナード主体で行っているため特段の仕事はないらしく、彼らの仕事は戦況やウェデリアの変化を逐一報告することが大半だった。
そしてに荷物だが、ほぼすべてが食料で埋まっており、ほんの数%がこちらで使うための嗜好品となっていた。
そしてその翌日には――
「僕もいくつか見舞いの品を包むけど希望はあるかい?」
「特にはないな。俺としても少し長い休暇を過ごすだけのことだ」
飛行場でレナードと軽く会話をしながら握手を交わす。そしてその横では空のコンテナがいくつも飛空艇に積み込まれていた。
「次はアレに合う様に飛空艇を造ると聞いたけど?」
「耳が早いな」
「ドワーフたちが待ち遠しそうにしていたよ」
レナードが空のコンテナを示し、新たな飛空艇に興味を示す。
「どんなものなのかな?」
「残念ながら話せない」
レナードがさりげなく探りに来るが、許すわけがない。
「歓談中のところ申し訳ありません」
次の話に移る前に、飛空艇から一人の騎士が降りてきて、そう告げる。
「それじゃあ、こっちで激化しないことを祈っているよ」
「ああ、俺も打ち落とされないことを願っている」
最後に話を交わし、レナードは飛空艇へと乗り込む。
「意外だね」
「何がだ?」
レナードが飛空艇に乗り込むと後ろからロザミアの声が聞こえてくる。
「エレイーラから聞いたけアズバン家とゼブルス家は対立とはいかないが仲が悪いと聞いていたけど?」
どうやら先ほどの光景を見てロザミアは双方の関係が友好だと判断しているらしい。
「本当にそう思っているのか?」
「一見だけするとね。もちろん私も貴族だと
「思っている、なのか?」
半ば自覚していないと言うのを告げているようなものだった。
「それでいいのか?」
「いや今の私を見てごらんよ。どこが貴族令嬢に見える?」
ロザミアは動きやすい服に、最低限下身だしなみを整えているだけだった。
「研究所の虫にしか見えないな」
「お褒めに預かり光栄です」
ロザミアはここぞとばかりに令嬢がやる様な綺麗を礼を見せてきた。
「誉め言葉がそれでいいのか?」
「私としては最上だよ」
「つくづく研究が好きなようだな」
『離陸します』
ホン、フン、フォン、フィン
ロザミアと会話をしていると、飛空艇からアナウンスが聞こえると飛空艇のプロペラが回り始める。
「原理としては風を押し出す構造の翼で推進力を出しているわけだが、あれだけを積んでなぜ飛べるのかが見当つかないね」
ロザミアが飛び立つ、飛空艇を見ながら難問を見ているような表情でそうつぶやく。
「ねぇ」
「答えを教えると思うか?」
「ケチだね」
それから共に飛空艇が射程圏外に届くまで見届ける。
「あれ、魔障壁だろう?」
「さぁな」
「いや、正解なら正解だと言ってほしい物だね」
肩を竦めながら答えて、宿泊所に戻ろうとするとロザミアがついてくる。
「そういえば、最近姿を見ていなかったが、何していた?」
「何簡単さ。ドワーフの鍛冶技術は優れているだろう?だからいくつかの研究器具を造ってもらえないか相談していたんだよ」
ここ最近はアルヴァスの紹介で職人のドワーフと設計図やら細かな注文、実験に使えそうな素材かを確かめていたらしい。
「それは構わないが、誰が運ぶ?」
「それぐらいやってほしいね。研究所でも自由にやらしているだろう」
「それは謝罪の様なものだっただろう」
「別にいいだろう、輸送費は研究費から払うからさ」
「そういう問題でもないのだが」
それから今注文している分は仕方ないと判断して許可するが、その後もロザミアは研究機材を増やそうと言い出すのだった。
それから二か月という時間が過ぎる。その間は特にこれと言ったことは無く、荷物や手紙、外交官の数人の往来が続くだけで、しいて言えば、一か月ほどしたらようやくネンラール軍がバリスタでの攻撃を諦めて、静観し始めたことだった。
そして約束の期日になり、飛空艇が到着する。
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