第540話 仕事と遊び

 それからドイトリに言われた四日間、俺たちは宿泊所で臨時の休日を楽しんでいた。と言うものの最低限考えるべきことは考えて、あとは結果待ちになるからこその休息時間だった。


「あ~~う~~~」


 そして出るなと言われた最終日、昼前に自室で書類を読んでいると、腹部に顔を擦り付けるイオシスの姿があった。


「なんで、こんなにバアルに懐いているいるのかしら?」

「……俺が聞きたい」


 対面でイオシスを目で愛でているクラリスが、少し悔しそうな表情でそう聞いてくる。


「それで何を読んでいるの?」

「何、少しばかり本業・・をやっておかないといけないからな」


 イオシスの頭を片手で撫でてあやしながら、もう片方で書類に目を通す。


「本業?飛空艇のこと?」

「その通りだ」


 クラリスの言葉に応えながら書類を読む。そこにはこの四日間で考えた飛空艇の改造案を記載している。


(いつ帰るかはわからないが、現在の数ではほとんど何もできない。それまでにより簡易に、より量産できるようにしておかないとな)


 現在運用しているケートスを量産することもできるが、ケートスの様な大型のサイズばかりを作り出すのは非効率的だった。


(サイズで考えるなら、大型のほかに中型を小型、それも軍事用、民間用、輸送用、それも人と物資とか、分けておいた方が後々効率が良いだろう)


 ケートスはあらゆる盤面で使えるように設計している。それこそ軍事目的・・・・でもだ。そしてだからこそ、軽々しく使うものでなかった。


(何より、すべての製造工程を俺だけでやるのは将来的に負担が大きすぎる。どこかで人を雇うか外部委託する必要があるからな)


 確かにやろうと思えば一人で飛空艇を造ることは可能だ。だが、そのほかの業務があるなら現実的ではない。


(ただ、システム関係は俺が直接行わなければいけないだろう。それに飛翔石による飛翔装置もだ。だがこれらは当然の様に外注も、製法を漏洩することもできないため、俺が自ら手を加えなければいけないわけだな)


 どうしてもそういった面は俺が手を加えなければいけない。なにせそれを漏らしてしまえば、問題にしかならない。


(それに技術が流出しないようにも対策しないといけない、さて、どうするべきか)


 グッ、グッ


 書類を見ているとイオシスを撫でている手が何度も頭で押し返される。


「遊んでほしいみたいよ」

「……どう遊べばいいと思う?」

「ふふ~ん、さぁね~」


 クラリスは心底おもしろいという表情でグラスを傾ける。


「……はぁ、子守りに苦戦している風景を楽しんでおけばいい」

「そうさせてもらうわね~」


 クラリスの言葉を聞くと、書類を『亜空庫』にしまってイオシスを抱いて立ち上がる。


 そして部屋を出る際に護衛についているオーギュストに話しかける。


「そうだ、オーギュスト、ネス・・を用意しておいてくれ」

「??了解である、が、何をさせるのであるか?」


 急にネスを用意しておくように頼まれ、オーギュストは疑問を浮かべる。


「簡単だ、遊ばせる・・・・


 俺の言葉に護衛全員が、首を傾げるが、それは中庭に着いた瞬間に理解することになる。
















「あの、バアル様、これは一体?」


 中庭に着くと、俺はオーギュストにネスを呼び出させる。


「なに、簡単だ。これをこうして」


 ネスの体にひらひらとした布を巻きつける。


「……なんか嫌な予感がするのですが……」


 急に呼び出されて、ネスは嫌な気配に襲われている最中らしい。そしてその予感は見事的中する。


「じゃあ、逃げろ・・・

「へ?」

「この宿泊所の中でだけ逃げろ、それも外壁、屋根上と屋根裏、など人が入れなさそうな場所は禁止。そして能力の使用も禁じる」

「あ、あの」

「ほかに参加する奴はいるか?もし、ネスを捕まえられたら何かご褒美を用意してやるは」

「やる~~」


 こちらの声にレオネが真っ先に反応して、その後、ご褒美と聞いてセレナ、マシラ、ヴァンが手を上げる。


「ワタクシメがなぜ…………オーギュスト様」

「余興に付き合うのも年長者の義務である」

「そんな~~」


 ネスが最後の頼みとオーギュストに掛け合うが、あっさりと見捨てられる。


「追う側は30秒経ってから、動き出す。その間にいい場所を探すんだな」

「あの、ワタクシメは本当にやりたくないんですが」

「やらなければ、お前をロザミアに預けるぞ?」

「え、えっと……それは……」


 ここに来てか何度かネスとロザミアは顔を合わせているが、その時のロザミアの視線は実験動物を見るようなものだった。それを理解しているからこそ、ネスはロザミアを避けていた。


「オーギュスト様……」

「解剖されるわけではないのであろう?」

「ああ、死ぬような実験は抜きにしよう」

「裏を返せば、死ななければ何してもよいと、ワタクシメはどうなるかわからないと……」


 ネスはこの世の終わりが来たような雰囲気を出す。


「安心しろ、それに比べてこれには参加するだけでいい、捕まったからと言って罰を与えることは無い」

「チュ……」


 ネスは観念したかのようにとぼとぼと中庭の中央まで二足歩行で歩いていった。それも身に着けた布を引き摺って。


「それじゃあ、始め」

「ふっふっふ~~」


 声を上げるとネスは一直線に宿泊所内に向かって行った。


「レオネまだだぞ」

「む~~わかっているよ」

「あ~~?」


 レオネに注意しながらイオシスはよくわかっていない表情をする。


「さて……俺たちも動くぞ」

「しゃ!!」


 30秒経ったことで許可を出すと、ネズミを追う猫の様にレオネはネスの通った方向に真っ直ぐに突っ走っていった。


「???」

「さて、俺たちも行くぞ」


 俺もイオシスを下ろし、その手を引いて、後を追いかけ始める。









 その後、宿泊所を探検する様に巡っていると何度かネスを追いかけているレオネにすれ違う。その光景を見るとイオシスも何をするのかわかったのかネスを見かけると手を放して、捕まえようと追いかけていった。その時はレオネもほかの奴らも空気を読んでネスに飛び掛かるのを自制する。またイオシスがネスを見失うと、その方角を示すように飛び掛かっていった。


 そしてレオネ、イオシスが二回、その他が一回ずつ捕まえると、イオシスが欠伸をしたことでゲームが終了する。












「ぜぇぜぇぜぇぜぇ」

「うるさいぞ、ネス」

「ひどくないですか!?」


 自室のテーブルの上で大の字に成りながら、息を切らしているネスに文句を言うと、逆に切れられた。


「……これが狙いだったのですか」


 イオシスが寝ているすぐ傍に居るリンが安らかに寝ているイオシスの寝顔を見ながら呟く。


「ああ、子供は遊んだら、寝るものだろう?」


 イオシスが寝息を立てたことで再び、ソファに座り書類を取り出す。


「ねぇねぇ~ご褒美は?」

「そうだな、ゼウラストに戻ったら肉食い放題なんてどうだ?」

「いいね~~アシラは?」

「おう、俺も同じが良いぜ」

「ヴァンはどうする?」

「……チビ達もいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 ということで三人のご褒美は決まった。


「セレナはどうだ?」

「あの、一ついいですか」

「なんだ?」

「給料の、前借を、お願いします」


 最後の一人であるセレナはおずおずと申し出てきた。


「そういえば賭けで大負けしたな」

「うぐ、はい」

「だが、帰れば貯蓄ぐらいはあるだろう?」


 ゼブルス領ではゼブルス家が管理している銀行がある。普通ならいくらかの預金があるはずなのだが。


「……勝てると思って知り合いの騎士に、その、いろいろと……」

「借りたのか?」

「……はい」

「いくら?」

「…………それが貯金とほぼ同額を」


 セレナの言葉に思わず目を細める。


「そんなに賭けたのか……」

「だって、その、テンゴさんが勝つって聞いていたから……」


 セレナはほぼ勝つと聞いていたため、テンゴとマシラに多額を賭けていたらしい。だが、それはご破算になっている。


「賭けに勝ったときに返さなかったのか?」

「はい、次も突っ込めば勝てていたので」


 それで最後には全財産を突っ込んで負けたと言う。それを聞いて、リンやノエル、クラリスが微妙な表情をしていた。


「わかった、前借を許そう。それとその騎士達の分は肩代わりしてやろうか?」

「本当ですか!?」

「だが、その分は利息を付けるがいいな?」

「え゛!?」


 前回の王都の地下水道での利子がつかない借金とは違い、今回は完全に私用だ。当然利子を付ける。


「ぅぅ、はい、それで、お願いします」

「……頑張って返せよ」


 その言葉を告げるとセレナの呻きが聞こえてくるが、自業自得なので誰も助けてくれる者はいなかった。


「ワタクシメには何もないのですか!?」


 最後にそんな声が聞こえたような気がするが、セレナの呻き声にかき消されたのだった。

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