第531話 ドワーフの始まり
本格的に会食が始まれば、多くの人がこちらに寄ってくる。なにせゼブルス公爵の嫡男であり、飛空艇の生みの親、知己になりたくないという人物がいるのであれば、それは少なくとも利に疎い人物なのだろう。
そしてここにいる人たちは貴族、欲の薄い奴もいるだろうが、誰もが利を求めている。となれば当然、俺に挨拶をすることになり―――
「……お疲れ様」
「お前に言われるとは、相当疲れた表情をしているようだな」
ほぼ全員と挨拶を終えると、俺は宴会場から少し離れた休憩できるスペースに移動している。幸いそこは誰もいないため、ほんの少しの間だが、休みことが出来ていた。
「それと、確認を頼む」
「……ああ」
ティタが蛇の頭になると、俺は腕を差し出して、チクリとした痛みを感じる。
「どうだった?」
「……体内に毒はない。それと食事に何かが紛れているということは無い、グラスも確認したが毒の気配はない」
ティタは会食の際に俺に続くように料理を食べてもらっている。そして毒の有無を確かめてもらっていた。
「なら、気怠い理由は純粋な
人と挨拶することに本来なら気疲れなどしない。だがその数が異常に多く、そしてあちらが是が非でも印象を覚えていてほしいとなれば話は変わってくる。
「ふむ、味はまぁまぁであるな」
「……お前らは純粋に楽しむだけでいいよな」
オーギュストがグラス片手に、料理を楽しんでいるのを見ていると軽く殺意が沸く。
「それがバアル様の仕事ゆえに、ワガハイ達はどうにもできないのである」
「正論がまた、腹立たしいな」
オーギュストはこちらの言葉に肩を竦めると、即座にとある方向に視線を向ける。
「……
「
「いま、いいか?」
オーギュストの言葉が正しいとばかりに入り口から一つの小さな影がやってくる。
「
ドゴエスは正装しているのだが――
「ふん、笑いたければ笑え」
「まぁ、その、なんだ」
ドゴエスが全く似合っていないことに理解してそういう。そして残念ながら慰めの言葉が出てこないほど、ドゴエスの正装は不似合いだった。
「で、今更友好を深めに来たわけじゃないんだろう?」
「ああ、
ドゴエスの言葉にこの場にいる護衛全員が剣に手を伸ばす。
「なんだ、もう始めたのか?」
「いや、まだじゃ、一網打尽にするには全員が集まった場でするのが一番だと思ってな」
「なら、口走りすぎるな」
「だから確認なんだよ、お前が
ドゴエスの言葉に納得する。
「事を起こすなら早めに頼む、正直ただただ疲れるだけの会食はやりたくないんでな」
これから起こることを考えれば、むしろ早くこの会食を終わらせてくれと頼み込む。
「くく、わははは、止めることもしないか」
「そちらの方が、俺に得があるからな」
至極全うなことを説明すると、ドイトリは密かに笑い、近づいてくる。
「安心してくれ、もとより協力者には優しくするつもりじゃ」
ドゴエスが笑顔で言うが、こちらには凶悪そうに笑っているようにしか見えない。
「協力者で思い出したが、例の客人たちはどうしている?」
「……いろいろと役に立った、とだけ言っておこう」
おそらくはそれぞれの間で何かしらの取り決めをしただが、こちらには漏らす様子はない。
「ならいいが、これだけははっきりと言っておこう。俺たちは協力的に行こうとしてる、だがこちらに危害を加えようとしているなら」
「言わんでもわかっておる。動かないのならば、俺達は何もしない」
「そうしてくれ。それでこのまま会食を続けさせる気か?」
「くく、まぁ締めの言葉までは、この会食を頑張ってくれや」
ドゴエスはそういうと胸元を緩めながら離れていった。
「いいのであるか?放置して」
「ああ、というよりも
むしろ事は起こってくれた方がいい方に転がるはずだった。
「ここにいたのですね、バアル様、そろそろ戻らなければ主賓としての立場がありませんよ」
「休憩はもう終わりか」
しばらくすると、ユリアが姿を現して、そう言う。
「なら、もうひと仕事だけ行おう」
「ええ、お願いします。ここの人たちと知己になっておいて損はありませんよ」
(ただ得もないだろうがな)
そう思いながら再び重い脚を引きずって宴会場に戻るのだった。
それから体感では三日は経っていそうなほど退屈な会食が続く。
(確実に明日は頬の筋肉痛だな)
気分的には今すぐ頬が崩れ落ちそうなほどだった。
コツコツコツ
だがその気分も周囲の楽しんだ雰囲気と壇上に登る足音と、ユルグの姿を見て、変わる。
(ようやく終わる、いや、変わる、か。だがそれでも苦痛だらけの会食よりはマシだろう)
そう思いながらグラスの中にある最後を飲み干す。そして視線を壇上に上がっているユルグに向ける。
「さて、皆さん、今宵もいい時間となりました。今日は新たな友人が出来て楽しい時間を――」
「あ~~、その挨拶少し待ってもらうぞ」
締めの挨拶を述べていると、ドゴエスが話を遮り、ユルグに近寄る。
「何のつもりだ、ドゴエス」
「いや、丁度いいから宣言させてもらおうと思ってな、退け!!」
ドゴエスがユルグを蹴り飛ばして、壇上に立つ。
「さて、長年、俺たちは人族の枠組みの中で生きてきた。寿命が違い、生態も違う、これでも俺達は何とかお前たちに馴染もうと努力してきたんだぜ」
その言葉でこの場にいるほとんどからドゴエスは疑問視される。
「だがな、もう我慢の限界だ。初代ネンラール王とは曽祖父から聞いた話では確かに俺たちの友達だった。だがな、俺たちはお前たちの悪政で苦しんだ。もちろんそれが仕方ないことなら俺たちも耐えられただろう、だがお前たちは俺たちが何も言わないことをいいことに悪政を敷き続けた。俺たちは何度も何とかしてくれという言葉を投げたが、そのすべてが無視された。となればもう、友達には成れねぇ」
ドダドダドダ
ドゴエスのその言葉で、宴会場に入り込む足音が聞こえてくる。
「何のつもりだ!!ドゴエス!!」
その
「見てわからねぇか?なら、しっかりと声を上げてやるよ、俺達ドワーフは俺達だけの
「「「「「!?」」」」」
ドゴエスの声でこの場にいる事情を知らない者達が驚きの表情を浮かべるのだった。
「っ!?逃げますよ!!」
「どうやって?」
同様からいち早く回復したユリアがこちらの腕を掴み引っ張ろうとするがその前にこの宴会場を取り囲んでいる武装したドワーフたちを見回す。
「バアル様と私、それに皆さんがいれば十分突破できます」
「すまんがそうはいかん」
ユリアが逃げようとする中、ドワーフの中から知り合いが近づいてくる。
「危害は加えない。だから大人しくしてくれないか」
「
ユリアが戦う姿勢を見せ続けると、ドイトリが肩を竦める。
「一応言っておくが、儂らの仲間が今頃、宿泊所を包囲しているはずじゃ、危害は加えないと約束するから大人しくしてくれんか」
「っっ、いくら集めたからと言ってもあの宿泊所には」
「
「何を――」
「ユリア、冷静になれ」
俺は動こうとしているユリアを止める。
「なぜ止めるのですか!?」
「策を施している相手に無策で突っ込んでどうする?いいようにやられる確率の方が高いだろう?」
「ですが、バアル様は――――」
ユリアは何かを口にしようとすると、同時に何かを気付く。
「まさか、
「いや、予想が出来ていただけだ。本当に起こるとはな」
ユリアに残念そうな表情をしてそう告げる。
「ドイトリ、わかっているな?」
「ああ、お主らは関係ない他国の者じゃ、丁重に扱うことを約束しよう」
ドイトリが申し訳なさそうな顔をこちらに対して頭を下げる。
「ユリア、俺も来賓がいる手前、下手真似はしたくない」
「それで主導権を渡すと?」
「あいつらの立場になって考えてみろ、反乱を起こしたはいいが、その後はどうする?俺たちに危害を加えて敵対するか?」
「……バアル様はドワーフたちの味方なのですか」
非難するような視線でユリアはこちらを見てくる。
「……
「っ!?どういうことですか」
こちらの言葉にユリアは憤慨しそうになる。
「ドイトリ、ひとまず俺たちの扱いはどうなる?」
「簡単じゃ、お主とユリアに関しては領主館の一室で寝泊まりしてもらう。それ以外は全員捕縛して収容するのみじゃ」
「随分だな、逃げるとは思っていなさそうな感じだが?」
こちらの言葉にドイトリは苦笑する。
「
ドイトリはグロウス王国を強調して発現するが、ユリアの耳に届いている気配はなかった。
「っっ――」
「わかった。ただ、騎士の一人に泊まることと無事であることを伝言させたい」
その後、騎士の一人に、全員そのまま宿泊所で大人しくしていることと、今日はこの場に泊まると伝言を託す。
その後、俺とユリアは領主館にある部屋をそれぞれ一室を貸し出されることになった。
(さて、無事に成就するか、泡沫の夢になるのか、見せてもらおう)
目を閉じて事の成り行きを楽しむのだった。
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