第480話 本戦五日目最終戦決着

『マシラ選手の左手が力なく垂れ下がる!!どうやら動かせない模様!!これは決着とまではいかないですが、かなりの優劣が決まったのではないでしょうか!!!』


 オォォオオオオオオオ!!


 リティシィの実況とステージの上にいる二人の姿に寄り観客が沸き立つ。それもそのはず、二人の戦いは見栄えが良く、それでいてとても分かりやすかった。


「あのままやられると思うか?」

「バアル、マシラはそう、やわじゃねぇぞ」

「そうだぜ、腕一本ぐらい動かなくても、お袋は鬼のように強いからな…………」


 俺の確かめる問いにテンゴは信頼、そしてアシラは経験による強さを強調する。


「なら、勝てると?」

「さぁな、だがあいつの目はまだまだやる気だからな。あの目で負けると言った後には恐ろしい目に会うからな」


 アルベールは思わず問いかけると、テンゴは微笑みながら答える。


「それに、今回のためにアレを買った。それなりに意味があると思いたい」

「あの籠手か、あれはどこで?」

「ん?昨日試合が終わってからアルヴァスの店によってな、魔力が通りにくい籠手を頼んだって聞いたぞ」


 テンゴの言葉を聞くと、ステージにいるマシラに視線を向ける。


(魔力が通りにくいか、だから・・・片腕だけで済んだのかもな)


 前回ユライアの対戦相手を思い出すと、少しふれられただけで即座に気絶していた。今回の腕が動かなくなることを踏まえると、おそらくはあの影響が抑えられているとしか思えない。


「だが、それでも片腕を失ったと言える状態だ、不利なのは間違いないだろうな」


 だが最後にテンゴは心配そうな顔でステージを見詰めながら呟く。そしてその言葉を体現する様にステージ上ではマシラが攻め続けられていた。















「はぁ!!」

「ほっ!!」


 カカカ、トンッ!


『す、すごい!!マシラ選手片手が使えないぐらいが何だとばかりに、ユライア選手の攻撃をさばき続ける!!』


 ユライアは片腕が使えないマシラを攻め続けるが、マシラは上手く棍を体で操作して、防御し続ける。時には手首で回して、ユライアの伸びてくる手を叩き落としたり、時には手放すと同時に尻尾で棍を掴み、遠くから振り抜いたり、またうまく棍を体に沿う様に回したり、時には器用に足で棍を掴み、振り回したりと、到底人の動きではない動きを見せてくる。


 もちろん、相手にしているユライアも技量については本戦に出ている以上一級品なのだが、それでも棍を巧みに使うマシラには届かなかった。


「このっ!!」


 ギャギャ


 ユライアは棍の攻撃を強引に体で受けて、同じく強引に距離を詰める。確かに牽制はされていたが、片手で扱う以上、両手での攻撃よりも威力は落ちる。そのためやや強引に距離を詰めたのだろう。


「っ!?ちっ!!」


 そしてその行動が予想外だったのだろうが、マシラは驚きながらも行動に出る。体を不自然に揺さぶり垂れ下がっている左腕がやや上に浮くと、同時に右手で棍を引き戻し、背に回った方の端で左腕の肘・・・・を叩く。


 パン!!


 叩かれた左腕は何とも不格好な形だが、しっかりとユライアの顔面に伸びていき、ジャブ程度の威力が乗っていた。


 その一撃が予想外だったのか、ユライアは防御できずに顔面で受けることになり、一瞬の怯みを見せた。


「しっ!!」


 ゴン


 そしてその隙に引き戻した棍を再び、突き出してユライアの腹部に攻撃を加えるマシラ。だがユライアも威力が乗った突きはいただけなかったのか、両手のバックラーで胴の大半を覆い、やや距離を取られながらも防御した。


「ふぅ~~まさか、片手を使えなくされてここまで手こずるとは思わなかった」


 マシラの思いもしない反撃で距離を取られてしまったユライアは丁度良いとばかりにマシラに話しかける。


「まぁな、腕が動かないなら、動かないで動き方があるし、千切れたなら、それはそれで動けるようには用意しているからな」

「……普通はそこまでの想定はしないんだがな」


 マシラの言葉にユライアは少しばかり引きながら反応する。


「そうか?こっちは腕を潰されることも、食いちぎられることも多々あるからな、そういうときの動きは想定して教えているぞ」

「……そうか」


 マシラの暮らすアルバングルは多くの魔獣が生息する地域で、そこではそういった事態が何度も起こっている故にマシラは対応できているという。


「それより、感覚からして、そろそろだろう?」

「そうだな」


『え?何の話で、え!?』


 二人の会話を聞き不思議がっていたリティシィは次の瞬間には驚きの表情を浮かべる。


『動きました!マシラ選手の左手が動きだしました!!これで勝負はまだわからなくなってきました!!』


 マシラの左腕は弱弱しいが徐々に持ちあがり、数秒後にはしっかりと動かせるようになっていた。


「はぁ、これで振り出しに戻ったな」


 ユライアはマシラの左腕が動き出したことを確認すると頭を掻きながら参った、と呟く。


「いや、振り出しじゃないぞ」

「は?」


 チャポン


『え、えぇええええ!!』


 次に起こった行動で再びリティシィの声が響き渡る。


『な、なぜ!?マシラ選手が自身の武器である棍を投げ捨てた!?』


 混乱しているのか、リティシィは自身に問いかけているような実況を行う。


「……何のつもりだ?」


 ユライアは背後に棍を投げ捨てたマシラを見ながら問いかける。


「いやな、あたしもそれなりに把握してきたからな、実践してみたかっただけだ」


 マシラはそう答えると、次は完全な徒手格闘の構えを取る。


「舐めてんのか?」

「全然、むしろ称賛しているさ」

「……なら後悔すんなよ」


 ユライアも構えを取り、マシラまであと少しという場所まで進む。


『ゴクッ』


 場の雰囲気に当てられたのか、リティシィは実況せずに静かに見続ける。


 そして共に見つめ合いながら数秒が経つと――


 トッ!!


 双方とも同じタイミングで駆けだす。


「ふっ」


 最初に動いたのはユライアだった、腕をマシラの方に伸ばすように攻撃を行う。


「よっ」


 だが、その攻撃を前腕で一瞬で受けると、すぐさまユライアの腕を払い、反対の腕で攻撃を加えようとする。


 ガン!!


 だが、マシラの攻撃はユライアはバックラーで防ぐ。


 そしてそんな一連の攻防を見せた後、マシラはすぐさま大きく後ろに飛び距離を稼ぐ。


『格闘の攻防!!これは見ていて面白い!!の、ですが…………』


 リティシィは二人の攻防に賞賛するのだが、最後には尻込みする声色になる。なにせ――


 ダラン


 ユライアの攻撃を一瞬だけ防いだマシラの右腕は力なく垂れ下がっていた。


「やっぱり無謀もいい所だろうぜ」

「……いいやそうでもない」


 ピクッ


 ユライアがマシラの状態を見て、そう告げるのだが、次の瞬間、マシラの右腕が微かに動く。


「!?」

『え!?』


 マシラの右腕が一瞬でも動いたことにユライアとリティシィ、それと観客たちは驚きの声を上げる。


「ふぅ~~なるほど、こんな感じか」


 グッ、グッ、ググ


 そして十秒ほども経つと、マシラの腕は弱弱しいが動き出していった。


「なぜ?」

「簡単なことだ。使う技が理解できれば必然的に対策も察しが付くだけだ」

「はぁ?」


 マシラは簡単な事のように言うが、ユライアは意味が呑み込めていないのか、間抜けな声を上げる。


「実際に見せたほうがいい、な!!」

「っ!?」


 今度はマシラから接近すると、軽めのジャブをユライアに放つ。


 パシッ


「っ!?」

「ふふ」


 ユライアは放たれたマシラのジャブを掌で受け止めるのだが、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべる。そしてすぐさま拳を引いたマシラは、その様子がおかしいのか笑い出す。


『え……えぇえええ!!!なんで、ユライア選手・・・・・・の右腕が!!!』


 ダラン


 攻撃を受けたユライアの右腕はまるで先ほどのマシラの左腕のように垂れ下がっていた。


「……てめぇ」

「すまんな、これ・・はあたしの十八番なんでな」


 マシラは挑発する様に腕を広げて見せびらかす。


『こ、これはマシラ選手が技を盗んでしまったのでしょうか?』


 リティシィは疑問に思いつつ正解を言い当てる。


「さて、ここまで来たのなら、これはもういらないな」


 ガチャ、ビチャ


 マシラは両手の籠手を外すと、完全に素手となる。


「ほら、こいよ。ここからは純粋な技量の勝負だろう?」

「……いいぜ」


 マシラの挑発にユライアは乗り、再び、双方とも格闘の構えを取る。


「「は!!」」


 そして始まるのが、激突と言っていいほどの殴り合いだった。


 純粋な拳の技量はマシラの方が上のため、最初はユライアの攻撃はほとんどが躱されて、防がれてすぐさま反撃が受けることになる。だが、相手の一部を行動不能にさせる技量はまだユライアの方が上回っているため、マシラが殴り、防ぎを行うのだが、その後数秒間腕や四肢が動かなくなったり動きにくくなり、その隙を逃さずにユライアは有効打を入れていく。だが、それでも気絶までは持って行けないようで四苦八苦することになる。


『殴り合い!!壮絶な殴り合いです!!泥臭い殴りあいで、あっ、ステージに掛けたわけではないですよ』


 ややうまいことを言った自覚があるのか、リティシィは観客の笑いを誘う。


 そしてその間も二人は女性、それも美女とは思えないくらいの殴り合いを見せていた。顔面を殴り、腹部を殴り、顎にアッパーを入れて、お互いがお互いを本当に倒そうとする醜い殺し合いだった。


 だが、それでも二人の技量が高いのか、その動きは一定の美しさを保っており、見る分には醜さを感じさせることは無かった。


 そして数分、下手すれば10分を超えるほど、殴り合いは続くのだが―――


「はぁ!!」

「おら!!」


 そして双方の拳がお互いに届き、片方が光の粒子になって勝敗がついたのだった。

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