第472話 カーシィムの失言

「マーモス家が状況証拠とはいえ白となった今、次に考えるのが襲撃の趣旨だ」


 マーモス家が潔白となった時点で次に考えるのはあの襲撃の意味だった。


「考えられる目的は本来は三つ、怨恨による復讐、陽動、そして優勝するための威圧、だ。だが覚えているか?お前は『大会に参加しなければ安全』と完全に断定した」

「…………」


 こちらの言葉にカーシィムは何も言わない。自身でもわかっているのだろう、これが失言だったことを。


「怨恨がないとなぜ言える?さらには陽動じゃないとなぜ言い切れる?それに加えて、もしカーシィムの言葉が真実だった場合だが、容疑者はすでに絞られているな?」


 俺はステージを見る。


「膨大な報酬を払う必要がある『黒き陽』を頼ってまでこんな騒動を起こす理由を持つ奴などは、話を聞いていき除外していくと一人・・しかいない」

「……そうか、だから最初にユライアが優勝したらどうするか問いかけたわけか」


 こちらの言いたいことが理解できたのか、カーシィムはため息を吐きながら背もたれに体を預ける。


「まだ、説明が必要か?」

「さて、どうするべきか」


 カーシィムがクヴィエラに視線を向けると、クヴィエラはカーシィムの耳元に近づき、助言を行う。


「―――」

「そうだな。バアル、話してやってもいいが、私からは・・・・まだ話せない」

「ほかにも証拠となるいくつかを突き付けてもいいが?」


 ここまで来て逃がす気はないため、さらに詰め寄る。


「カーシィム様、――」


 こちらが事情を聞くまで引く気がないと分かるとクヴィエラが再び耳打ちする。


「……そうだな」

「なんだ?」

「バアル、ロックルとの席を整えてくれることを条件に今回の襲撃のすべてを話そう」

「……いまさら条件を付けられる立場か?」

「でなければ何も話さない」


 カーシィムは先ほどの参った態度とは打って変わり、一歩も引かない力強い視線で見返してくる。


「なにより、私がこう言っている以上。全体的な絵は見えなくても、どんな形かはわかりきっているはずであろう?」

「すでにいろいろとわかっている。そのうえで俺がへそを曲げるとは思わないのか?」


 確かにカーシィムの言う通り、大体の構図は見えている。そのうえでカーシィムがどのような意図を持っているかは察せている。


「俺が意図的に協力しないように振る舞う可能性を考えれば賢い選択だとは思えないが?」

「横から失礼いたします。バアル様が何をどこまで把握しているかわかりませんが、そのうえで言わせてください。この機会・・・・を逃すおつもりですか?」


 俺が拒否よりの返答を返すと我慢できなかったのか、カーシィムの背後にいたクヴィエラが出てくる。


「機会、か」

「はい」

「くっ、ははは」


 思わずクヴィエラの言葉に思わず声が出る。


「何が機会だ、俺が必要という必須条件を満たさなければ、事態が進まないだけだろう?」

「……では、聞きますが、得られるだろう利益を捨てると?どうなるかわかっているなら、いくらでも対策が出来るはずです」


 クヴィエラの言葉にも一理ある。


「だが、それはそちらを嫌っていないことが前提だ。そちらに利益を渡したくないあまりに今回の利益を捨てるという選択肢もないわけではないぞ」

「あまり賢い選択だとは思えませんが…………では率直に聞きます、どのような条件ならこちらの思惑通りに動いてもらえますか?」


 クヴィエラの言う通り、一時の感情で得られる利益を捨てるのは愚者のする行為だ。そのうえで、俺は話を乗らないという風を装って値上げを要求し、そしてクヴィエラもそれに応える。


「さて、では問おう。俺は今、何を求めている?」

「……支払う代償を決めていないのですか」

「どうだろうか」


 俺は言い値でというが、それは言い換えればあちらが俺にどれほどの価値を見出しているかという問い。


「…………失礼ながら、様々な異論がございます」

「例えば?」

「バアル様の有無です。もし仮にお言葉通りにこちらの思惑から外れた行動をなさるなら、そのうえでこちらの行動を修正させていただくのみとなります」


 クヴィエラの言葉に俺は笑顔で視線を向ける、そして、口を開きかけるのだが――


『皆様、お待たせいたしました!!!本戦も残り二日となった本日の一回戦が始まりまっす!!』


 ステージの方からリティシィの声が響いてくる。


「……興が冷めた、ロックルとの席は用意しよう。そしてその際に、報酬の話をしようと思うが」

「わかった。場が用意出来たら再び連絡をくれ」

「ああ」


 カーシィムと軽くやり取りをし、俺は護衛を引き連れて退室していく。
















「あの、バアル様はすでに首謀者がわかっているのでしょうか?」


 貴賓席への道すがら、人気のない通路でリンが話しかけてくる。


「首謀者ではないが、それに類する奴ならな」

「教えていただくことは」

「それは……話したところで問題はないか」


 俺は足を遅めると、リンに音の遮断を命じたのちに口を開く。もちろんほかの護衛達にも漏らさないようにだ。


「まず話を戻すが、カーシィムは『大会に参加しなければ安全』と断言した。その時に俺はある情報をルナたちに求めた」

「ある情報とは?」

「これだ?」


 俺は『亜空庫』から一つの紙を取り出す。


「これは……本戦選手の情報?ですか?」


 リンはこれが何なのかを理解していない。


「言っただろう、大会に参加しなければ安全、だと。それは言い換えれば襲撃の趣旨は大会の優勝に向いているということだ」

「……ですが、前日にカーシィム王子も『黒き陽』については知っていた模様。なら怨恨でそんな大金を使うことは無いと考えるのが普通では?」


 ほぼ確実に殺せるとなればわざわざ怨恨で複数回襲撃する理由はないとリンは考えている。


「確かにな、だがその話が出た時点では襲撃はまだ一回目、それも『黒き陽』とわかっているなら、わざわざ見逃す必要はないということで怨恨の線は消せる。だが陽動の線はどうする?」

「それは……」

「ありそうなのが、選手への襲撃に合わせて、どこかの本命を殺しているという考え。ただ、問題なのが、あの時点で襲撃は一回のため、まず陽動の線は消えない」


 二回目ならば複数回行い、警戒させるということで陽動の線も消せるだろう。だが、その話を聞いたその瞬間はまだ一回目の襲撃のみしか起こっておらず、目を逸らす陽動という線は絶対に消えないはずだった。


「つまり知っていたわけだ、カーシィムは襲撃の目的を」

「それが大会を優位に進めるための妨害だと……」


 こちらの説明でリンは納得の表情を浮かべる。


「それで、話を戻すが、俺がアリアにもらった情報がそれで、知りたいのは出身地の情報だった。そして重要なのは二回目の襲撃が行われたという点、私財目録の有無でだいぶ範囲が絞れる」


 襲撃の目的が、優勝するための妨害だと分かれば後は簡単だった。なにせ容疑者はたったの16名程度、つまりはそこを重点的に調べれば十分に犯人にたどり着くだろう。


「そしてもう一つ重要なのが、カーシィムの動向だ」

「動向ですか?」

「ああ、あいつは今回のアジニア皇国が失敗すると踏んでいる。そしてその後のアジニア皇国の攻略の方法もこちらに相談してきたぐらいだ」


 つまりはそれほどまでに確率が高いと判断してるのだろう。そしてその要素を持っている奴はかなり少ない。そしてカーシィムが取れる選択は限られている。


「……ですが、ユライアがアジニア皇国への侵攻を止めてくれと願ったら?」

「そんなものが許されるはずがない。それが許されるなら、カーシィムの継承位を上げるくらいは行うだろう」


 ただの大会の景品で戦争が止まると思えるほど甘いものではない。当然犠牲者や莫大な経費を持って侵攻しているため、それを全てどぶに捨てることはしないはずだ。なによりユライアはカーシィムの側近、つまりは王子が国の利益を捨てる奴だと思われれば誰も支援しなくなるだろう。


「いえ、もしそうだとしても、カーシィム王子の戦争を止める手段が今回のことに関わっているとは思えないのですが」

「いや、ほとんどこれだろう」

「なぜ?」

「ある情報が事前に渡されていたからな」


 俺は脳裏にある情報を浮かべる。それは影の騎士団から渡されたものでそれなりに信用性があった。また、ほかにも第一王子、第三王子の目を掻い潜って、自身に責が及ばない方法で戦争を止める手段などそうそう存在していない。


「話を戻すぞ、所属している組織や親戚が莫大な資産を持ち、そのうえで、優勝することでアジニア皇国の戦争が止まりそう事をする奴はこいつしかいない」


 俺はリンの持っている名簿を指差し教える。


「っまさか」

「ほぼ確定だろう。リョウマの様に何かしらに狙われる可能性がある奴はいそうだが、それでも他国からの訪問者は数が少ない。またそいつらの身の上もある程度は調べてあり、貴族やそれに類似する地位にいた者はリョウマ以外にはいなかった。そしてネンラール出身の選手もネンラールの貴族が動いていないこと、そしてアジニア皇国の侵攻が止まる確率を考えれば、あとは自ずと見えてくる」


 なぜカーシィムが断言できたのか、カーシィムがその相手を調べていたのか、それとも繋がっているかわからないが、どちらかとすれば色々な事の理解が進む。


(しかし、本当にうまい。損するのは第一と第三王子のみで、あとは全員が得をする部分が大きいとはな)


 予想通りの事態が続いていけば、どういう結末になるのかが、予想がついた。そしてその際の損得だが、カーシィム側や俺側の損は一切発生していなく、むしろ得しかしていないことになる。


(それにすでに不穏な動きは見つけているからな、そちらからも事情が聴けるだろう)


「理解できたか?」

「……一応は」


 さすがに話しが急すぎて整理が出来てないのだろう。


 その後、話は以上とばかりに歩く速度を戻して、貴賓席へと戻っていった。

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