第471話 マーモス伯爵家の確定的な潔白

 俺は護衛であるリン、ノエル、エナ、ティタとクラリスとその護衛であるセレナ、それとレオネとロザミアを連れて、コロッセオの貴賓席に訪れるのだが。


「兄さん、どこに行くんですか?」


 俺は貴賓席に着いてすぐ、再び退室しようとする。


「少し昨晩の情報を聞き出してくるだけだ」

「ああ、第五王子の元か」


 俺の返答を聞くとイグニアは行き先を言い当てる。


「ああ、あいつならそれなりに話してくれるだろう」


 俺と会話して、少しでも好感を得られるならしてくれるだろう。それにもし情報を教えるつもりはなくても、俺の気を引くためにいくらかは話すだろうから、とっかかりくらいは聞きだすつもりだった。


「リン、ノエル、エナ、ティタ、それとヴァンも来い」

「え?俺もか?」

「ああ」

「……おう!」


 呼ばれると思っていなかったのか、ヴァンはいい声で返事をする。


「兄さん、僕も」

「いや、アルベールはここにいろ」

「……わかりました」


 アルベールは少し不貞腐れたような表情で腰を少しだけ挙げてから、再び下げる。


「バアル、もうじきテンゴの試合が始まる、それまでには戻って来いよ~」

「すまんが確約はできない。場合によってはカーシィムと一回戦は観戦するかもしれない」

「……まぁ、見ているならそれでいいか」


 マシラはテンゴの試合を見てほしいと伝えてくる。おそらくは旦那の強さを自慢したいのだろう。


(さて、最後の確認をしに行くか)


 もし予想が当たっているのなら、これですべて、とは言わなくてもほとんどの片がつくはずだった。

















「待っていたよ、バアル」


 俺がアポも取らずに押し掛けたのにもかかわらずカーシィムは歓迎してくれる。


「何を聞きたいかわかっているな?」

「さて、なんだろうね」


 用意された席に着きながらカーシィムに問いかけると、おどけながら答えられる。


「まず一つ目だが、昨夜の犯人はどうなった?」

「予想がついていないのか?」

「そういうということは、自決か」


 カーシィムはこちらの言葉に頷く。裏の世界で伝説になるほどの集団が、あっさりと情報になりそうな奴らを渡すとは思えない。何かしらの方法で口を封じる方法を用意していることだろう。


「取れた情報は?」

「ある、と言いたいが何もない。尋問官が訪れる前に心臓と頭が破裂してどうにもなかったらしい」

「憲兵隊の奴らがやったという観点は」

「無いと断言できる」


 断言できるということは完ぺきな証拠があるのだろう。


(まぁ、こちらは範疇内だ。問題はもう一つ)


 暗殺者たちからの情報があれば聞きたいというぐらいもので、本命はその次にある。


「なら、もう一つ聞こう。仮にユライアが優勝したとして、その時にカーシィムを継承位一位に、という願いは通るのか?」


 この可能性がつぶれれば、もはや決定的となる。


(個人的にはyesと答えてほしいが)


 心の中でそんなことを思いながら、カーシィムの返答を待つ。


「否だ。王座には大会の褒賞ごときで届きうるものではない。仮にできたとしても貴族連中からは白い目で見られるのが落ちで、せいぜいが功績を挙げる機会を貰うのが関の山だろう」

「なら、ユライアが優勝した場合は、なにを望む?」

「なにも、優勝したのはユライアの力だ。その褒賞は俺が受け取るべきではない」

「なら、仮にユライアがカーシィムを思って、何かを望んだ場合は」

「当然、私がもらわない」


 カーシィムの顔を見て、今までの言葉が嘘ではないことを確認する。もちろん、嘘は言っていないだけで抜け道はある可能性はあるが、そこまでは興味がなかった。


「なるほど…………理解した」

「しかし意外だ。そんなことをバアルが聞きに来るとは……私がユライアの褒賞を取りあがると思っていたのか?」


 カーシィムは心外だと言いながらやや不機嫌な顔になる。


「いや、そのことじゃない」

「というと?」

「カーシィムは今回の襲撃、何らかの形でかかわっているだろう?」


 シィン


 俺の言葉でこの場が凍り付く。


「まさかと思うが、何の確証もなしに言っているのではありませんね?」

「ああ」


 怒りの形相になったクヴィエラが責めるように問いかけてくるが、こちらには証拠があった。


「じゃあ、聞こうか、バアルが私が襲撃を行ったと思っている理由を」

「いや、直接、今回の糸を引いているわけではないだろう。どちらかと言えば他者に今回の絵を描かせたと言った方が正しいか」


 さすがのカーシィムが直接行っているとは思っていない。


「ではご教授いただけますか、私たちの主が誰かに教唆したという事実を」

「事実ではないがな」


 俺はカーシィム側が怒りを滲ませているのを見ながら肩を竦めて答える。


「時系列的に話した方がわかりやすいか?」

「お好きなように」


 クヴィエラの言葉を合図に俺は説明を行う。


「まず最初の襲撃の時点まで戻るとしよう。最初の襲撃時はタイミングか重なって、俺はマーモス家が襲撃したと思っていた」

「だが、違ったと?ですが確定的な証拠がないじゃないですか」

「いや、ここに関しては無理だ。なにせ本当にマーモス家は動いていないと判断する方が正しい」

「ですから、その証拠が」

「まずマーモス家が襲撃者だと言うとおかしい点だらけだからだ」

「…………」

「では聞くがカーシィムは本当に殺したい相手に対して何回も分けて襲撃を行うか?」

「無いな」


 そう、カーシィムが断言した通り、本当に殺したい相手がいる場合は中途半端な襲撃は相手を警戒させるだけで、何の意味もない。それこそ疲弊させるという利点もあるが、それ以上に備えられる者ならば、警戒して準備を整えさせるだけで損にしかならない、それこそ次回の襲撃に対して何倍もの強力な暗殺者を送り込まなければいけない。


「ですが、最初の襲撃をして、その後が潔白を証明するためと思えませんか?」

「いや、それもない」

「なぜ?」

「俺が釘を刺した。暗殺者の情報を渡せ、出なければマーモス家を犯人として考えると」


 当然、グロウス王国の違法奴隷を所持していたことが公表されれば、アジニア皇国に疲弊しているネンラールに侵攻する隙を与えかねない。そうなってしまえばマーモス家は勝っても負けてもお終いだ。


「そのため、マーモス家は確実に犯人を上げなければいけない。だが連中の答えは動いた暗殺者がいない、というものだった」

「それは……正直に答えて少しでも誠実そうに見せるためかもしれません」

「だろうな、だが問題はこれだ」


 俺は一つの物を取り出す。


「それは?」

「貴族たちの私財目録だ」

「「「!?」」」


 俺が『亜空庫』から取り出したものを正体を知ると、カーシィム陣営の者達が揃って驚く。


「なぜそれを」

「いろいろあって手に入れたとしか言えない。そして俺はもう一つの情報を掴んでいる」

「それは?」

「襲撃者が『黒き陽』という事」

「「「!!」」」

「「「??」」」


 俺の言葉で言いたいことが理解できた者とできない物に分かれる。当然、会話相手であるクヴィエラは理解していた。


「東側では伝説的な『黒き陽』、そして最たる特徴がほぼ確実に依頼をこなすことと莫大な報酬が必要なことだ」

「「「!!!」」」


 こちらの言葉でようやく理解できない者達も理解できた表情となる。


「襲撃者が『黒き陽』である以上、一度目でわざと手を抜く理由はない。それに加えて、調べた結果、この私財目録の情報は本物であり、そしてマーモス家からは膨大な資金などが動いた形跡がない」


 俺がルナたちに出した指令の一つが貴族たちの大きな財産の動きを調べること。そしてそれはボゴロからもらった目録と大差がなかった。


「隠し財産を使ったのでは?」

「膨大な隠し財産を国の目に入らないようにして動かすのは至難ではないのか?」

「……」


 そう、国もバカではない。まっとうな方法で稼いで、税を納めた上での清い収入なら、何も問題ないが、それが脱税などの隠し財産などなら国は容赦なく動く。なにせ臨時収入が手に入るからだ。


「これらの点から、マーモス家が確定的な白だと判断した」


 わざわざ数回に分けてヴァンを襲撃するという不合理的な暗殺、またマーモスの資産が動いた形跡がないとなれば、ほぼ間違いなく白と言えた。


「確かに、その状況下ではマーモス家は白と言えるでしょう。ですが、なぜカーシィム様を疑うことになるのですか」

「それもきちんと説明する」


 クヴィエラの言葉に下唇を舐めて話を続ける。

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