第445話 情報の差異
「足りませんか?こちらはアジニア皇国から根こそぎ買い取ることを容認し、さらにはジュウの技術をも受け渡すおつもりですが」
「買い毟る際に多額の通行税や関税を取られるのならば、こちらの利は薄いが?」
「……でしたら、こちらは減税、場合によっては無税での通行をお約束いたしましょう。もちろん、今は確約できませんが、この条件が飲まれない場合は」
「偽造自体をしなくていい、か?」
こちらの言葉にクヴィエラが頷く。
「そうだな……」
俺は目を閉じて天井を向く。
実際、これが俺でなければうまい話に聞こえるだろう。なにせ侵攻が成功すれば話は無し、侵攻が失敗しても減税や無税にならなければ話に乗らなくていい、そしてそれも通ったのであればあとはいくらでも作れる偽札でアジニア皇国の物資を毟り取るだけ、その上あちらがこれからも親交を続けたいならばおそらくは銃の技術も渡してくるだろう、また無くてもアジニア皇国の物資を毟れるということで利は存在する。
つまりはこちらの行動は全て相手の行動を見てから行動できるため、こちら辺のデメリットは少なく、またある程度市場を狂わせても、止めさえ刺さなければ引き続き、アジニア皇国から物資を毟ることが出来るようになる。
(ネンラールも自国の通貨を偽造されるわけではないから、被害はまずないと言っていい。それどころか、アジニア皇国は偽札がすり続けられることによる値上がりにより、ネンラールも安く物資を買い込めるという算段だろうな)
価値が暴落していく通貨があるのならば、普遍的だが相対的に価値が上がっていく通貨がある、どちらを求めるかというと当然後者だろう。
「……バアル様、色よい返事がもらえないわけをお教えくださいませんか?」
「まず一つ、偽札を作っていることがばれた際の追及を俺はどう躱せばいい?」
「それは、こちらが折をみて密告すると考えているのでしょうか?」
「ないと言えるか?」
煽動したのはあちらでも実行したのは俺となれば、被害拡大を阻止するために狙うのは必然的に俺となる。
「……では、ネンラールを通過する際の手筈はこちらで用意いたしましょう。そうすればこちらが密告する可能性は低くなるはずです」
「その分、手間賃を取ろうとしているのか?」
「組織を動かすのに費用が掛かるのはお分かりのはずでは?」
クヴィエラの言う通り、あちらの組織を使えば俺には届きにくくなる。だが、その反面いくらかの手間賃を取られることになるだろう。
「だが、それが確実に俺へ届かないと保証はされない」
「私たちは道中を運んだだけと言い訳が出来ると?」
「できるだろう?」
問い返すとクヴィエラは何も言えなくなる。
「では、偽造しているのがバアル様だと完全にわからないようにすれば問題ないのですか?」
「ああ」
と、クヴィエラに言うものの、やりようはいくらでもあった。
「わかりました。では侵攻が失敗に終わるまでにばれない手筈を整えておきます。そしてそちらがそれを安全だと判断してから、でどうでしょうか」
「それでいい」
こちらが把握したかったのは俺に届かないための仕組みを知る事、そしてそれが万全だと判断できる事だった。
(本来で言えば、銃の技術は要らないのだが……まぁ、それは俺が普通の貴族として求めていたということにするか)
グロウス王国の貴族である俺が、ほぼただで手に入る銃の技術を欲しがらないほうがおかしかった。
「話は以上か?」
「はい、こちらの要求はこれだけです」
言い終えることは言い終えたとばかりにクヴィエラは礼をして、再び、カーシィムの背後に戻っていった。
「ありがとう、バアル、これで王位に近づけるだろう」
「そういうのは俺への疑いが掛からない事、そして今回の侵攻が失敗に終わったときに言ってほしいのもだが」
「それもそうだな、先ほどの言葉はあとに取っておくとしよう」
カーシィムはそういい終わると、果実を一つまみする。
「しかし、本当に侵攻が失敗するのか?」
「ああ、こちらが掴んでいる流れ通りだとまず間違いなく」
カーシィムは果実を口に含みながら返答する。
「その理由は」
「話せない」
こちらの言葉にカーシィムはすぐに返答する。
「確証がないのに約束をするわけか」
「ああ、そうだ。だからこそ、こちらはバアルに後出しすることを許している。また、こちらはあといくつかの要素で確実に終わると判断している」
そう言うとカーシィムは嚥下して、再び果実を摘まむ。
「ならその件については諦めよう」
「何かほかに聞きたいことでも?」
「ああ、昨夜の襲撃についてだ」
こちらの問いかけに口に果実を入れようとしているカーシィムの動きが止まる。
「何が聞きたい?」
「あの襲撃の意図はなんだ?本当に殺しに来たのか?」
こちらの問いかけにカーシィムは果実を口に入れるのをやめて、こちらに向く。
「そういうということは、襲撃した組織を知っているのか?」
「こちらの情報だと『黒き陽』だと思っている」
そう答えると、カーシィムは笑みを浮かべる。
「はは、それ誰から聞いた?」
「マーモス伯爵家だ」
「嘘だな」
こちらの言葉にカーシィムは即座に否と答える。
「マーモス家をこき使っていることはこちらでも把握している。だがあの家でもその名にたどり着くには確証が足りなすぎるはずだ」
「……そう言うということはそっちも理解しているのか」
「ああ」
その言葉を聞き終えると、しばらく俺とカーシィムの視線がぶつかり合う。
「誰が雇ったのかを知っているのか?」
「ああ、こちらは予想の範疇だが」
「なら、その首謀者を教えてほしい」
こちらの言葉にカーシィムはしばらく考え込む。
「何のために?」
「当然、身を守るためだ」
暗殺者は脅威だが、プロともなれば金にならない殺しはしない。そのため、対処すべきは暗殺者よりもその雇い主だった。
「こちらは殿下や重要な来賓など、殺されては困る者ばかりだ。そしてそんな者たちがネンラール内で殺されるのはそちらも不本意では?」
「ふむ、そうだな……」
こちらの言葉に
「やはり教えられん」
「……こちらは来賓が危険な目にあったと言える。なのに情報を持っているのに渡さないと?」
カーシィムに不信を抱き始めると、あちらは苦笑する。
「仕方がない、こちらも目星は付けているが、その確証が見つかっていない。バアルならそんなあやふやな情報を取引に使うか?」
情報の取引を行う際はまず信用が第一条件となる。なにせ情報屋の信用が無ければいくらいいネタを仕入れたとしても、誰も買おうとは思わない。今回はそれと同じで、推察は出来ているが、確信がないため間違えている可能性も存在する、そうなれば間違っていた時は自身の信用を損なってしまうため、商品としては未完成ということだろう。
「そうか…………ほかに話は?」
「無いが……どうせ最後だ、今日の最終戦だけ見て行かないか?」
カーシィムはそういうとグラウンドを見下ろす。
「……一戦程度なら問題ない」
「助かるよ、その代わりと言っては何だが、一つだけアドバイスを上げよう」
俺は椅子に深く座り直すと、カーシィムは口を開く。
「もし、本当に安全になりたいなら、早めにこの大会から距離を置くことだな」
「…………その言葉は頭の隅に置いておくとしよう」
俺は
(
カーシィムにとっては問題が起こってほしくないためのアドバイスなのだろうが、こちらからしたら、失言にしか感じられなかった。その証拠に、カーシィムの背後にいるクヴィエラが少しだけ渋い顔をしている。
「妹が出てきたということは始まるな」
こちらの考えていることなど知らないとばかりにカーシィムはグラウンドを見下ろす。そしてその視線の先には今大会でアイドル的な人気を誇っているリティシィの姿があった。
「にしても、妹よりも、女性らしい容姿というのは大変じゃないか?」
「ふふ、そうでもないさ。私からしたら、これも立派な武器になりえるからね」
こちらの言葉にカーシィムは何てこともない様に返してくる。
『さて、皆さん、本日の最後の試合になってしまいました……しかし、だからこそ楽しんでいきましょう!!それでは“赤鬼”ヒエン・リョウマ選手と“青鎧”アシラ選手の入場です!!』
ワァァアアアアアアア
リティシィの声で歓声が上がると、グラウンドに二人が現れた。
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