第444話 早すぎる歩みは歪む

(嘘、ではないな)


 カーシィムの表情から嘘ではないことを確かめる。


「なら、今回の侵攻にカーシィムも乗ればいいのでは?」

「バアル、わかっていながらの言葉は少し感心しないな」


 こちらの言葉にカーシィムは強い視線をこちらに向ける。


「私は王になるべく動いている。もちろん国の利益も考えるが、今回の侵攻は勝者は兄達となってしまう。それを私は受け入れられない」


 カーシィムの視線を見ていると、どこかで感じたことがある既視感を味わった。


(ああ、陛下に似ているのか)


 しっかりと芯を持ち、覇気とも呼べるものを視線から感じている。それは奇しくもグロウス王国国王やクメニギスの国王のそれと似ていた。


「だが、同時に国が負けることも良しとしない。あくまで兄上の主体の侵攻は乗らないだけだ」


 カーシィムは言葉を出し終えると、テーブルにある木の実を取り口に含む。


「それで、取り込むとはどうやる?それに訳も話さず俺が協力すると思うか?」

「……予想通り、話さねばならんか」


 カーシィムは背後にいるクヴィエラに視線を向ける。


「そこからは私がご説明いたします」

「……カーシィム自身がしないのか?」


 クヴィエラが俺達の前に立ったことに疑問を覚えて、カーシィムに問いかける。


「なに、クヴィエラは私の頭脳と言える。彼女の考えていることが私の考えていることだと思ってもらっていい」

「……そちらが、問題ないというなら何も言わん。続けろ」

「かしこまりました」


 こちらの言葉にクヴィエラは頭を下げる。


「では、まず初めに昨夜の件でアジニア皇国への侵攻が消え去る可能性が高くなりました。それと申し訳ないのですが、こちらに関してはバアル様にはご説明できません」

「言わなければ協力しないとは思わなかったか?」

「もちろん、その可能性も考慮しております。ですが、これからの話を聞けば、問題ないと判断いたしました。また、その事態に関しましては今は話せないだけでしかるべき時になればすべてご説明できます」

「その、しかるべき時とやらに俺が死んでなければ問題ないがな」


 カーシィム達はこちらが把握していない何かを握っていることは理解できた。もちろん、こちらに情報を明かさないことに不満を持つのだが、その分カーシィムが何かを握っていることと、そしてその上で聞くだけ聞くことが出来ることで相殺する。


「で、アジニアを取り込むとはどうやるつもりだ?」

「それは、これです」


 クヴィエラに問いかけると、彼女は一つの紙切れを手にする。


紙幣・・か?」

「はい、三年前にアジニア皇国は以前の硬貨から紙幣へと貨幣を変えました」


 ムジョンからそれなりの情報を得てはいたが、実物を見るのは初めてだった。


(しかし、紙幣・・、か)


 どうやら、アジニア皇国の皇帝は様々なことをやっているらしい。だが、いくつか、速足で進み過ぎ・・・・・・・ている部分もあるようだ。


「なるほど、偽札造りか」

「はい。確かに紙幣に変えたことにより、国元が様々なことに使えるメリットがあるでしょう。ですが、同時に少々早計過ぎた行動です」


 クヴィエラもそのことについて、理解しているらしい。


「それにしても、まさか、堂々と他国の貴族である俺に告げるとはな」

「なに、あちらも偽造されないように工夫している。それこそ、異様なほど細かい絵柄を付けたりしてるな。だが」

「はい、ろくな対策が出来ていない紙幣など、偽造の格好の的でしかありません」


 紙幣に価値がある理由、それを答えられる者ならまず信用と口にするだろう。ではその信用はどこから生まれているというのか、国が一手に硬貨を集めて、それを元に紙幣を作っているのだろうか。いや、そうではない、紙という本来は安価な媒体に異様な信用という部分を付け加えて価値を水増ししているに過ぎない。その結果、本来あるはず以上の価値を持っていると誤認させられている。


(これがエルフの国の様に偽造が困難な物であれば、問題ないのだろうが、こんな技術が未発達な場所で紙幣を作り出すとは)


 まず貨幣とは、交換における共通認識を持つ価値を持つ物となる。言い換えるならば特殊な借用証書ともいえるだろう。それをお互いがお互いに認識しつつ、当たり前のように使っていく。


 だが、問題なのがその複製がいとも簡単にできてしまった時だ。それは言ってしまえば、ほんの少しの手間で簡単に価値がない物を金と同等にまで増やしてしまう錬金術ともいえる。


 だからこそ、前世では様々な機関が銀行の口座を把握して不審な金の流れを追っている。だが、今のこの世界に不審な金が流れ込んだ時に発見がまずできない。なにせ金の偽札が出来た時、作り出した金額のすべてを把握する術がないからだ。


(いつの間にか流れ込んだ貨幣に寄り、アジニア皇国の紙幣の価値は下がっていく。それもこちらが打ち出の小槌を持ってるなら、生み出せば生み出した分だけ、資本を握ることが出来る)


 相手に紙幣の偽造技術がわかったタイミングで、それはもう市場を掌握されたも同じとなる。となればいくらでも物や人を買い続けられてしまう。


「貨幣、それも貴重な金や銀を使っている硬貨であれば、一切ないとは言いませんが、それでも偽造自体があまり得をしないことになります。ですが紙幣なら」

「もし、同じか、それ以上の貨幣を作り出されてしまえば、笑えないな」


 もし金や銀を使った硬貨ならば、まず贋金を作る時点で多くの私財を使って貴金属の材料を手に入れなければならない。この時点で贋金を作る人物は少ないだろう。もちろん似たような鉱石で代用する、貴金属で表面を薄くコーティングなどもできるが、重さや材質が違う時点でそれなりに知識を得た商人を騙せる代物は作りづらい。


 だが、安価な材料で材料費以上の価値がある紙幣は、管理ができないのならば異様なほど危険な代物だった。


(ああ、それで話を持ってきたのか)


 ここまで話をしていると、ようやくあちらの考えが見えてきた。


「どうでしょうか?」

「……俺が、お前たちの私腹を肥やすのを手伝えと?」


 俺は違うと分かっていながらも、確かめるために問い返す。


「いえ。さすがにこちらに偽造するための技術を流すおつもりなら、ご自身で使われた方がはるかに画期的でしょう」

「では、何を望んでいるか、言葉にしてもらっても?」


 わかっていながら問いかけると、クヴィエラは少々問い詰めた雰囲気になる。


「わかりました。我々の願いは一つ、しかるべき時・・・・・・にバアル様が自ら偽造を行いアジニア皇国の市場を壊してください」


 クヴィエラの言葉に思わず苦笑してしまう。


「なるほど、なるほどなるほど。つまりは、今回の侵攻が失敗した後、カーシィムがアジニア皇国を呑併するための補助として動けと言うことだな」

「端的に言うならば」


 今回の話を持ってきた理由はおそらくは侵攻が失敗する見込みが増えたこと。そして将来のための布石として俺に協力を求めているということだろう。そしてあわよくばアジニア皇国を混乱に陥れることが出来たなら力尽くでも懐柔策でもアジニア皇国を飲むことはできるだろう。


(防衛するにも市場が乱れていれば物資の供給や傭兵の集まりもまず悪いだろうからな)


 防衛費を集めるために民を苦しめれば、それだけ皇帝は民に憎まれる。どこをどうとってもカーシィムに得しかなかった。


「なるほど、断ると言ったら?」

「致し方ありません、その時は異なる策を持ってアジニア皇国を呑み込むまでです」


 最善策は偽札によるアジニア皇国への攻撃だが、ほかにも策を練っているのだろう。


「だが、それは暗に、ネンラールが銃の技術を奪うことを容認しろと言っているように聞こえるが」

「そうですね。バアル様のお立場ならば、そのように感じるでしょう。なのでジュウの技術をそちらにも公開するということを条件に呑んでもらえませんか?」

「…………」


 クヴィエラの言葉に考え込む。

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