第382話 もっとも傍に居るという意味

 リンの言葉が脳に染み渡ると、複雑な感情が表に出てくる。


(……言わせるべきではなかった)


 こちらから言うべきだったとか、そういう話・・・・・ではない。


「リン、一つだけ確かめたいことがある」

「……なんでしょうか?」

「一度、一度だけ俺に【浄化】放て」


 リンを悲しませると言えども確かめなければいけない事だった。実際、リンは悲しい顔をして【浄化】を使ってくれる。


 その結果だが――


(……変わらない、か)


 一度だけ目を瞑り天を仰ぐと、腹を括る。


「まず第一前提として、俺は貴族であり、リンは平民、そしてそれ以上に護衛と主人という関係だ」

「……わかっています」


 こちらの言葉を聞くと、リンは身を引き始める。だが、その腕をつかみ留める。


「俺はゼブルス家の嫡男の義務を放棄することは無い。つまりは貴族であり続ける」

「……はい」

「その過程で、護衛を見殺しにすることもあるだろう」

「承知しています」


 リンは虚しそうな表情をしながら声に出す。


「リンとクラリスを天秤にかける際は当然クラリスに傾く。ほかにもアルベールとリンを天秤にかけてもアルベールに傾く」

「…………」

「だが、それでもいいなら……リン、お前を受け入れよう」

「……え?」


 こちらの言葉が意外だったのか、リンの目は白黒となる。


(……リンが告白してしまった。ならば変化は避けられない)


 告白という物は相手と寄り添いたいという意図の現れ、言ってしまえば関係改変の兆候だ。だがそれが良い方に傾くばかりではない。お互いが行為を持ってればいいのだが、もし片方がのみの場合は、気まずくなりやすい。


 仮に高校や大学で、好きな人に告白した後、告白する前と同じ状態でいられるだろうか。告白を受け入れれば何も問題はない。だが拒絶した場合、友達のままでいられるのか?何もない風を装うことはできても、知らなかった状態には戻れない。


 もし、ここで俺がリンの好意を拒絶すれば、元の様な関係のままでいられるだろうか。できなくはないが、正直なところかなリンは俺の傍に居づらくなるだろう。そうなれば最悪、リンという手駒が離れて行ってしまうことになる。


(本当ならそのままの状態でいたかったのだが…………受け入れるしかない)


 俺は受け入れた後の実情を説明し、それでもいいなら受け入れる。言っては何だが、リンと共に家を捨ててまで生きるつもりはないので、それなりの妥協は飲んでもらうことになるが、それさえ受け入れられればこちらは何も文句はない。


(まぁ、クラリスになんて言われるかわからないが、そこは多少の泥を被れば問題ないだろう)


 不安になっているリンの瞳を見詰めて口を開く。


「俺は貴族であることを優先する、その過程でリンを見捨てることもあるかもしれない…………それでもいいなら頷け」

「はい」


 リンは迷いなく頷く。それを確認すると俺はリンの頬に手を添え――――――














 リンを受け入れたのには理由がある、とは言うが、実際は仕方ない部分が大きかった。


 まず一つ、リンとの関係悪化を防ぐため。今のところリンは一番信用できる戦力だった。そんな人物が拒絶され、離れることを嫌ったからに他ならない。


 次に、と言っても一つ目の延長になるが、リンに楔を打ち込むこと。言ってしまえばリンが俺が傍に居るのは待遇よりも、忠誠心、もしくは情の部分が大きい。実際ユリアからは引き抜きを掛けられている。もちろん全部断っているが、俺の傍に居ずらくなればその話が乗る可能性もなくはない。


 そして三つ目、別に問題がないから。実際は俺が公爵家の嫡男であるため、数名の女性と結婚する場合も当たり前に存在する。もちろんそれはクラリスの心情抜きでのことだが、おかしいことではない。実際、リンにはクラリスやほかに優先することがあると言ったうえでの承諾を得ている。


 最後の四つ目だが、リンへの保身だ。リンは様々なことを知りすぎている、当然離れるとなると、こちらも適切に対処・・・・・しなければいけなかった。









「で?リンと朝帰りをしたと?」

「その通りだ」


 翌朝、宴会場からホテルに帰ってくると、自室にてレオネとクラリスに尋問されていた。その際に経緯を話すが二人の目は剣呑としていた。


「ずるい~~~~って言いたいけど、やっぱりね~~」

「そうね。もしこれが名前も知らない娼婦だったら、タコ殴りにしていたけど、リンならば妥協できるわ」

(……ずいぶんとあっさりとしているな)


 二人は剣呑とした目つきは消えないが、言葉では了承してくれる。


「もし、言い訳するのなら、バアルを許さないつもりだったけど」

「元々するつもりはない」


 現在、リンの手首にはユニコーンリングは存在しない。効果がわかる者ならば、文字通り一目瞭然だろう。


(まぁ、言い訳する前にレオネに言い当てられたのは少し冷ッとさせられたが)


 ホテルに帰ってくると、説明しようとクラリスとレオネに声を掛けたのだが、その際にレオネが


『?!あーー!!バアルからリンの匂いがする!!』


 と言い放ったのだ。


 説明する前に言い当てられ、クラリスにごまかすつもりだったのかと邪推された時にはいろいろと焦った。


「あと、バアル、私とリンをないがしろにしたら、本当にぶちのめすわよ」


 思わずクラリスの顔を注視する。なにせクラリスはリンを認める発言をしたのだから。


「え!?私は~~?」

「それは追々考えるわ」


 レオネは半ば本気の様な冗談を言うが、クラリスはひらひらと手を振り、そういう。


(本当にいいのか?)

「……バアルが何を考えているか想像つくわ。そのうえで言わせてもらうけど、バアルには私のほかに同じ人族ヒューマンの女性がいるべきだとは前々から思っていたわ」

「以前、アルムに聞いた話か?」


 アルムにはエルフは一夫一妻制だと聞いている。そのため――


「そうよ。この際だから言うわ。政治的な判断での相手、もしくは私が認めた相手なら結婚を認めてあげるわ」

「……本気か?」


 クラリスの根本的な価値観では一夫一妻制となる、つまり今回の行動は完全に浮気となるはだった。当然、咎められるのは俺となるだろう。


「けど、それには条件がある」


 クラリスはこれだけは譲れないと眼前で指を立てる。


「まず一つ、政治的な理由で結婚する場合、私の同意も必要とすること。二つ目、バアルは私が容認した相手以外と致した場合、即刻私との婚約を破棄すること、もちろんそれ相応の賠償は覚悟して。そして三つ目に結婚した相手を蔑ろにする行為は禁止。最後だけど――」


 クラリスは最後の条件を言おうとするが、何度も口を開けては閉ざす。


「最後の条件は?」

「そ、それは……結婚した相手全員を幸せにすること。これを約束しなさい」


 クラリスはそっぽを向きながら、そういう。


「……了解した。その五つ・・の条件を飲もう」

「………………そう」


 クラリスはそっぽを向いたまま、そういう。


「ふっふ~~うれしそ~~」

「レオネ!!」

「にやっは~~」


 そっぽを向いた先にいるレオネが何ともいやらしい笑顔でクラリスを挑発する。そしてそのにやけ顔を止めさせるためにクラリスはレオネに飛び掛かる。


「“私を一番先に構いなさい”ですか?」

「“私を放っておいたら承知しない”じゃないのか?もしくは“正妻なのを忘れたら覚えておきなさい”か?」

「……“私を一番愛しなさい”じゃないでしょうか」


 俺とリンは苦笑しながらそういう。


「なぜ、そう思う?」

「私は女性なので、心当たりがあると言うだけです。バアル様こそ、よくお分かりになられましたね」

「俺の場合は消去法だ」


 リンは女性という観点から推測したという。そして俺はクラリスが俺と繋がる理由、つまりはグロウス王国とノストニアの関係強化から推測した。実際、クラリスが出した条件、もっと言えば口に出した条件だが、それらは許可する段階でしかなかった。


(俺がクラリスの立場なら婚姻関係で一番のポジションを要求する。その言葉がないなら、それしか考えられないだろう)


 一つ目は政治的な理由の有無、二つ目は俺が違反した際の罰則、三つ目が交友を許した際の最低限の保証、となれば最後に自身の立場上の条件を持ってきても何らおかしくなかった。


「……気付いてあげてください」

「薄々気づいてはいる。だが、公爵家ともなると愛情には打算を付けるのが普通だ」


 実際、リンの相手をしたのも、多少泥をかぶりクラリスの反感を買ってでも、リンという存在を傍に置いておくという利点が大きかったからだ。もちろん、そのことについては今後伝える予定も、つもりもないが。


 その後、ひとまずレオネとクラリスが落ち着くまで待つことになった。

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