第383話 双子の謎

「そうだ!リンのしていた腕輪ってどうなったの~?」

「待ちなさい!」


 いつの間にか背後に回り込んだレオネが俺をクラリスの盾にし始める。


「落ち着け、それとクラリス」

「……なに?」

「これを渡しておく」


『亜空庫』から一つの腕輪を取り出す。


「?私に??」


 クラリスは差し出されたそれの正体が判明すると、疑問表情を浮かべる。


「効果は知っているだろう?すでにリンは使えなくなっている」

「だとしても、ノエルかエナ、セレナにでも渡しておけばいいんじゃない?」

「あいつらに渡しても、意味が薄い」

薄い・・??余計にわからなくなった。ロザミアはともかく、バアルの傍に居るノエルやエナなら十分使い道があるでしょう?」


 クラリスは同じ部屋の中にいる、ティタの横にいるエナ、俺の後ろにいるノエル、クラリスの背後にいるセレナの順番に視線を回す。


「エナは、もっと言えばティタがエナと共にいるため解毒は間に合っている。そしてセレナはクラリスの護衛。だが護衛させる本人が使えるなら、護衛に持たせる意味が無い」

「じゃあ、ノエルは?ノエルなら、バアルの傍に居ることが多いでしょ?」


 クラリスの言う通り、ノエルはリンに次いで傍に置いている人物だ。普通なら、そうするのだが。


「ノエル、これを嵌めてみろ」

「え?あ、はい」


 クラリスに差し出していたユニコーンリングを後ろにいるノエルに渡す。


 急に話を振られたノエルはリングを受け取ると、腕にはめ始めるのだが。


「え?」

「え!?経験あるの!?」


 ノエルが呆けた声を出すのと同時に、セレナがひどくびっくりした表情で声を上げる。


(やはり、そうなるか)


 ノエルにはまったリングは、白色から黒色に変色していき、馬の角が二本に変わっていた。これはユニコーンリングが使えない状態を示している。


「バアル、ノエルが処女じゃないって知っていたの?」

「それは――」

「ちょっと待ってください!!身の覚えがありません!!!」


 クラリスの疑問を聞いて答えようとすると同時に、何時も大人しいノエルが、大声を上げる。


「バアル様、何かご存じなのですか?」

「推測の域を出ないがな」

「教えてください!!」


 ノエルは俺が理由を知っていると考えて、近寄ってくる。


「ちゃんと説明してやる。ほかにも理由を聞きたがっている奴もいるからな」


 クラリスも気になるという視線を送ってきていた。


「まず、説明の前にだが…………ノエル、本当に身に覚えがないか?どこかで間違えて酒を飲んだり、何かしらの理由で長く眠りこけていたとか」

「ありません。やり方は言いたくありませんが、今、膜があることを確認しました」


 どうやったかはノエル自身も言いたくないし、俺も聞きたい話ではないとして流す。


 そしてそのうえで話を進める。


「まず、ノエルが使えない理由だが、結論を先に言うと、ノエルを女性だと認識していない可能性がある」

「「「「……はぁ?」」」」


 全員が何を言っているんだという表情をしてこちらを見る。


「ですが、バアル様、以前お風呂でノエルを見ましたが、あれはどう見ても女性でした」

「リンの言葉通りなら、身体的な特徴女性となっているのだろうな」

「???」


 リンは全く理由がわからないためか、目を白黒とさせる。


「バアル、詳しく話して~~」

「まず、俺はノエルとカルスのユニークスキルに違和感を感じていた。双子だからと言って同じユニークスキルを持つだろうか?」

「前例がないわけではないわよ」


 道筋を立てて、説明しているとクラリスが話を遮る。


「もちろんあるだろう。そう言い切れる理由だが、ユニークスキルが取得できる条件として受精卵に崩壊しなかった魂が入り込むことで発現する。つまりは一卵性双生児・・・・・・なら同じユニークスキルを所有していても何もおかしくない」

「へぇ~~…………んん~~???」


 セレナは俺の言葉を聞くと、最初は納得した声を出すが、何かに気付いたのか、大きな疑問の声が後を追けた。


(セレナは気づいたか、大きな矛盾に)


 前世の知識を持っていればわかるだろう、大きな矛盾点。それがあるからこそ、俺は使えないと思っていた。


「一言で言えば同じ受精卵の双子の場合、普通は同じ性別の子供が生まれる。だが、ノエルとカルスは違う性別をしている」

「だから、だと?」

「ああ」


 受精卵の遺伝子にはXX女性XY男性と性別を決めるX染色体とY染色体が存在する。通常は一つの受精卵から双子が生まれる場合、これらの遺伝子がそのままなので、性別は変わらない。だが受精卵が何かしらの不具合を起こすと、一卵性の双子になる最中に性別が変わってしまうことがある。


(ノエルが正常な可能性もあったが、どうやらそうではなさそうだな)


 異性一卵性双生児は元の受精卵がXY、XXY、XXの三種のタイプが存在する。


 一番確率が大きいとされているXY型。これは双子になる際に、片方の染色体が異常をきたしYがOとなり、XY男性XO女性となるパターン。


 次にXXYの受精卵の場合、これはXX女性XY男性と別れるパターン。


 次に染色体はXXで、XX女性XX女性なのだが、ほかの染色体が混在することによって、片方がXX女性なのにもかかわらず身体的特徴が男性となるケースも存在していた。


「ユニコーンリングが何を基準に処女だと判断しているかは知らないが、使えないならクラリスに渡すべきだろう」


 ユニコーンリングを回収すると、クラリスに手渡す。


「……もしノエルが使えたら?」

「使えても、俺はクラリスに使うつもりだ。俺の傍にはティタがいるが、お前の傍には解毒できる存在がいないからな。それに何度も言うが、ネンラールはいろいろと規制が緩い」


 二日前に行った市場で違法薬物を買おうと思えばいくらでも変える下地が存在している。


「どこで何を盛られるかわからないからな」

「私を殺そうとするネンラールの人っているのかしら?」

「……目的が殺害だけとは限らないからな」


 そういうと言いたいことが理解できたのか、クラリスは納得した表情をする。


「それとノエル」

「……なんでしょうか?」

「お前の身は綺麗だから安心しろ。あくまでユニコーンリングと適合しなかっただけだ」


 そういうとノエルの険が少しだけはがれる。


(……そういったケースは何らかの先天性の疾患を持っている場合が多い、とは言わないでおくべきだな)

「でも、それだとおかしいじゃない。なんでノエルがユニコーンリングを使えないことを見抜いていたのよ。貴方の話だと二番目と三番目は普通に女性なのよね?なら使えると判断するのが普通じゃない?」

「いや、使えないことは九割がた予想がついていた」

「どうして?」

「まず、ノエルの姿だが――」


 全員がノエルに視線を向ける。


 深みが強く、銀というよりも鉛のような色合いの髪に夜空と青空の中間のような青い瞳、そしてカルスと瓜二つで、女性からしたら男性よりの麗人とも呼べる顔の造形。ここだけならおそらくは普通の子供という風に見られてもおかしくないだろう。実際、ここまでならば、俺も断言はしない。


「ノエル、カルス、横に並んでみろ」

「「??」」


 不思議がりながら二人は横に並ぶ。髪型と服装は違うが、そのほかは似通っている二人なのだが、決定的な部分が違う。


「セレナ、不思議な部分に思い当たらないか?」

「え?…………そんなところありますか?ほとんど同じですし、ただ身長・・が違うだけで…………あれ!?」


 セレナは口に出しながら疑問点に気付く。


「何に気付いた?」

「えっと、同じ遺伝子情報を持っているのにここまで身長が違うのはなおかしくないですか?」


 現在ノエルとカルスの身長差は頭二つ分ほどになる。身長の差異は成長ホルモンの量によって異なるのが普通だ。その量の要因は主に環境なのだが、ノエルとカルスは俺が拾うまで、そして拾った後も十分な栄養を取り、就寝もしっかりと取らせている。つまりは環境はほぼ同じ状態だと言える。また遺伝子疾患系の病気は二人ともが掛かっていない時点でまず除外できる。そのことを考えれば、ノエルの低身長は元からという結論になる。


「ここで話を戻すが、本来一つである者が二つへとなる。ならその二つは同一の者という答えになるのだが……二人には違う部分がある」


 全員が二人に視線を集める。


「そして同じ条件で育って差異が生まれたのなら、そこには何かしらの異常があるということになる。で、普通に考えたら、年相応の身長しているカルスと年相応の身長を持っていないノエル、どちらが異常かを考えれば、当然後者となる」


 先ほどの三つの型でも男性側が正常で女性側が異常となれば、当てはまるのはXY男性XO女性となるパターンだけ。つまりは元が男性だったのだが女性に変異したパターンとなる。


「そう……だから元が男性だと考えていたわけね」


 実際ノエルのような女性には、異常なほど成長が遅かったりするターナー症候群などを持つことが多いとされている。その症状とノエルの現状を考えればそうおかしい話でもなかった。


 そのほかにも機能不全や本来の役目を十分に果たせない器官なども存在していることが多い。そのノエルの不安定さも考慮に入れた判断だとは、言わなかった。


 コンコンコン


 クラリスが納得している最中、扉がノックされる。


「バアル様、ネンラール第五王子からの使者が来られました」


 扉越しに男性の声が掛けられる。


「どこにいる?」

「ラウンジにいらっしゃいます」

「わかった、そちらに向かうと伝えろ」

「は!」


 こちらの言葉を聞くと、扉越しに足音が聞こえる。


「さて、話はこれで終わりだが、何か言いたいことはあるか?」

「なに、リンとの逢瀬にでも行くつもり?」

「クラリス!?」


 クラリスは面白おかしく苦笑しながらそういうと、リンが気恥ずかしくなり声を上げる。


「さて、そんな気楽な話ならいいがな。それとクラリスには強制しないが、レオネは今日はこのホテルに居てくれ」

「ほかのみんなは?」

「リン、エナ、ティタは付いて来い。セレナは引き続きクラリスの護衛、ノエルはレオネをこのホテルから出さない様に頼む」

「「「はい」」」「おう」「え~~~」


 全員の役割を振ると、それぞれから声が上がる。一人だけ不満たらたらな奴がいるが、連れていけば邪魔になるとなぜか確信できているため、置いていく。


 その後、服を着替え、護衛騎士たちに、残った者たちの周囲に着くように指示しをだし、カーシィムの使者と合流する。

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