第364話 不意の強者

「それで、俺への要望はあるか?」


ホテルに入ってから数刻経つが、人数が人数なだけあり荷物の運び込みはいまだに終わっていない。そんな中、ホテルのラウンジで俺は対面にいるユリアに問いかける。


「特には、神前武闘大会のすべての試合の観戦、そして私が居ない時、イグニア様とジェシカのみの行動に同伴しないという事であれば、こちらから言うことはありません」


今回ネンラールに来たのはユリアからの依頼によるものだ。それを逸脱しての行動はするつもりはなかった。


「三日後の開催式まで、私はイグニア様と共に各所に挨拶に行くつもりです。それまでは私たちからは何かを要望するということは無いでしょう。それまではご自由にお過ごしくださいませ」


ネンラールにも支援者がいるイグニアは開会式の前でもそれなりのスケジュールが組まれているらしい。


「それと、ほかの方々は?」


ユリアの視線は俺の背後に向けられる。


「今は護衛のリンとノエルのみだ。ほかの奴らは部屋でおとなしくしているか、ホテル内を探検でもしているだろうな」


クラリスや獣人達には許可を出すまでこのホテルから出ないように言付けてある。


(クラリスはおとなしくしているだろうが――)

「獣人の方々はおとなしくしているのでしょうか?」


ユリアはこちらの不安を言い当てたような言葉を出す。


「一応は、ホテルを出たら大会への出場を取りやめると言いつけてあるから大丈夫だと思うが」

「それならば安心ですね」


とはユリアも言うものの、実際好奇心に駆られて出ていきそうな奴が一人いるため心配だった。


「では、そのように、もし何かしらの要請があれば私から連絡いたしますので。あと大会に出場させるのなら、予選から参加させるのかコネを使うのかを考えておいてください」

「了解」


ユリアはテーブルの上に置いてある紅茶を飲み干してから立ち上がり、離れていく。


「この後はどうなさいますか?」

「まぁ、程よく出かけて息抜きさせるべきだろうな。いや、しなければ、奴が―――」


ザザザザザッ


「バアル!!暇!!!!」


ホテルの庭の方角から走ってくる音がすると同時にこちらに飛び掛かってくる影が見える。それを立ち上がり、ソファに入れ替わるようにして避ける。


ボフッ


「バアル、せっかく来たんだからどこか連れてって~~」


レオネの言葉を聞くと同時にため息を吐きたくなった。















ひとまずは場所を変えて、30人は滞在できそうなほど大きな自室に連れてきた全員を集める。


「それで、バアル、これは出歩いていいって意味でいいか?」


全員を代弁する様にマシラが俺に訊ねてくる。


「大まかに違いはないが、とりあえず今後の説明をしておく」


それから、日程について一通り説明する。


「じゃあ、三日後までは基本的には自由に動いていいんだな?」

「大まかにそれであっているが、必ず護衛を一人に着き五人付ける。そして夜になったら絶対に宿に戻ってこい」

「俺らが戻らなかったら?」

「いい質問だな、アシラ。そうなれば大規模な捜索隊を出すことになる。だから絶対に戻って来い、いいな?」

「お、おう」


俺の圧の込めた言葉にアシラは渋々頷く。


「そして、クラリス、レオネ、マシラには忠告しておくが、絶対に一人になるな」

「……何とも嫌な忠告に感じるが?」


俺の忠告に全員がいやそうな顔をする。


「奴隷の問題か?」

「それある」

「も?」


問いかけたテンゴ含めて全員が疑問を浮かべる。


「一言で言えばネンラールはいろいろと規制が緩い」

「「「「「「「???」」」」」」」


ネンラールの知識が薄い奴らは全員が疑問を示す。


だがこればっかりは実際に見たほうが早かった。














それから全員でホテルから移動して、観光用に開かれている大規模な市場に訪れるのだが。


「なんか、いろいろ売っているね~」

「神前武闘大会が近いからな、いつも以上に繁盛しているはずだね」


レオネが市場を一望できる高台から、端から端までびっしりと詰まっている露店を指差す。そしてロザミアはそんなレオネの様子を見て微笑みながら答えていた。


「バアル様、普通の市場の様に思えるのですが……」


ノエルは市場を一望するが、何か違和感があるとは思えないらしい。


「セレナはどう思う?」

「はえっ、えっと、まぁ、その、いろいろとあるんじゃないですかぁ~……いろいろと」


セレナは顔を赤らめながら、そっぽを向きながらそういう。


また幾人かはセレナの表情を見て、何となく察した様子となる。


(……もしやと思ったが、ゲームでもネンラールのこういう面は出ているのか)


ゲームならば、軽い表現をされているだろうと予想していたのだが、どうやらそうだったらしい。


「バアル、行くわよ」


クラリスの声で前を向くと、護衛を連れてそれぞれが市場に入っていく姿が見えた。


(これでここがどういう国かわかればいいが)


その後、全員の後ろをついていくように移動し始めた。












市場は観光客用に用意されている場所で円形で造られている。当然それほどの大きさゆえに多種多様な露店が並んでいた。


それも露店には多種多様なものが売っており、それぞれの興味がそそられるのも必然であった。


「ねぇねぇ、これは何~~」

「おぅ、嬢ちゃん、これはツランゴっていうトカゲの丸焼きだ。漢方に使われることもあって滋養強壮にもいいぞ」

「へぇ~、じゃあこっちのカエルみたいのは?」

「これはケルンパというカエルでな、少々苦いが、癖のある味が特徴だ。はまったら病みつきって連中が多いな」


レオネが覘いているのは、トカゲやカエルなど爬虫類や両生類らしき生物を姿焼きにしている屋台。


「虫なんかが売ってんだな」

「食うのか?」

「ご夫妻、これは光蟲って言ってな、夜になるとうっすらと輝く特性を利用して、灯りの代わりにするもんさ」

「ほぅ、面白そうだな」

「あ~~旦那、残念ながら、こいつらは肉食でな。扱いには少し注意しなきゃいけねぇ代物なんです。蟲の扱いがド素人ならやめといたほうがいいと思いやすぜ」

「そうか、ほかには何がある?」

「へい、こいつは―――」


テンゴとマシラは虫が入れられてある虫篭が多く吊るされている露店に顔を出している。


「っっっ~~しょっぱい!!」

「ははは、お嬢ちゃん、それはエンルカって実だよ」

「これが売り物?!」

「はっはっはっ、これはねぇ、直接食べるとしょっぱすぎて食べられたもんじゃないんだよ。夏の暑い日とか、塩気が欲しい時にほんの少しだけ削り取って水に浸すのさ、そうすればいい感じに少しだけしょっぱくて、果実の甘みがある飲みやすい水になるのさ」

「へぇ~食べ物というよりも調味料って感じね」


クラリスとセレナは緑色一色の果実しか売っていない露店で何かを口にして顔をしかめていた。


「ほぅ、人族の武器ってのは様々だな」

「といってもオレたちに合うかと言われれば微妙だろうがな」

「……俺達は姿が変わるからな」


アシラ、エナ、ティタは大量の武具が飾ってある露店に興味を示す。ただ本人たちは買うつもりなどなく、冷やかししているだけ。店主もそれを理解しているのか、三人のことは注視していても売り込むことはしていなかった。


「カルス、この剣はどう思う?」

「どうと言われても……カッコいのはわかるが、使い勝手悪くないか?」

「いえいえ、これはクファンジャルという武器でして、こういった形にもしっかりと意味があるんですよ」

「へぇ、どんな?」

「これの使い道は主に―――」


またアルベールとカルスは剣だけを取り揃えている露店で楽しそうにしている。


(……楽しそうで何よりだ)


カルスがこんな気安く受け答えするのはさすがに身内の時だけ、それ以外の時はしっかりと専属執事としての体裁を保っていた。


「ねぇ、バアル、気付いている・・・・・・?」

「ああ」


周囲が和気藹々としている中、俺とロザミアは緊張した面持ちをしていた。


「っっっっ!?」

ザッ!!!

「エナさん!?」


気配があと少しまで近づくとエナが怖い顔をして俺の前に飛び出してくる。それも一番戦いやすい形にまで『獣化』した状態でだ。


「エナ、強いか?」

「あっちが殺そうと思えば全員殺せる」


牙を剥きだしにしながら答える。そしてようやく事態を把握したのか、リンも腰にある刀に手を掛け、ノエルも隠し持っている、短剣を手にして糸を準備する。そしてようやくほかの護衛達も気付き、それぞれ臨戦態勢に入る。


そして重苦しい空気が続く中、相手の範囲内に入ったのか、気配が周辺のどこからも感じられるようになる。


「あら、あらあら」


現れたのは明らかにこの場に合わない豪華な赤いドレスを着て、真っ黒な日傘を持った少女だった。


(……子供?)


容姿は俺やクラリスたちとほぼ同年齢であり、明らかに大人になりかけている少女だった。


(明らかに強く見えなさそうなのが、逆に恐ろしいな)


姿だけを見れば一見無害な存在に見えるだろう。だがその光景とは裏腹に、首筋に何度も弱い電流が走っているような錯覚を起こしていた。


「あらあらあら、やっぱりそうなのね!」

「「「!?!?」」」


気を抜かずに注意するのだが、一度だけ瞬きをすると少女の姿は消えていた。


ピトッ


「っ!?」


背後から首筋に手を添えられて、驚きながらそちらも振り向く。するとまるでそこにいるのが当然と言った風貌の少女が佇んでいた。


「???緊張しているのね、大丈夫。噛みついたりしない限り私は何もしないわ」


まるで威嚇している野良犬を相手にするように少女は優しく微笑む。


「……何もしないなら、首筋から手を放せ」


そういいながらひとまずは抵抗するなと、周囲の護衛に伝える。


「あら?それはごめんなさい、すっごく魅力的だったから、つい」


先ほどとは違い、ゆっくりと手を放していく。


(……エナがあれほど警戒するわけだ)


いくら強化していない状態といえど、ステータスだけで言えば人族の中では高位と言えた。だがその動体視力をもってしても目で追いかけることはできなかった。


「ふふ、少しお話ができないかしら。こっちもそっちも聞きたいことがあるでしょう?」

「…………わかった」


ひとまずは穏便に済みそうなので、リンとエナに警戒を解くように命令する。

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