第363話 不穏の影

 グロウス王国からネンラールへと向かうのには主に三つの方法がある。一つがアズバン家からネンラールに向かっている大街道を通ること。二つ目がハルアギア領から国境に沿うようにある山脈を北回りする大街道。三つ目が二つ目とは違い南回りし、海道沿いに存在する大街道だ。


 今回は二つ目と三つ目のどちらかの大街道があるのだが、山を回った後で直線的に移動できる二番目の大街道を使うことになっている。


 そしてハルアディアを出て三日後、無事にグロウス王国とネンラールの国境の関所へとたどりいたのだが


「こんな簡単に入れるんですね」


 ネンラールへと入国する際に大人数のため手間がかかると思っていたのだが、すんなりと入ることが出来た。


 そのことについて、こちらの馬車に乗っているアルベールが何とも言い難い表情をする。


「イグニア殿下が例年通っているからといっても少々安易過ぎでは?」


 アルベールは国防の一番先になるべき関所でこれほどまで容易に通過できることに少々不安を覚えていた。


「グロウス側が厳重に検査すればそれでいい。それにネンラールの気質を考えればそこまで問題でもないだろう」

「……それもそうですね」


 他国へは入りやすく、自国へは入りにくい状況に文句はない。またそれに加えてネンラールの気質の点から出入りが甘くなっているのだろう。


「アルベール、外が慌ただしい中、聞いておく必要がある」

「イグニア殿下についてだよね?」


 アルベールの答えに頷く。伝聞でも聞いてるが、弟の目から見た彼らの姿が聞きたかった。


「でもいいの?」


 そして今度は馬車の中に視線を向ける。そしてその視線が意図する理由はほかの人物に聞かれていいのかどうかということだ。


「聞かれても問題ないと、お前が判断した部分だけを報告してほしい」

「…………話していて分かったのは、人を引き付けて引っ張っていく力を持っていること。曲がったことは嫌いで常に正しくあり続けようと純粋でまっすぐな事…………イメージで言うならば高潔な武人かな」


 概ねイグニアに対するイメージに齟齬はない。


「あと少し言いにくいけど、だからユリアさんとはそりが合わないんだと思う」

「具体的には?」

「ユリアさんはすでに清濁併せ吞むという方針で行動しています。良くも悪くもイグニア殿下を王座に着けようと尽力していました。ですが、そのやり方には裏工作が含まれていて、それを殿下は嫌っています」

「正解だ」


 賄賂や強請り、脅しなどは貴族では常套手段なのだが、イグニアは武人としての気質が強すぎるためかこれを嫌っている。


「あと、ジェシカさんとは必然的に惹かれ合う部分があったようですね」

「というと?」

「えっと、ジェシカさんを一言で表すなら、優しく非道を許さない強い女性です」


 なんでも、道中に何度も会話をしたり観察をした結果が、先ほどの答えだったらしい。


「…………それはまたイグニアと気が合いそうだな」


 思わず出てしまった言葉にアルベールは頷く。


 それからの話ではジェシカはユリアとは真逆の印象だという。


 ジェシカ、優しく的にも慈愛の心を持つ、正義感が強く曲がったことを許さない。


 ユリア、敵には苛烈に攻め立ててすべて奪うか粉砕する、場合によっては非道な真似をしてでも目的を達成する。これだけ聞くと非道な人物の様に聞こえるだろうが、既得権益を守ろうとする権力者などこんなものだ。


 もし政治的意図や血脈と言った要素を除き、本人たちの魅力だけで判断すれば、イグニアがユリアよりもジェシカに惹かれるのだろう。


 そして同時にセレナへと視線を向ける。


(恋愛ゲーム、ヒロイン、悪女、ここまで揃えば信用する要素になりえるか)


 セレナもこちらの視線に気づいたか、少々気まずい視線を返してくる。


「当人たちが微妙なのはわかっている、だが、それ以上に気になっているのが当人たち以外の関係だ」

「他ですか?」

「ああ、イグニアとユリアについてのことは知っている。だが、ハルアディアの城ではユリアの護衛のロドアと楽しく模擬戦をしているのを見たいが」


 現在、一番知りたい部分がこの部分だった。


「確かにユリアさんとはギクシャクとしているけど、それ以外はそうでもないよ。もちろんユリアさんみたいな人物は毛嫌いされているけど、それ以外は何ともないと思う」

「……そうか」


 本当はもう少し踏み込んで聞きたいが、ここにゼブルス家以外のオーディエンスがいるため聞くことを止める。


(もしロドアが何かしらの不満をユリアへ抱いているとして、イグニアと共に何かを画策しているとしたら――)


 それから嫌な考えが続く中、馬車は順調に進み続けた。













「なんか面白い形だね~」


 国境を越えから5日後、ネンラールの首都であるハルジャールが見える位置まで進むと、レオネはハルジャールの建物を見て、面白いものを見た表情をする。


(前世のイスラーム建築に似ているな)


 材質は土や石材、粘土などを組み合わせているからか、茶色や黄色に似ている色の建物が多い。そして家はほとんどが箱型となっており、壁には様々な色鮮やかな石ん度がはめ込まれ、何かしらの存在が描かれていた。


 そして最も目に入った部分なのだが


(それにして城壁のみで街壁がないとは)


 グロウス王国では、城壁は場所によるが、外敵に備えて町を囲うように作られている街壁は各都市や町には必須だった。理由は街壁が無ければ町に入る人物の選定が出来ないことに加えて、魔物に襲撃される恐れがあるからだ。


 だがハルジャールは城を守るための城壁は合っても街壁は存在していなかった。


(おそらく何かしらの理由があるのだろうな…………だがそれよりも気になるのは)

「バアルも気付いたかい?」


 共にハルジャールに視線を向けているロザミアが言葉を掛けてくる。


俺達・・以外にもいる、ということだろう」

「だね、それもかなり離れた場所から感じ取れるんだから、大物だろうね」


 このやり取りを聞いて、静観している者や首をかしげている者もいるなか、馬車はハルジャールの街を進み続けていく。








 ハルジャールの城に近づくにつれて白や金の色を含んだ建物が増えていく。また周囲を歩いている人物も高級な服や装飾品、武具などを所有していた。


「ねぇねぇ、なんでここは色が違うの~~?」

「城に近い一等地だからだ」


 ネンラールの城は全体的に白色と金色で装飾されている。そしてネンラールでは白と金色を建物に使うに許可が必要になっている。つまり、白と金色が使われている建物はネンラール王家が許可した建物でしか使えない。


 そして王家の許可が取れる人物となるとネンラールでそれなりに高い地位にいる人物やその親類ということになり、また別の言い方をするならばネンラール王家がお墨付きを出している建物ということになる。


「へぇ~~」

「……」


 一応の説明をするのだが、レオネはこちらの説明を聞き流す。






 そんな区画を馬車は進み、城に近い場所である一等地、そこに建てられている豪華なホテルに訪れる。




「お待ちしておりました、イグニア殿下とその御一行様。当ホテル、イムリースへようこそ」


 基本白一色となっているホテルにたどり着くと中から迎えの人物が出てくる。


「今回も世話になる」

「いえ、毎年イグニア殿下のご愛用としてお使いいただき、こちらとしてもいい宣伝になります」

「相変わらず、正直だな」

「ええ、ここで薄っぺらい舌を使うのは三流のやり方ですから」


 今回滞在する宿は神前武闘大会が終わるまで、グロウス王国が貸し切りにしている。それも例年のことなので顔を覚えているのだろう。


「それでは皆様、ご案内いたします」


 支配人の言葉で宿の中から従業員が大勢出てきて、様々な荷物を運び出し始めた。


「それではご案内いたします」

「ああ、頼む」


 俺達の例に漏れず、案内されて宿の中へと入っていった。

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