第325話 フーディとの交渉

「ふぅ、すこし喉が渇いたね」


 交易の件で話がまとまると、一度お茶で喉を潤わせる。


「さて、次に魔道具の件だけど、本人・・を呼んだ方がいろいろと話が進みそうだね」

「……こちらとしてはどちらでもいい」


 こちらの許可を出すとアルムは部下の一人にある人物を呼んでくるように言う。


「一応、説明しておくと僕が彼の行いについてで悪いと思うことは無いよ」

「アルムの意思とは関係なく行動し、あわやグロウス王国との関係に亀裂を入れかけてもか?」

「ああ、その通りだ。もちろん釘は刺しておいたよ」


 こちらはフーディを嫌っていてもアルムはそうではないらしい。


(まぁアルムからしたら、敵……は言いすぎだが、微妙な派閥からほんの少しの妨害と特大のお土産が同時に送られた感覚なのだろう。そして同時に十分収拾可能だからこそこのような判断をしたわけか)


 俺がアルムの立場ならフーディには最低限の注意をして、俺から魔道具の製法をもらうのだろう。


「一応確認だが、アルムにとってフーディはどんな存在だ?」

「そうだね、共にエルフの未来を憂う同士であり、祖父の様な存在かな」


 アルムの口ぶりからして、方針が違うだけで本格的に衝突はしていないらしい。


「アルムの方針である人族との交友に反対して、妨害しているのに甘いと思うが?」

「それは仕方ないよ。本心ではね……僕も人族と交友を広げるのはあまり乗り気ではない」


 アルムの言葉に口に運ぼうとしたカップが止まる。


「それを俺に言うか?」

「今更だよ。奴隷制度という同胞を物のように扱う文化が存在している人族と関わるのははっきり言って、いやだったよ……」


 アルムの問いかけるような視線を真っ向から受け止める。


「それでも、交友を始めた、つまり」

「ああ、僕は、もうノストニアだけでは衰弱から逃れられないと判断したんだ」


 本音では人族とは組みたくない、それでもノストニアの未来のために苦渋の選択をしたという。


「よく打ち明けたな」

「バアルだからね」


 アルムの言葉は俺の人格を考えてなのか、それともこれを聞いても俺が交友を止めることが無いと理解しているからなのかはわからなかった。


(俺からしたらノストニアに吹っ掛けて微妙な関係になるわけにはいかないからな)


 ゼブルス家とノストニアの関係はかなり良好と言える。現にクラリスと婚約しているのがその証拠と言える。


 だがそうでなくてもゼブルス家は、ノストニアが交友を望んでいるのを逆手とって条件を引き出すようなことは無い。なにせそんなことをしてアズバン家に乗り換えられてはたまったものではないからだ。そうでなくてもノストニアは、最悪だが臍を噛みながらクメニギスやネンラールと交渉する手段も存在していたからだ。


「そしてフーディだが、彼はまだこの国を信じているからこそ、人族との交友を拒絶しているのさ」

「衰弱していく運命を押しのけて、ノストニアに再起の芽があると考えているわけか」


 衰弱する未来を予測しているアルムと再起の芽があると踏んでいるフーディ、この二人だからこそ方針に違いがあり、そして共に同胞を救おうとしていた証明でもあった。


「バアルはどっちが正しいと思う?」

「現実的に衰弱を予測しているアルムと再起するという希望に掛けてるフーディか……はっきり言ってわからん」


 こちらの答えにアルムは落胆もなければ、歓喜する様子もなかった。


「そうだよね」


(アルムも理解はしているか)


 現時点ではアルムの様に交友を推し進めること、もしくはフーディの様に交友せずに衰弱していく中で何らかの手段で再起を図ること、このどちらが正解ともいえない。なにせアルムの様な交友は国外からどんな影響を受けるかわからない。またフーディの策では再起することが出来ないでいて、どんどん国力が下がっていくかもしれない。


「折衷案は作らなかったのか?」

「バアルも理解できると思うけど?」


 どうやらアルムも理解しているらしい。


 例えば折衷案で今はまだ交友せずに、本格的に衰弱が見え始めた時に交友することもできたかもしれない。だがそれだと国力がある程度低下した状態から交友を進めなければいけない。そんな状態での交友は、最初なら対等に扱われるだろうが、それよりもさらに衰弱した場合は国自体が属国に成ったり吸収されたり、最悪は戦争が起こる可能性も十分にありえた。もしそういうのを嫌って国友を閉じてしまえばフーディの希望的観測に賭けるしかなくなる。そしてもし再起の芽がないと分かれば、同時に国力がある状態で交友しておけばと言う後悔も生まれることになるだろう。


 そういうことを踏まえれば国力に余裕があるうちに交友して結果を見る方が確かではあった。


「一応聞くがそれを聞いて俺がエルフを衰弱させるように動くとは思わないか?」

「そんな未来はあるかもね。でもバアルは、それを行うことは無い。なにせ誰よりも先んじて僕たちとの縁を繋いだ。その縁が強力であればあるほど君にも旨味があるだろう?」


 アルムの言葉はまさに的を射ていた。実際、俺は先駆者となり、ノストニアと関係を持っている。そして当然ノストニアが強ければ強いほど、自動的に俺の持つこの縁も強力になっていくのだった。


「クラリスが嫁ぐと君と僕は本格的に共同体となる。そんな相手に取り繕っても意味はないだろう?」

「それもそうだな」



 コンコンコン



 アルムの言葉にうなずくと扉がノックされる。


「陛下、お呼びと聞いて参ったのですが」

「入ってくれ」

「では、失礼します」


 聞きなれた声とアルムの会話が終わると扉が開かれる。そこには使節団代表としてクメニギスに赴いていたフーディの姿があった。


「おや、久しぶりですね」

「そうだな、こちらとしては明らかに作る必要のない約束でも守る必要があるからな」

「ほぅ、どうやら義理堅いようで何より」


 お互いの言葉の裏に相手への嘲笑を混ぜながら挨拶を交わす。その後、フーディはアルムの横に腰かけて話に参加する。


「紹介は必要ないみたいだし、このまま話としよう」

「そうだな、まず連盟の際に出された条件である魔道具の製法だが……」


『亜空庫』を発動させて、そこから陛下にも渡した魔道具の製法が書かれた本を取り出す。


「これが、魔道具の製法だ」

「確認させてもらいますが、よろしいですね」


 こちらに有無を言わさない様にフーディが言い切ると同時に本を手に取り内容を確認する。


「これで本当に製法を渡したと言えると?」

「どれどれ……あ~うん、まぁそうなるか」


 フーディはふざけるなと言った表情をし、アルムはフーディの手から書類の束を受け取ると内容を確認して俺がどういった策を取ったかを理解する。


「何がだ?そこに書いてある通りに作れば魔道具は製作可能となるが?」

「ふざけるな、確かに作り方は書いてある。だが実際に使用している詳しい原理や魔道具に使われている素材についての記述が無いぞ」


 以前陛下に説明した通り、原理の説明を行うとは言っていないし、合成樹脂やプラスチック、基盤の情報は全く載せていない。


「残念ながら、約束は守っている、市販されている魔道具の製法を渡した。そこには当然市販されていない魔道具に使われている部分についての情報は渡さない」

「詭弁だな」

「そうか?魔道具の製法は教えた、だが当然魔道具に使う素材はグロウス王国とノストニアで違う。それに作り方から逆算する様に理論を作れば問題ないはずだろう?」

「だが、それでは市販されている魔道具と全く同じものとは言えない」

「関係ない。こちらとしては今魔道具で使われている形状、内蔵の機器のさえ教えれば同じものは作れる。それに素材の換えはいくらでも利く、そう考えれば拡張性が高すぎると思うが?何より、たとえ教えたとしても、ノストニアでそれが作れるとは限らないし、採算が取れないかもしれない」

「だが、それは教えないということでは」

「先ほども言ったが、市販されている魔道具の製法はこれがすべてだ。こちらとしては最大限渡せるものは渡したし、市販されていない魔道具についてを漏らす気はない」

「こちらが満足すると思うか?」

「魔道具のブラックボックスの一部が判明したんだ、それだけで満足しておくべきだと思うが?」


 こちらが譲歩できるのはここまでだ。最低限の魔道具の製法は渡したし、これからノストニアでの生産が可能となる。これ以上はびた一文として出すことは無い。


 それを察してかアルムは本をテーブルの上に置く。そしてフーディもそれを理解して苦い顔をする。


「どうする?これ以上引き出そうとするか?それともここで満足して円満な関係に戻るかだ」


 こちらとしては最大限の譲歩をしたと見せる。だがそれと同時に二つの大事な情報は決して漏らすことは無い。


(まず錬金術とプラスチック関係の情報は明かせない。それがあるからこそ、ごみから価値から生み出せる。そしてもう一つが、近い内、この魔道具の製法に価値がなくなるということ)


「さて、フーディどうする?僕としてはこれだけで文句はないと思うが、結局は話を付けたのは君だ。満足するかどうかは君しだいだ」

「いいのですか?ここで私が満足しないで、彼との間に亀裂を入れるとは思わないのですか?」


 アルムの言葉にフーディは確かめるように言葉を紡ぐ。


「フーディもわかっているだろう?交渉でこれ以上バアルから引き出すのは無理だ」

「……一つだけ条件を付け加えたい」

「聞くだけ聞こう」

「素材の件は聞かない、だがそのうえで、どんな素材を使えば危険かを教えてもらおう」

「……それぐらいならいいだろう」


 こちらとしても理論を調べる過程でけが人や死者が出るのは本意ではない。


「どの魔道具にどんな素材を使ってはいけないかなどはあとで書類にして渡すとしよう」

「……これで魔道具の製法の引き渡しは終了した」


 フーディが自ら宣言したことで引き渡しは終了した。

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