第319話 新しき疑問

「できるだけ頻繁に顔を出してほしいと言ったつもりなんだが、三年ぶりとは何とも忙しそうだね」


 アルベールを連れてやってきたのは数年ぶりともいえるメルカ婆さんが経営している骨董店だった。


「こちらとしても立場がある、数年ぐらいなら短いと思ってほしいが?」

「うわぁ~~すごい!これ何!!」


 店内にはカウンターで会話している俺と護衛のノエル、そしてメルカ婆さん、そして店の中を歩き回るアルベールとその護衛がいた。


 俺がメルカ婆さんと話をしていると、アルベールは棚に置いてある一つの道具を取り、珍しそうに観察する。ノエルやほかの護衛はその様子を見て何とも心配そうな表情をしているが、ただ持っているだけなので何も言わない。


「あんまり触るでないよ。ここは本物しか売らない『骨董店メルカ』だ。それ一つで金貨何枚も掛かる……これをバアルに言っても仕方ないかい」


 俺の状況を理解しているならそれぐらいなら全く痛手にならないことはメルカ婆さんも知っている。


「アルベール、骨董品は壊れやすい、それを棚にしまって、見るだけにしておけ」

「はい、兄さん」


 アルベールは俺の言うことを素直に聞き、棚に何かしらの道具を戻す。


「それで、なんでここに来たんだい?」

「ん?久しぶりに顔を見せに来ただけだが?あと、何かしらいい物があれば買っていくかどうかといった程度だな」

「それはうれしいねぇ。だけど、バアルにその気があるならもっとに頻繁に顔を合わせられるようになるさ」

「と言うと?」

「いや、店の場所を移そうかと思ってね」

「なぜ?言っては何だが、この店は王都でもいい立地に建てられている。わざわざそれを手放して新天地に向かう理由はないように感じるが?」

「答えは簡単さ、王都が少しきな臭く・・・・なってきたからね。安全な場所に移るつもりだ」


 メルカ婆さんの言葉に眉を顰める。


「王都がきな臭く、か。なぜ?」

「質問ばっかだねぇ、まぁいい答えてやろう。儂を見ればわかるが長生きしてきた。小さい頃に大きな戦争も経験したことがある」


 メルカ婆さんの外見はまぎれもない年寄りだ。それも半世紀は優に超えている年齢であることは見当がつく。


「そしてね、この王都でその戦前の様な空気が感じられるのさ」

「結局は主観的な考えだけだな」

「ふぇふぇふぇ、そりゃそうさ。だけどね、この年まで生き残れたのは逆に言えばそういった感覚が研ぎ澄まされているからでもあるのさ」


 否ともいえないため、この言葉には不思議な説得力が生まれていた。


「それでどこに越す?」


 頻繁に顔を合わせられると言っていたのである程度予想は付くが一応尋ねる。


「それはもちろんゼウラストじゃよ。知り合いが死去してね、その空き家をもらい受けることになったのさ」

「……俺に便宜を図ってもらおうとしてるか?」


 俺と知己である点を生かして何かしらの便宜を図ってもらおうとしているなら、それはできない。


「そうじゃないさね、さっきも言ったが、王都、もっと言えばグロウス王国の南部以外は何ともきな臭くなっているからね。そこしかなかったのさ」

「……南部以外がきな臭いか……もう少し詳しく聞いてもいいか?」

「聞くと言ったってさっきも言ったがそういった勘だよ。別段なにかしら情報があったりと言う事じゃないさ」

「そうか」


 本当にただメルカ婆さんの勘なのだろう。だがどうしてか、その勘が外れているとは思えなかった。















「珍しいものがいっぱいでしたね!!」


 骨董店メルカを出ると馬車の中でアルベールが楽しそうに言う。


「何か欲しい物はあったか?」

「う~ん、珍しい物はありましたけど……」


 アルベールのお眼鏡にかなう物はどうやらなかったらしい。


「それで次はどこに向かっているんですか?」

「それは、あそこだ」


 馬車の窓から見えるある場所を指差す。


「王城ですか?」

「ああ、さすがに二年も放置しておくわけにはいかないからな」


 脳裏に何とも物腰柔らかな優男が浮かび上がる。


(一応はグラスにも注意するように言っているから、変な横やりがないとは思うが……不安だ)


 それから馬車は王城内に入り、俺はアルベールを連れてある研究施設に向かう。











「ご無事で何よりです、バアル様」

「久しぶりだな、フルク。研究機関で何か問題は起きなかったか?」

「ええ、まぁ何度か過激な介入がありましたが、そのたびに近衛騎士団長様に助けてもらいました」


 俺とフルクは握手を交わす。そして書類だらけの研究室内に入ると護衛を部屋の外で待たせて、俺とアルベールだけが中に入る。


「えっと、今回はどうしました?」

「研究室の様子を見て問題があるかどうか、あとアルベールに見学させるためだ」

「なるほど。お初にお目にかかります、フルク・デュクライと申します。お会いできて光栄です」

「私はアルベール・セラ・ゼブルス。優秀な研究者で……らしいな、よろしく」


 フルクは幼いアルベールに丁寧な挨拶を行う。そしてアルベールも事前に学んでいる通り、尊厳の出るように挨拶を行う。ただ問題がその幼い容姿なため、精一杯背伸びをしているようにしか感じられない。


「意外だな」


 アルベールではなくフルクに向けて言う。


「さすがに僕も学びます。ここでは特にこういった身分差は顕著に表れますので」


 どうやら俺がいない間に何かしらを感じ取ってらしい。学生の時に見せていた貴族に対しての緊張が無くなっていた。


「それで、問題はあるか?」

「バアル様の名前が必要なものは特にはありません」

「言い換えれば、些細な問題はあるのだな?」


 フルクは苦笑しながら小さく頷く。


 それから軽く報告を聞くと、ほかの研究室がこちらの資料を見ようとしたり、わざわざフルクを誘い歓楽街での飲み代や食事代をこちらの研究費で落そうとしていることぐらいだという。


「なるほど」

「研究資料はほかの研究に役立つかもしれないから貸してくれと言われたり、交友だと僕を誘い金銭をこちらに払わせようとしてきます。ただ、これらは表立って文句は言いにくいですね」


 研究資料の件は国を発展させるためと言われればそう提案されてもおかしくない。そして交友の経費を研究費で落すことも研究室ではごく当たり前にある。そして問題がフルクが平民であるということだ、世間的に見ればフルクがご教授を受けたため払わなければいけないと取られることにある。


「一度、王家御用達の店に案内されて、とんでもない金額を持って行かれそうになりましたが、丁度良くグラス様が来店されて、来店人数で頭割りしましたので事なきを得ましたが」


 手持ちで払ったため手痛い出費でしたとフルクは言う。


「なるほど、教会の鑑定のために使う費用は持っているな?」

「はい、『神鑑の眼』を長期的に使うために少し値引いてもらうように言ったのですが、ダメでした」


『神鑑の眼』は清めで鑑定を行うときに必要とする道具だ。アルベールとシルヴァもこれで大衆に自身のステータスを公開する。


「これらも僕が注意していれば問題となりえないので」

「報告する問題でもない、か」


 その通りですと、フルクは頷く。


「では次だ、アルベールを楽しませてくれ」

「え、えっと」

「冗談だ。あとは何か報告があれば聞くが、あるか?」


 フルクはアルベールの件が冗談だと分かり胸を撫でおろす。そして同時にちょうどいいと、机からある書類を取ってくる。


「実は一つご報告をしたいことがあるのですが……その前に一つだけ質問をいいですか?」


 了承するように頷くとフルクは資料を開き始める。


「あるところに鑑定した結果STRが15の小柄な男性とSTRが13の大柄な男が居ました。その両者は仲が悪く何度も腕相撲をしていました、さてどちらが勝ち越したでしょうか?」


 フルクは苦笑しながら質問をする。


(質問している時点である程度答えを言っているような物だな)


 フルクが苦笑する意味も分かる。何せ無意味な問題だったら出す意味が無いからだ。


「ぼ、私は前者が勝つと思うけど……それならこの質問の意味はないよね?」


 アルベールが口に出しながら同じ答えにたどり着く


「その通りです。実はSTRが13の大柄な男が大差をつけて勝ち越しました。そしてそれはつまり」

「STRの数値が純粋な筋力とは言えないわけだな」


 同じ予想なのかフルクは頷く。


「もしかしたら違うステータス項目が影響しているんじゃないかと思い、膨大な騎士たちのデータからSTR以外の項目が全く同じ人物を探しておきました」


 フルクがテーブルの上に開いた資料にはSTRだけが違いほかの項目が全く同じ複数人の人物が載せられていた。


「だが、彼らは騎士だいつの間にか数値が変わる可能性があるが?」

「そこは事後承諾なのですが、こちらが給金を肩代わりする約束で一時的に騎士の仕事を休んでもらい、数値が変わらない生活を心がけてもらいました」


 それについては謝罪いたしますとフルクは頭を下げる。


「それで、実験はしたか?」

「はい、やや数値が入り組んでいますが基本的には腕相撲のみの実験を行いました」


 新たに開かれたページには人物の体格図とSTRの数値が記載されていて、総当たり表で書かれていた。


「……なるほど」


 大まかに見ただけだが、ある程度の考察はすることが出来た。


「お気づきでしょうが一応の説明を。まず同じ体格での結果ですと、数値が大きな方が勝ちます。また違う体格の条件の元で、体格も数値も小さい場合、体格の大きいものが必勝です。そして数値は小さく、体格が大きい場合は勝敗はわかりません。ですが半数より少し上回る程度で数値の少ない者が勝利しております」

「結論だけで言うと、腕相撲だけにおけるが腕力の強弱はSTRだけでは決まらないということだな?」


 こちらの出した結論と同じ文言が最後のページに掛かれていた。


(STRは筋力の値だと超常の存在から聞いていたがどうやらほかの見方が出来るらしいな)


「スキルにステータスの項目は必須となります。そのうえで出来ればこのステータスの数値が何に対して働いているかを調べる研究をバアル様に許可してもらいたく」


 フルクはこれについてスキルに関わってくるため調べたいという。


「……良いだろう。許可する。ただし研究過程も研究資料もすべて外部に漏らさないことが条件だ」

「ありがとうございます。それに伴って研究費の申請をしたいのですが」

「研究費の内訳を作れ、それで問題なければ許可する」


 今までは研究費は全て、給金と教会への献金と『神鑑の眼』の貸し出し費として使っていた。もちろんそれでも多く余るのだが、それは全て紙や研究のための予備資金として用意していた。


「ありがとうございます!」


 フルクは喜んでいるが事はそう単純には終わらない。


「だが一つだけ問題がある」

「?なんでしょうか?」

「今回は特例として独断での研究費の活用を認めたが、次からはよほどのことでない限り横領として捉える。そこは留意しておけ」


 騎士たちを活動しない様にさせるには仕方ない部分もあったため今回は特例として事後承諾を受け付ける。だがこれからは独自での研究費の使用は罰することをフルクに伝える。


「し、失礼いたしました!今後は気を付けます」

「頼むぞ。有用なのはわかるが、さすがに外部から横領を指摘されたら、かばいきれない」


 ほかの研究機関からそれを指摘されれば、事実であるためかばいきれない。そのことを念を押して忠告する。


「だから、専用に活用できる費用をあらかじめ設定しておく。その予算内であれば好きにしてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 その後は報告書の束を受け取り、研究室を後にするのだが、王城の廊下から空を見るとすでに茜色に染まっていた。


「そろそろ帰るか?」

「うん」


 俺の言葉に異議を唱えることもなくアルベールは頷き共に屋敷へと戻り始める。















 だが、誰も思わなかった、仲良く・・・王城にいる姿がこれで最後になるとは―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る