第318話 受け入れる覚悟

 陛下との会談が終われば今度は王城の侍女にレティアの部屋の場所を聞き、そこへと向かう。


 コンコンコン


「どなたですか?」

「バアルだ。グラスから面会したいと伝言をもらったのだが」

「しょ!?少々お待ちください!」


 部屋からいくらかの物音が聞こえてくる。そして一分も経たないうちに扉が内側から開く。


「ど、どうぞ」


 部屋の中に入るのだが王城の中かどうか伺うほど質素な様相をしていた。


「もう少しいい部屋に移すように言っておくか?」

「!?いえ!問題ありません!」


 恐縮と言うよりも本気の遠慮を含んだ断り方をされる。


「とはいえ、ある意味では客人であるレティアをこんな部屋に押し込めるとはな」

「実は、私から希望を出してこの部屋にしてもらいました……あんな高そうな置物とかある部屋だと、ちょっと……」


 どうやらレティアが望んでこの部屋にしてもらったらしい。


(高級な部屋では寛ぐどころか緊張する、か)


 部屋を宛がわれたのは良いが、その部屋の内装や家具などを壊してしまう恐怖を考えれば居心地は最悪なのだろう。実際、王城に置いてある家具の一つ一つが平民にとって一財産になるほど高級なものだ。壊した場合の賠償金の心配がある中、気楽に過ごせと言うのが無理な話だった。


「ご足労をおかけして申し訳ありませんでした!」


 レティアは90度腰を曲げて頭を下げる。


「謝罪は要らない。いきなり押し掛けたのはこちら側なのでな」


 とりあえずレティアの頭を上げさせて、話し合いができるでテーブルに着く。


「それで、話とはなんだ」

「は、はい。実は妹のエトナのことなのですが」

「それなら先ほど陛下との議題に挙がっていた。近い内、具体的には一か月後にはこちらに連れてくる予定だ」


 そういうとレティアは安心した表情を見せる。


(捕らえられた先での妹の態度を考えれば普通は家族の縁を切ると思うが)


 ディゲシュ伯爵の元で妹であるエトナに言われたことを思い返せば、憎んですらおかしくないと思う。だがレティアは実妹であるエトナのことを心配しているそぶりを見せていた。


「(もしくは来てほしくないから、確かめたのか?)……それでほかに聞きたいことはあるか?」


 妹憎さで尋ねたのか、心配して尋ねたのかは結局はレティアの心の内にしか答えがないので話題を変える。


「はい、実は私を助けるために動いてくれたロキに会いたいのです」


 この質問には思わず眉を動かしてしまう。


「大体予想は付くが一応聞こう、理由は?」

「……実は近衛騎士団長様にロキについて聞いてみると、そんな者はご存じないと言われました」


 そこまでいけば推察がつく。


「以前バアル様に聞いた時に、バアル様はロキの存在は知っているご様子でした」

「それで?」

「っっ、それで思いました。ロキに私の救出を頼んだのはバアル様ではないかと」


 レティアは違うと言ってほしそうな顔で真剣に問いかけてくる。


「どう答えてほしい」

「あ、っっ」


 ある意味では答えの様な返答をするとレティアは我慢できない表情になる。


「ロキは、私を助けるようにマークから依頼されたと言っていました」

「そうか」

「マークが致命傷を受けながらもなんとか一命を取り留めて、望みをかけてロキに頼み込んだと思いました」

「そうか」

「ですが、よくよく考えればそんなことあるわけありません」

「それはなぜ?」

「マークは私をかばって心臓に剣を突き立てられていました…………もし、本当にもしそれでも生き延びられていたとしても、ロキが私だけを脱出させない時点で私個人の依頼ではない、つまりはロキを呼んだのがマークではないということではありませんか?」


(ふむ、考え方は及第点にギリギリ届いていないぐらいだな)


 考え方の主観は間違ってはいないが、自身の周囲の状況の把握が出来ていないため、それだけでは足りない。


「もし、そのロキがお前だけを救出するのが困難と判断していたらどうする?援護のためにその他を助けるためにエルフの力を借りたと考えないのか?」

「そ、それでは、近衛の方々を接触した後すぐに姿を消した理由は何ですか?私を連れてくるようにマークに頼まれたのなら自らの手で連れていくべきでは?」

「自らで連れていくことが出来ないとしたらどうだ?仮にもクメニギス国内での行動だ。衛兵に見つかりそのまま移動するのは大変だとは思わないか?」


 そう問いかけると、レティアは何も言えなくなる。


「それに言っては何だがロキは汚れ仕事専門だ。むやみやたらと人前には姿を現すことはないと思うが?」

「そ、それならなぜ私はいまだにマークに会えていないのですか!それが頼まれていた仕事ではないのですか!!」


 堪えられなかったのかレティアは声を荒げる。


(必死に理屈を考えてはいるが、それ以上に本能で察しているという感じだな)


 レティアはマークからの依頼ではないという確信をなぜか持っている。そしてその答えを裏付けようと俺に問いかけているのだろう。


「少し話を戻すぞ、俺はどう答えてほしいのかを聞いたがそれを訂正する。嘘をついてほしいか正直に話してほしいかどちらだ?」


 ここでどちらを答えようと結局は何の意味もないため実直な問いを行う。


「真実を、教えて、ください」


 レティアはうつむき、僅かな涙を流しながら答える。


「ロキにお前、と言うよりも違法奴隷を開放するように依頼したのは俺だ」

「やはり、マークではないのですね」

「ああ、すでにロキからすべての事情を聞いたが、お前が意気消沈していて無気力だったためにお前が口に出した恋人の名前を活用したと言っていた」


 本来なら、俺が依頼した後マークとやらから接触があったかもな、と嘘をついてもよかったが、後々になって心に深手を負うよりも、傷を受ける覚悟が出来ているこの瞬間に話した方がいいと判断した。


「そう、そうですか……やはり、そうですか…………」


 レティアは何度もかみしめるように頷く。


「教えていただきありがとうございました」


 レティアは涙を流しながら立ち上がり、しっかりと頭を下げる。


「……もし、ロキに何か言うことがあるなら伝言をしておくぞ」


 レティアは一度深く呼吸をすると


「では、ありがとうございました、と。それと今度会ったら一度ビンタさせてくださいと」

「わかった伝えておく」

「お願いします」


 こうして一つの蟠りが解消された。


 その後、ほかに話があるかどうか確かめたところ、無いと答えをもらうと速やかに退室して屋敷へと戻り始める。













 王城で魔道具の製法と機竜騎士団の要件を終えた二日後、俺とアルベールとシルヴァは母上に連れられて王都有数の服飾店に来ていた。


「これも、お願い。こっちはもう少し淡い色がいいのだけど、あるかしら」

「少々お待ちください」

「ああ、あとこの飾りなんだけど、金ではなく銀か青色の宝石のアクセサリーにできないかしら?」

「すぐにご用意いたします」

「ああ、あと―――」


 服飾店では人がせわしなく動いていた。その理由は服飾店からしたら上客とも呼べるは母上の存在があったからだ。


「……兄さん」

「言いたいことはわかる、だが諦めろ、俺の時もそうだったからな……」


 アルベールが何ともつかれたような表情で近づいてくる。当然、その理由は母上にあった。


「アルベール様、お呼びになれております……」

「……うん」


 執事の一人が哀れみの視線を送りながらも仕事のためにアルベールを母上の元へと連れていく。


「うん、この色合いがいいわね。それと―――」


 アルベールの疲れた表情が見えないのか、母上は背後にある数十着の衣装の中から十着ほど侍女に取らせる。


「お母さま、アルならこの色も似合いますよ!」

「あら、いいわね」

「……」


 アルベールは余計なことをしてくれたな、という視線をシルヴァに送るが彼女はそんな視線なんか気にせずに服を選び続ける。


 女の子であるシルヴァはどうやら母親寄りで、服選びを目一杯楽しんでいた。


「お兄様も来て!!」

「お手柔らかに頼むよ」


 当然ながら着せ替え人形になっているのはアルベールだけではなかった。


「これとこれ!それとこれも!」


 シルヴァは何とも楽しそうにいくつもの服を指さして着てほしいとねだってくる。


「兄さん……」

「今は耐えろ」

「……うん」


 残念ながら今この店の中では俺とアルベール以外は全員が母上の味方のため、何もできることはなかった。















 太陽が真上を少し通り過ぎたころ、王都の街に置かれているベンチには護衛に囲まれた二人の姿があった。


「……疲れたな」

「……うん」


 服飾店に訪れてから数時間が経つと俺とアルベールの服が選び終わり、ようやく自由の身となった。


「バアル様、奥方様より伝言です。奥方様とシルヴァ様はほかの服飾店や装飾店も回るつもりだそうです」

「母上は付き合えと?」

「いえ、その逆です。バアル様とアルベール様の服装はすでに選び終えたのであとは好きにしていいとのことです」


 ノエルのその言葉に俺とアルベールは安堵の息を漏らす。


「アルベール、今日の用事は?」

「人形になることだけでした」

「じゃあ、どうしたい?」


 これから遊べると分かったためアルベールは笑顔になりながら言う。


「遊びたい!」

「わかった。だがどこで遊びたい?」

「う、あ……王都で遊べるところはありますか?」


 アルベールは王都に特段詳しいわけではない。それこそ、数日滞在することはあってもそのすべてが父上や母上の付き添いだ。そのため自身で王都を探索したことがないため、そこまで詳しいわけではない。


「なら、久方ぶりの知り合いの場所を回るがついてくるか?」

「うん!」


 急遽暇になった時間を使い、アルベールと共に知り合いの様子を確認しに行くことになった。

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