第314話 籠の鳥
「父上、女性の心は面倒ですね」
「ぐぅふぅ!!ゲハッゴホ!!」
王都への馬車の中、俺が出した言葉に父上は何度もむせる。
「な、げほっ!な、何があった!?」
「いえ、勝手に勘違いされて勝手に怒って、勝手に八つ当たりされただけです」
「……事前にクラリスちゃんがあの三人と乗りたいって言ったのはお前が原因か……」
現在は護衛の馬車を除けば、俺と父上、それとリンが乗った馬車、そして母上とアルベールとシルヴァ、そしてクラリスとノエルが乗った馬車、そして護衛達が乗る馬車の三台だった。
「何があったかは聞かないし、バアルならわかっていると思う事にした上で、一つアドバイスをやろう」
「なんでしょうか」
「出会いは必然だ『どこ』でも『どのような』でもない。出会う運命なら出会うし、繋がるべき縁なら必ず繋がる」
いつものようにやや砕けた口調でのアドバイスだと思ったが、真面目に告げられて面を食らう。
「…………」
「少し難しいか?でもいずれわかるよ、この世界で無駄な出会いと言うものは存在しない。それこそバアルがクラリスちゃんと婚約者になったこともリンちゃんがバアルの護衛になったことも、だ」
「……それは俺とクラリスと関係のアドバイスでしょうか?」
内容からして、そこまでのことではないと思ってしまう。
「バアルが利益の面を重視し、本人たちの気持ちはどうでもいいと思っているかもしれないね?でもね、誰かを想う情というものは一緒にいれば自然と芽生えてくるものさ」
「……俺の場合はどうでしょうね」
「はは、バアルもそうだよ、家族への愛情があるバアルならいずれわかるさ」
父上はそういうと穏やかに笑う。
「それにね、バアル」
父上は前のめりになって助言する。
「いい関係の秘訣は早めに謝り関係を修復することだ。こちらが悪くなくても一度謝り、喧嘩の原因だった部分について話し合った方が、そのまま引きずるよりよほど賢明さ」
「父上…………すでに似たようなことを知り合いから聞きました」
『え?』という声が馬車の中で響いても、馬車の歩みは変わらなかった。
その後、順調に馬車は進み予定通りに王都へとたどり着くことが出来た。
「じゃあ、バアル、きちんと話をしなさい」
王都のゼブルス邸に付くとその一言を告げて父上は馬車を降りる。父上は後ろの馬車へと移動すると母上に手を差し出して馬車から下ろす。
「ほら、エリー」
「ええ、ありがとう」
その様子はまるでこうすればいいと言っている様に感じた。
「やるべきだと思うか?」
「やるべきかと」
確認のためにリンに問いかけると即座に肯定の返事が返ってくる。
そして父上の様に後ろの馬車に近づき
「一応聞くが、いやか?」
「……とりあえずは合格点」
クラリスは差し出した手に手を添える。
「「むふ~~」」
「……二人とも?」
俺とクラリスを見てアルベールとシルヴァは何ともな反応をする。
「よかったですね!クラリス義姉さん!」
「うん!言ってた通り!」
「……クラリス?」
「何のことかしら?」
こちらの問いかけにクラリスはそっぽを向いて答える。
「……話は部屋で聞くぞ」
「お手柔らかに」
とりあえずは受け取ってくれた手を引いて、そのまま屋敷へと向かう。
自室に戻るとテーブルを挟み対面するようにソファに座る。
「で、一応聞くが」
「私があの二人に何を言ったかってこと?」
クラリスの問いに首を横に振って否定する。
「ここで根掘り葉掘り聞いてクラリスの機嫌が悪くなるだろう?」
変に深堀して地雷を掘り当てる趣味はない。だったらあらかじめ地雷の場所を知り避ける方が賢明だ。
「……じゃあ、何を聞きたいの?」
「簡単だ。いまクラリスは俺に何をしてほしい?」
思っていなかった言葉なのかクラリスが止まり、何度も瞬きを繰り返す。
「……バアルからそんな言葉が出てくるとは思わなかった……」
「そうか?だがこちらも困惑しているこっちに来る前のクラリスの反応は全くの予想外だったからな」
クラリスと俺との関係は相互利益の面が大きい。それこそ婚約を結んだ理由に恋愛感情は一切含まれていない。
なのに
(あの反応は嫉妬に似ている感情だった……俺達の関係には生まれることはないものだった)
相互利益により恋愛感情のない婚約、そしてそこには生まれることはないだろう嫉妬の感情はどう考えても不自然だった。
「こちらとしてはこの関係はありがたい、そのためにクラリスの不満を教えてくれ。改善できる部分は改善しよう」
ノストニアとのパイプとしてクラリスとの婚約関係は続けていきたい。願わくばゼブルス家との結び付けが盤石になるその先もだ。
そのためになるのならと、できるだけクラリスの願望に合わせた行動をするつもりでいるのだが
「……わからない」
クラリスは不思議な表情をして弱弱しく首を振る。
「……わからない?」
「言いたいことはわかるわ。でも今はそうとしか答えられない」
わからないと答えた時点でクラリスにも自身のことがあまり理解できていないとわかる。
「なら変に聞いたりしない」
「そうしてくれると助かるわ」
「……不満があったら言ってくれ」
それから俺は書類が山積みされている自分の机に向かい始め、クラリスは本棚から一つの本を取ってソファに寝始める。
(今回の件が後に響かないといいが……)
そんなことを考えながら視線を手元に移し、書類を片付け始める。
しばらくは双方が声を掛けることもなく静謐な空間が出来上がるのだが
コンコンコン
ノックの音で書類から扉へと移される。
「誰だ?」
「ソフィアです。少々お話が合ってきたのですが、お時間よろしいですか?」
「少しだけ待て…………入れ」
さすがにソフィアにイドラ商会や政務についての書類を見せるわけにもいかないので、残っている書類を机の引き出しにしまうってから入室を促す。
「失礼します」
扉が開かれると予想通りにソフィアが入室する。
「私は出たほうがいいかしら?」
「ここに居ても問題はない」
「そう?じゃあ一応確認させてもらいましょうか」
クラリスはいつの間にか持っていた本を本棚に戻し、姿勢を正してソファに座っていた。
「とりあえず座ってくれ」
「はい」
俺はクラリスの隣に座り、テーブルを挟んでソフィアと対面する。
「それで、要件はなんだ?」
聞くまでのことではないが、一応聞いておく必要があった。
「要件は二つあります。まず私のこれからについて、そしてもう一つがアークやほかのみんなに手紙を出したいのでその許可を取りに」
実はソフィアをここに軟禁するときにいくつか条件を出していた。その条件は屋敷の敷地内から出ないことはもちろん、神光教会や友人知人との連絡を取らないというものだ。
「ではまず、手紙の方からだ。手紙はこちらに検分させてもらえるなら許可しよう」
手紙や伝言を封じていたのには訳がある。現在のソフィアがどれほどの地位と力を持っているかわからないが、その正体はフィルク聖法国の“聖女”だ。やろうと思えば様々な伝手を使ってアークたちを安全な場所に移すことが出来るだろう。そしてそうしてしまえばソフィアへの拘束力が無くなってしまい、フィルクへの切り札として機能しない。だからこそ連絡手段を断つ必要があった。
「わかりました」
「次にソフィアの今後についてだが、近い内に神光教会に身柄を渡す予定だ」
「……意外ですね、長々と拘束すると思っていたのですが」
「そうしたかったんだがな、先方とのやり取りで、できるだけ早く引き渡す必要が出てきたからな」
引き渡し先でどのように扱われるかは不明だが、悪いことにはならないはずだ。
「早めにと言いましたが、どれほどの期間でしょうか?」
「早くても再来月には迎えが来るだろう。それまでは待っていてもらう。そして同時にこのことは手紙に乗せることは許可しない」
最後の条件は一応の処置だ。もはや十分な防衛戦力をリクレガに派遣した手前、ラファールとの約束である聖女の受け渡しを反故にしてもよかったが、こちらとしてはほんの少し労力を割けばフィルク国内にて強い協力者が出来るため、保守派へと身柄が受け渡されない様にした。
「わかりました。お時間を割いてしまい申し訳ありません」
「いや、ソフィアの正体を考えればこれぐらいは訳はない」
受け渡しまでにソフィアには快適に過ごしてもらう必要がある。
(商品となる高価な鳥は、受け渡しまで籠に閉じ込める必要があるが、同時に弱らせない様にもする必要があるからな)
その後、手紙の件を執事長であるジョアンと侍女長アンリエッタにソフィアの手紙のことを伝え終わると、ソフィアは割り振られた部屋へと戻っていった。
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