第306話 ようやくの報酬

「質問がないようなので、堅苦しい話し合いはここまでだ。ここから先は気楽にしてくれ」


 一度空気を弛緩させようするが、先ほどの感覚が続いているのか全員がいまだに硬かった。


「まず言語についてだが、ここにいる連中は必須として、ほかに交渉に長けた獣人を百人ほど用意してもらいたい」

「なぜだ?」

「簡単に言うとグレア婆さんから言葉を習ってもらう。そして、十分知識が備わったとしたら、一度グロウス王国に赴いてもらい実際に交流してもらいたい。もちろん、余裕が出来たら今度はこちらから言語に長けた連中をこちらに連れてくるからそいつに言語を教えてやってほしい」


【念話】が使えるならいいが、そうでない連中が大半なため、きちんとした言語の習得が何よりの急務だった。


「それと同時に防衛費を稼ぐために様々な物を用意しておいてほしい」

「ん?なぜだ?」

「わかりやすく言えばこれから様々な交易を行う予定だからだ。俺の権限でイドラ商会の一部をここに派遣する。そしてその店で様々なものを売り買いする予定だ」


 イドラ商会をこの地に派遣する。そうすることでようやくこの地で交易を始められることを意味する。さらに言えば当分は一社による独占状態となるため、ほとんどの利益は俺の懐に転がり込んでくることを意味していた。


「売れそうなものだが、基本的に動物の皮や爪、牙、骨、希少な木材や果実、ほかにも様々な候補がある。まぁそこは派遣する者たちが鑑定してくれるだろうからそいつらに聞いてくれ」

「う~~ん、氏族間で交換しているもので大丈夫か?」

「ああ、基本的な取引に使われている物なら問題ないだろう」


 人が欲しがるものと言うのは総じて売れる傾向がある。氏族間でやり取りされているものならほとんどが売り買いに適しているのだろう。


「あとはレオンとの約束したが、俺の縄張りの件だ」

「ああ、アレか」


 レオンが思い出したように声を上げる。


「どういうことだ?」

「いやな、バアルが自身で縄張りを持てないかと聞かれたんだ。それで縄張りを持つなら戦士の地位が必要って教えたんだ。それで魔蟲とクメニギスをどうにかしたのなら戦士の地位をやって、縄張りの手伝いをする約束……で、あっているよな?」


 バロンの問いかけに、何とも自信のないような返答をするレオン。


「ああ、あっている。それでその件を聞きたいのだが」


 レオンとの約束だが、果たされるのか確認してみると。


「問題ないだろう」

「ああ問題ないな」

「ない」

「問題はないだろうな」


 バロン、テス、マシラ、テンゴはそろって問題がないという。


「俺が人族と言うことでひと悶着あると思ったが、そうでもないのか?」


 人族という点で問題が出てくると予想していたが、バロン達の雰囲気は重苦しいものではなかった。


「魔蟲退治にも、クメニギスにも、そして同胞を開放するのにも力を貸してもらった」

「このどれか一つでも戦士と認めるには十分だろう」


 バロンとテンゴがそう言い、テスとマシラも異存はないという風に頷く。


「一応聞くが何かしらの宣誓とか必要か?」

「いや、テス氏族は一人で何らかの魔獣を倒せれば戦士と認めている」

「ラジャ氏族もだ」


 どうやら戦士と言ってもそう格式張った物ではないらしい。


「ちなみにどこを縄張りにしようとしている?」

「雷閃峰近くを」


 そういうと獣人側全員から変な顔を向けられる。


「あんな石しかないところをか?」


 やはりというか予想通りと言うか、獣人は生存に適しているかどうかだけで縄張りを決めているらしい。そして碌に食糧が取れない山肌当たりの土地は全く人気がないらしい。


「問題はあるか?」

「「ない」」


 一応の確認を込めて聞いてみると双方とも何の問題もないと主張する。


「縄張りを持つにあたっていくつかやることがあるんだが」

「山なら問題ないだろう」


 二人の言葉に疑問を投げかけると答えてくれる。


 縄張りを持つ際は周囲の氏族に挨拶に行き、縄張りにできる範囲についての確認を行うそうだ。縄張りと被っていない部分に関しては何も問題ないのだが、もしかぶっている部分があったら、その土地を賭けての戦いが必要とのこと。


 だが今回の場合だと、岩や石しかない山肌に縄張りを持つということでその確認が不要だという。


「だが、一応は周囲の氏族にそこを縄張りにしたって挨拶しに行く必要がある」

「了解だ」


 どうやら周知させるために周囲の氏族を回る必要があるらしい。


「ほかに何かあるか?」

「特段はないよな?」

「だな、でも周囲に影響を及ぼしそうなら相談しに行くぐらいか?」

「まぁそうだな、迷惑を掛けないなら何してもいい。けど何かしらの影響があるなら事前に許可を取りに行ってくれってぐらいだな」


 何とも甘すぎる管理方法に肩透かしを食らった気分だった。


「まぁ現状で必要な話し合いは以上だろうか」

「一ついいか」


 今度はレオンが声を上げる。


「クメニギスと戦争の可能性がないわけでないんだよな?」

「ああ」

「なら軍は解散しないほうがいいか?」


 現在、獣人は万近い数がいる。その数がいるのはクメニギスの脅威に対して、各地の氏族から集めたからだ。だがクメニギスの脅威が減った今、その軍を維持する必要があるのかどうかだ。


「こちらとしてはいてもらうと助かるが、無理にいる必要はないというほどだ」

「つまり?」

「解散したいなら帰ってもいい。だが一応の保険として3千ほどは残してほしいぐらいだな」

「おう、わかった」

「ほかは?」


 もう一度確認すると今度こそ、質問はなかった。


「最後にそれぞれがどんな動きをするかをすり合わせておくぞ。まず―――」


 それからはそれぞれの今後の確認を行い、話し合いは終わった。







 それからの動きは何ともせわしなかった。エウル叔父上と共に担当区画を回り、建物の種類と数、物資、人員の状況、および部隊運用を事細かに確認する。それだけでもこの日のすべてを使ってしまった。













 そして次の日だが、朝早くに起きるとすぐさま飛空艇を起動してヨク氏族の元へと出立することになっていた。もちろん理由は縄張りについてだ。


(おそらくは今日の昼頃には着くだろうな)


 以前通った距離の日数とルンベルト地方からグロウス王国の飛行距離を単純計算した結果がそれだった。


 そして軽く点検を終えて、飛空艇に乗り込むのだが。


「ふぁ~~眠い」


 そして当たり前のように飛空艇にはレオネが乗り込んでいた。


「さっきも言ったが、おとなしくしていろよ」

「あい~」


 何とも眠そうな返事が返されて心配になる。なぜレオネが飛空艇にいるのかというと、日が昇る前から飛空艇を止めている訓練場に向かっていると、なぜだかそこにレオネが現れ、連れて行ってと駄々をこねたわけだ。


(しかも厄介な連中を味方を付けたときたからな)


 もちろんこれがレオネだけなら仕事だということで強引に置いてくることもできた。だが今回のレオネには厄介な仲間が出来ていた。


「バアル様、テト・・殿の思惑はやはり……」

「ああ、だろうな」


 レオネの味方に付いていたのはまさかの実母であるテトやマシラを筆頭にした女衆だった。


「とりあえず、その問題は先送りで良いだろう。すぐに表面化する問題でもないことに加えて、今はほかにやることがある」


 そして飛空艇に乗り込むとレオネを展望デッキに押し込め、その監視をノエルに任せてから俺とリンはコックピットへと向かう。


 コックピット内に入ると席に着き、装置を作動させる。そしてゆっくりと浮き上がり、飛び立ち始める。飛び立つと同時に様々な機械の電源を入れ始める。それによって様々なカメラや撮影機器が動き始めて外の光景を記録し始める。


(飛空艇があれば正確な地図が作成可能となる。しかもより鮮明に)


 大まかな地形の確認を行っている。そして同時に景色を撮影して、機械による正確な地図の作成も進めている。


(あとは待つだけだな)


 それから画面に映る作られた地図と外の光景を見比べると同時に様々な計測機器に気を配りながら飛空艇は進み続ける。








 それから数時間、何の問題もなく飛空艇が推進しているとアルバンナのサバンナ地帯を越えてアマングルの密林地帯に差し掛かってきた。


「これでは正確な地図は作りにくいですね」


 リンはコックピットから外の景色を見ながらそうつぶやく。


「そうだな見る限り・・・・では、まず地図の作成は不可能だろう」


 同じく外の景色を見下ろすと、高い樹々の天辺のみが見える光景しかなかった。


「ここから先はどうするおつもりですか?」

「何もしない何よりの地形がまず判明すれば上々と考えていたからな、無理に暴く必要もない」


 これから先、誰の案内も付けずにアルバングルを歩き回るという事態にはほとんど遭遇しないため、精密な地形情報は要らなかった。


(それに、植物などで正確な地形がわからなくても、何も問題がないからな)


 この飛空艇には当然のようにソナー装置が取り付けられてている。また前世ではこのソナー装置をドローンに取り付けて精密にどんな地形をしているか調べる技術があった。当然、その技術は模倣可能なため、すでにその機能をこの飛空艇に取り付けている。よってただ上空を飛んでいるだけで十分な地形情報を得ることが可能だつた。


「しかし、何とも穏やかですね」

「穏やか、か」


 飛空艇が空を飛ぶ、それは絶対的に安全だという保障はまず存在しない。しかも現在は海上ではなく陸の上を飛んでいる、そうなればいつ襲撃されてもおかしくはなかった。


「リン、言霊って知ってい」


 ビィィイーーーーー!!


 仄めかすような言葉に注意を促そうとすると、予想通りと言うかなんというか警報が鳴り始めた。

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