第305話 国の要求と個人の要求

(イピリア、起きているか?)

『久々に起きとるぞい、それでディライがこの場を盗聴していないかどうかじゃろう?』


 イピリアに問いかけた理由はまさにそれだ。エルフが契約している精霊は個体によりできることの差が顕著に表れる。その中で情報を盗み見ることや聞くことが出来る存在がいないとは限らなかった。


『精霊にすら通用する術を使っているならお手上げじゃが……そうでないならこの場には何も残滓は残っておらんな』

「(となると)リン、音の遮断」

「わかりました」


 リンが軽く頷くと、風の流れが変わったのが肌で感じられた。


「さて、これからは騎士団長でもなくゼブルス家の嫡男という肩書でもないアルバングルの大使としての肩書で話を進める」

「若、それは俺が聞いてもいいのですか?」


 エウル叔父上はゼブルス家に所属する騎士だ。そのため国同士の会談に参加できる身分ではなかった。


 だが


「現在ルンベルト地方の守護を担うエウル叔父上には参加してもらう方が話が早いです。そのため今回は同席を許可します」

「わかりました」


 こちらの雰囲気を感じ取ってか、エウル叔父上は姿勢を正す。


「まず暫定的な王であるバロン・テス」

「お、おぅ、なんか調子狂うな」


 バロンは名を呼ばれると何とも戸惑った返答をする。


「グロウス王国から見ればバアル・セラ・ゼブルスのとりなしにより国としての組織としての認識はできるようになった」

「いや、自分で自分のとりなしって言うか?」


 今度はテンゴの言葉が挟まるが気にせず話を進める。


「それで、今後ともグロウス王国と良い関係を築くにあたっていくつか必要な条件がある」


 俺はグロウス王国から持ってきたいくつかの書類を取り出す。


「まずクメニギスの侵攻を防ぐために軍の防衛権、駐在権、治外法権を認めること。そしてアルバングルにおける外交権の全面譲渡、およびルンベルト地方における自由に施設を建てる権利を認めること」


 それらの条約が書かれた書類をバロンに見せる。


「そしてルンベルト地方からアルバングルまでにおける地域の管轄を完全にグロウス王国に譲渡すること」

「すまん、それはどういう意味だ?」

「簡単に言えば、土地を明け渡してもらうということだ」


 そういうとバロン達は渋い顔をする。


「なんだ今になって惜しいか?」

「いや、そうじゃない。この辺りを縄張りにしている連中になんて説明したもんかと思ってな」


 今はリクレガの土地を使っているが、ここでもひと悶着あったという。


「まぁこの土地に関しては後々の契約となる」


 王家から派遣されてくる役人がその眼でこの土地を見て、バロン達の話し合いのうえでどれだけの土地を受け取るのかを定めるからだ。


「そして同時に追加の項目がある」

「ん?話はそれだけじゃないのか?」

「ああ、グロウス王国はアルバングルに対して防衛費・・・を請求する」


 なにもグロウス王国は身銭を切ってまでも防衛をする気はない。そのためにアルバングルに対して防衛費を請求するのは自然な流れだった。


「初耳だな」

「まぁな。やはり防衛のほとんどがこちらでの負担となるわけでな、こればかりはどうしようもない」


 前世での日本もアメリカの軍のための経費を払っていた。ここでもそれと同じようなことが起こることになる。


「金銭にして……と言うより貨幣制度がアルバングルにはないから当分は物納になるが」


 貨幣制度がない国で金銭要求はできない。だがその代わり、自国の貨幣を導入することが可能だった。


「そこらへんも、本格的な代理人が決まったら打ち合わせが必要となる」

「了解だ」

「……不満に思わないのか?」


 獣人達は防衛費を支払うのに忌避感が無いように見えた。


「なぜだ?何かをやってもらうなら対価がいる、それだけだろ?」

「……まぁ、お前たちがそれだけでいいなら問題ない」


 バロン達が何も言わないのならこちらも特に言及する必要はない。


「まぁ、ここまでが俺が陛下にいい渡されたアルバングルを守護するにあたっての条件となる」

「おし!要約を頼む!」

「……ルンベルト地方を守るために軍を滞在させろ、その際に土地をもらう、また人族の軍がいるため規律や法律はグロウス王国の物を採用すること、クメニギスからの侵略にアルバングルに許可なく防衛させてもらう、そして兵士が快適に住めるように自由に建物を建てさせろ、こちらに不利な条件で話し合いをされては困るから他国との交渉にはグロウス王国が入ること、破ればすべての交渉の効力を無効とさせてもらう、そして最後に防衛にかかる費用をそちらにも負担してもらうということだ」

「おし!わかった!!」


 能天気にそういうがことはそう単純じゃない。


「とはいっても本格的にこの条約を結ぶのは、様々なことを事細かに調べつくしてからだな」

「じゃあそっち待ちだな」

「一応な、だがバロンの方もこれから忙しくなるだろう?」

「??なんかあったか?」

「……あるに決まっているだろう」


 バロンはのんきに待とうとしているがそうはいかない。忙しさで言えば俺よりもバロンの方がひどくなるだろう。


「まずはアルバングルとしての基盤を固めることだな」

「と言うと?」

「アルバングルという国となりバロンが王となった、それをどれほどの氏族が知っている?そしてその氏族から賛同を得ているのか?王となって何をするつもりだ?」


 軽く思いつく限りを問いかけるとバロンは物言わぬ岩のように固まる。


「つまり、このバカ亭主が王としてしっかりとしろと言うことか?」

「ああ、それも人望が厚い、腕っぷしが強いという意味合いだけじゃない。きちんとした秩序と規律を作ってそれを広めること、すべての氏族を管理して、しっかりとした統治機構を作り出すことを意味する……バロン?」


 軽くどのようなことをするのかを説明するとバロンから苔が生える幻覚が見えた。


「それに付け加えると、グロウス王国と国交を続けたいならバロンもそうだが主要なメンバー全員がフェウス言語を習得してもらわないといけない。もちろん俺がいるときはいいが、何時までも一緒に居られるわけじゃない。またエルフに頼ろうとしても無駄だぞ、ディライを外したのもそうだが、大事な席で第三か国目であるノストニア所属のエルフには翻訳は頼めない」


 そういうと先ほどまでバロンに対してご愁傷様と言う哀れみで見ていた全員がこちらに驚愕の視線を向ける。


「あと、俺はこれからかなりの忙しさとなるからそちらの相談にはそこまで乗れない。現に明日明後日には俺はヨク氏族の元に行き、その後、リクレガを経由してグロウス王国に戻る手はずだ。今のところ質問は?」

「一つあるぜ」


 するとバロンの隣で静かにしていたテトが声を上げる。


本当に・・・要求はそれだけなのか?」


 テトは何の気なしに質問をするが、その質問は本質を捉えていた。


「テト、どういうことだ?」

「バカ亭主、今のあたしらは完全に庇護される側なんだ。それに対してこれだけの要求はおかしくないかい?」


 テトの言う通りだった。獣人は現状クメニギスに侵略されないためにグロウス王国に頼り切っている。いわばグロウス王国が最後の砦だ。その砦が無くなれば獣人は蹂躙されるしかなくなる。


「いまの状況は氏族の危機を旅人が救ってくれた、だがその旅人は森で取れる果実の数個だけを報酬に願っている。そんな状況を怪しまずにはいられないだろう?」


 そうグロウス王国は全ての交渉事にて足元を見ることが出来る。当然、防衛費も様々な理由をこじつけて莫大にさせてもいいし、何だったら獣人側に強制徴収させてもいことになる。


「で、どうなんだバアル。お前の国はどんな思惑を持っている?」


 テトを筆頭に問いかける疑問が送られる。


「どんな思惑、か。理由はいくつかあるが主だったものは三つだな」


 そういうとバロン達は前のめりになりこちらの言葉を待つ。


「一つ目は現状、無理強いする理由がないからだ。せっかく新しい関係を築けたというのに、過度に無茶な要求をしてそれを壊す理由がない。短期的に多くの利益を得るか、長期的に薄く利益を取るかの二択があり、グロウス王国は後者を選んだというだけだ」


 例えば偶然いい土地の権利書が転がり込んできたとする。その時に即座に売りそれなりの金を手にするか、ビルなどを建て莫大な費用が掛かってもいずれはその何倍もの利益を手にするかの二択がある。それと同じような問題だ。前者は権利を手放すことにより短期的に大金を手に入れられて、後者は様々なリスクがあるが権利も残り、そのうえで総合的な利益は何倍も手に入る。


 今回は獣人の信用関係と言う他国にはない物を取りながら、長期的に利益を得る方を選んだというだけだ。


「そんな利益があるとは思えんがね」

「そう思うだろう?だが、俺からしたら、お前たちの国にはとてつもない金塊が眠っているようにしか見えないというだけだ」


 現に飛空艇にとって必須となる飛翔石の生産地がアルバングルにあるぐらいだ。さらには獣人の生活では大々的な金属は使われていない。となればその分の鉱脈がどこかしらに眠っているはずだった。


「そして二つ目、いざという時の借りにしておくため」

「どういう意味だ?」

「そうだな……俺に命の危機が迫っている時に助けてくれるか?」

「「「「「「当たり前だ」」」」」


 問いにはすぐさま全員が答えてくれる。


「簡単に言えば、その状態を国と国とで結びたいということだ。立地的な条件ではアルバングルとグロウス王国は最適だと言えるからな」

「それはクメニギスともそうじゃないのか?」

「それが、そう簡単じゃない」


 隣接しているという状況は、友好的にもなりやすいが、言い換えればすぐさま戦争が勃発しやすい状況。過去を鑑みれば、些細なことで何度もクメニギスやネンラールと衝突を繰り返している。だが今回できたアルバングルはそうではない。隣接していないからこそ、共通の敵がいたからこそ友好国に最もなりやすかった。


「そして三つ目、それが俺の存在だ」


 これには全員が首をかしげる事態になってしまう。


「現状、アルバングルにどんな思惑が向けられても、俺はそれを阻止できる立ち位置にいるということだ」

「あの空を飛んでいた物か」


 その通りだと、俺は首を振る。


「現状では今アルバングルへの行き方は空路しかない。そして空路を使うならゼブルス家、ひいては俺の力がないと意味が無い。そしてアルバングルに干渉したいなら確実に俺を経由しなければいけない」

「つまりバアルにとってしてほしくない干渉の場合は、バアルが阻止できるわけか」


 その言葉には張り付けた笑みで返答する。


「さっきも言ったが、俺から見てこのアルバングルは宝の山にしか見えない。そしてそうであるからこそ、俺はお前たちの盾になって不和をもたらす干渉を抑えているということだ」


 と、耳触りの良い物言いをするが実質的には獣人側、そしてグロウス王国側の連絡網を一手に握ることにより、それぞれの干渉を自由にするのが目的だ。


「さて、ほかに質問は?」


 もう一度問うと誰からも言葉は上がらなかった。

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