第287話 帰宅
その後は宰相が前に出て、今後のことについていくつか確認して解散となる。
謁見が終わり、夕暮れ時。王城のとある一室で四人の人影があった。
「これで満足か?」
「ええ、陛下には様々な配慮をいただき感激の極みです」
これで飛空艇は全てゼブルス家が所有することになる。もちろん戦争時には参戦する義務が発生するが、それでも平時はこちらで運用していいことになる。
「しかし、本当によろしいのですか?この騎士団の運用をすべて私に任せても?」
謁見の場では王家に軍権があるとは言ったが、事前に陛下からすべてをこちらに任せると約束されていた。
「問題あるまい。ゼブルス家が反乱を起こせば話は別だが、リチャードもお主もそんなことする理由がない」
ゼブルス家は優遇はされているが不遇な扱いは受けていない。このような状態の中でわざわざ反乱を起こす必要性はなかった。
「それに作り出すのはバアルだ。もし王家が無理に取り上げれば、そっぽを向き、飛空艇の生産を何かにつけて止めるだろう?それにお主なら飛空艇に細工をするのも簡単だ。なら有事の際を除いてすべてを認めて国の利となって持った方がいいに決まっておろう」
そう、結論はすべて俺に帰結する。
現在俺から製法を聞き出さない限り飛空艇を作れるのは俺しかいない。それが意味するところは、俺が協力しないと決めただけですべての飛空艇が止まる可能性を秘めていることになる。
「魔道具事件から7年たって忘れている者もいるだろうが、魔道具に関してはお主の機嫌を私でも損ねられんのだ」
「はは、ご冗談を。しかしそれならさらに私の影響力が高まってしまいますが?」
新たな騎士団である『機竜騎士団』。それは飛空艇を運用する空を支配する勢力だ。前世を見ればわかるが空を制していればどれだけ戦闘が楽に進むかはわかりきったことだった。
「
エウル叔父上率いる軍隊が現在アルバングルに滞在している。そう考えれば今回の騎士団もそこまでおかしい話ではない。
「さて、すまないがそろそろ時間だ」
「お時間をいただきありがとうございます」
こうして謁見後の会話を終える。
その後王城から王都ゼブルス邸に戻るのだが。
「おかえり」
「……ずいぶんとくつろいでいるな?」
自室に入ると、ソファに横になりながら本を読み、菓子をつまんでいる婚約者の姿があった。
「誰も使っていないでしょ?なら私が使っても問題ない」
「まぁ、重要な書類はここにはないからいいが」
本棚に飾ってあるのは何の変哲の無い参考書や図鑑、辞書などだけ。机の中もペンやインクと言った文字を書く道具しか入っていない。
「それよりも、戻ってきたのね」
「ああ、疲れたよ」
「そう、お疲れ様」
クラリスは一言だけ告げると、そのまま本を読み始める。
「そういえばノストニアの人たちが来ているのよね?」
「ああ」
「誰が来たの?」
「ん?知らされていないのか?」
机に座りながら問いかけると、クラリスは寝ながら首を横に振った。
「一応は私は樹守だけど、所属違いの情報はこっちに流れづらいのよ」
「そんなものか。使節団のリーダーはフーディ、『青葉』の『大樹』と聞いている」
するとクラリスは何とも微妙な顔をする。
「フー爺ね、悪い人ではないのだけど、苦手なのよね」
「意外、でもないか」
フーディとクラリスの性格が合うとはさすがに思えない。
「それよりも、この屋敷にいるソフィアなのだけど、彼女は何?愛妾にでもするの?」
「なわけあるか。アルムも知っているがフィルクの要人だ」
「へぇ~」
問いかけに答えたが、クラリスの声に関心はなかった。
「それよりもセレナはどうした?」
「何でも金稼ぎのいい依頼があったから数日前から遠征に行くと言ってたわ」
「……まぁ、特別な仕事も割り振ってはいないからいいが」
セレナが金欠なのは今に始まったことではない。
「まさか、フー爺は来ていないわよね?」
「ノストニアの外交団だからな、今頃王城で歓待を受けているはずだ」
「じゃあ、
クラリスが起き上がると窓の傍に移動する。そして指をさしたのは10台ほどの馬車の列だ。
「ああ、彼らはアルバングルの、獣人の使節団だ」
「獣人ね……知識では知っているけど、本物を見るのは初めて」
すると馬車から降りたレオンがこちらを向く。
「紹介は必要か?」
「任せるわよ。フー爺が知り合っているなら私が無理に知り合う必要もないから」
そういうと、再びソファに横になり始める。
「あ、ノエル、お茶のお代わりをお願い」
「かしこまりました」
「リン、できれば少しだけそよ風を起こしてほしいのだけど」
「わかりました」
二人をいいように使い再び横になり始める。
「まぁ、仕事の邪魔をしないならいい」
その後、机の上で必要な書類の作成をして時間が過ぎていく。
謁見を終えてから数日経つ頃、様々な書類を馬車に積み込みゼブルス領を目指していた。
「なんだよ乗らねぇのかよ」
そしてレオンは移動する際に飛空艇に乗れると期待していため、馬車の中でぶー垂れている。
「文句を言うな。急ぎでもないことに加えて、飛空艇は一機しかない。その点を考えると、馬車の方が効率がいいに決まっている」
ゼブルス領へ時、数人であれば早いだろうが、今回はアルバングルの使節団、そして山のようになっている書類を持って行く必要があった。
「しかし、お前に婚約者がいるとはな」
レオンが隣であくびをしているクラリスに視線を向ける。
「さすがにこの年で貴族の嫡男に婚約者がいないのは問題だからな」
「あら、それだと誰でもいいように聞こえてくるけど?」
「言葉の綾だ。もし選べるならクラリスを選ぶよ」
「好意で?それとも利益で?」
「さぁどっちだろうな」
俺たちの間に甘い雰囲気などなかった。それはお互いに納得しているし理解していたからに他ならない。
「しかしいいのか?なんかこう、サインとかしなくて?」
「どうしてだ?」
「いや、防衛権とか駐在権とか何とかをバアルにやることになっただろう?ならなんか書くんじゃないのか?」
今はまだレオンとの約束は書面にしてはいない。
「理由は様々あるが、最も大きいのがアルバングルを本格的に軌道に乗せてからじゃなければ意味が無い点だな」
国を本格的に作り上げる前に約束しても国を作る過程で抜け道を作られてはこちらとしてはたまったものではない。なので向こうでアルバングルの国づくりと並行して条件を詰めていく必要があった。
「それにレオンはそんなことはしないだろう?」
「ああ、約束は守るさ」
レオンが胸を張る。
「あの、バアル様」
「なんだ?」
同じ馬車にいるリンが話しかけてくる。
「セレナが同行していないのですが」
「ああ、仕方がないから置いてきた」
セレナが帰ってくるのはあと三日後らしいが、そこまでわざわざ待つ必要はない。
「あいつに会うのは今度王都に訪れてからでいいだろう」
「……それもそうですね」
リンも今無理にセレナを連れて帰る必要はないと理解した。
「ちなみにだが、バアル」
「なんだ?」
「……お前の国では嫁は一人か?」
レオンが何とも言えない顔で訊ねてくる。
「側室ということなら複数人だな。下手すれば平民でも愛人を作っている場合もある」
この答えにレオンは何とも言えない顔で固まる。
「どうした?」
「いや、何でもない」
変な雰囲気になりながら馬車はゼブルス領へと進んでいく。
「ようこそ、ゼブルス領へ。歓迎するよ」
「******」
「こちらも会えることを楽しみにしていた」
王都を立って一週間経つ頃、屋敷の応接間にて、現ゼブルス家当主である父上とアルバングルの大使であるレオンが握手を交わしていた。
「それじゃあバアル、あとは頼む」
「………それだけですか?」
本当に簡潔に顔合わせを終えると、父上はこちらに押し付けようとしてくる。
「ここは同年代のバアルの方が会話しやすいだろう?」
「………はぁ、わかりました」
そういうと父上は立ち上がって、退室していく。
「アルバングルのことは全てバアルに任せるから。それと今日は宴があるからな楽しみにしていてくれ~」
父上の対応にレオンはなぜか親しみを感じた様だった。
「バアルの親父は話が早くて助かる」
「……ああ、そうだな」
いつもならそれなりに対応するのだが、今回に限っては早めに切り上げる。レオンにはまどろっこしい話がいらないと気付いているためなのかはわからないが、今回の対応は正解の部類に入っていた。
「さて、これからのことを話すが」
「おう、俺が眠くならないように頼む」
「……」
思わず眉に皺が寄った俺を誰が責められるのだろうか。
「(仮にも大使だろう)とりあえず、当分の間はこの屋敷で過ごしてもらう」
「おう」
「その後、設立した『機竜騎士団』の飛空艇でお前たちをアルバングルに届ける」
「おう」
「だからその間はおとなしくしていろ」
「話が早くて助かる」
レオンは簡潔に話が済んでよさそうにしているが、問題は次だった。
「そしてその際に一つ条件がある」
「なんだ?」
「エナはマスクができるまで監禁することになるがいいな?」
エナの声の能力を野放しにはできない、そのため対策が完成するまでは人目に付かない牢屋にでも入ってもらう必要があった。
「それは、すこし」
「それでいいぞ」
レオンが苦言を言おうとするとエナ自身から許可が出てきた。
「だが、エナ」
「レオンは黙っていろ。これからは俺はバアルの群れに加わる」
「まぁ……そうだな、ここから先は野暮か」
レオンも事態が終わればエナが俺の配下に加わることを知っているため、ここから先は口出ししなくなった。
「そこまで時間は掛からない。あくまで数日牢に入ってもらうだけだ」
その後、エナの承諾が取れると、レオン達を客室に案内して、エナを数日間牢へと閉じ込めることになる。そして歓迎の宴が行われ、仲を深めていくことになる。
そして一週間後。
「ねぇ、兄さん」
「ねぇ、兄様」
執務室で忙しく書類を片付けていると、小さな来客がやってきた。
「どうした?」
「空飛ぶ船に乗ってみたい!」
「私も!」
飛空艇は工房から出して飛び去ったため、二人にも見られている。そして子供ならこの反応が出てくるのは十分予想で来ていた。
「すまんな、アレはまだ動かせないんだ」
「「え~~」」
飛空艇は現在工房にて分解している。その理由はフライトによる影響を調べているため。なのですぐさま飛び立つということはできなかった。
「じゃあ、遊んで」
「二人の授業は?」
「「終わった」」
二人についてきたカルスとカリンに視線を向けると頷く。
「そっか、でも俺はまだ仕事があって」
バタバタバタバタ
廊下からなにやら慌ただしい足音が聞こえてくる。
「若様、こちらにご当主様はいらっしゃいますか?」
若い執事がノックもせずに入ってくる。
「いない。何があった?」
「ご当主様が執務室から
二人の前のため笑顔を崩さないがきっと額には青筋ができたと思う。
実は俺が帰ってくると同時に父上には様々な仕事が生まれていた。もちろん俺にもそれなりに仕事があるが、父上はそれに比較にならないほど仕事があった。
アルバングルにいる軍の書類、マナレイ学院から臨時でこちらに研究室を作るための書類、日常で出てくる書類、そして騎士団設立に伴う書類が小さい部屋ならそれだけで埋め尽くされるほど存在した。
「見張りはどうした?」
「振り切られました」
さすがに量が量のため部屋に留めているように見張り置いたのだが、どうやら目を盗んで逃走したらしい。
そして二人を見て一つの案を思いつく。
「じゃあ、久しぶりに遊ぶか」
こちらの言葉に二人は喜ぶ。
「兄さま、何する?」
「そうだね、狩人ごっこなんてどうだ?獲物は父上、そして二人は狩人だ」
「楽しそう!」
二人はやる気になってくれた。
「カルス、カリン、執事長に連絡して護衛を十人ほど用意してくれ」
「「わかりました」」
二人は執事長に連絡するために部屋を出ていく。
「ノエルは母上に執務室にいるように指示してくれ」
「かしこまりました」
母上は父上を執務室に閉じ込めるための鍵の役割をしてもらう。
「私はどうしましょうか」
コンコン
部屋の中にいたリンと、壁に背を預けているエナが指で壁を叩く。
「リンは俺の護衛だ、エナは――」
エナに視線を受けると、マスクで顔から下半分が隠れていた。
「お前はこの部屋で待機だ」
こちらの指示にエナは頷く。
「それじゃあ行くぞ」
二人を抱えて部屋の外に出ていく。
「さて、今から往生際の悪い豚さんを捕まえるぞ」
「「お~」」
二人の元気な声を聞いてようやく忙しくも平穏な日常に戻ってきたことが実感することとなった。
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