第286話 新たな力

「皆の者、ご苦労であった」


 王座の間にて、外交団および、アルバングルとノストニアの使節団が跪く。


 クメニギスの時とは違い、これから庇護を受けるアルバングルと友好国であるノストニアは礼を尽くす対応をする。


「面を上げよ」


 陛下の声で跪いた体勢のまま顔を上げる。


「さて、レナードよ。今回のことの顛末をお主の口から語ってもらおう」

「承知しました、では――」


 レナードは立ち上がると、部下の一人から事の顛末が書かれた書類を受け取り、口を開く。


 そして語られたのが外交団がグロウス王国を出てから帰ってくるまでの行動のすべてだった。


「―――その後、キビルクスを経由して王都へと帰還しました」

「うむ、ご苦労だった」

「国に貢献するアズバン公爵家の役割ですのでお心遣いは不要です」


 レナードの言葉を聞いて王座の間にいた貴族が拍手を送る。


「うぬ、それでバアル・セラ・ゼブルスよ。お主にも感謝を、よくクメニギスに連れていかれた国の民を見つけてくれた」

「いえ、貴族として当然の行動をしたまでです」


 陛下の視線がこちらに向く。


「最初にお主が獣人に連れ去られたと聞いて肝が冷えたぞ」

「ご心配をかけて申し訳ない。ですが、その代わりに彼らと知り合えました」


 視線がレオンに向けられる。


「そうよな、本当は殺されてもおかしくない状況だったはず。だがお主は彼らと話を付けて様々な行動を行った。豪運というよりも悪運に近いな」


 陛下の言葉に失笑が漏れ出てる。


「できれば運の女神にもう少し穏便にと苦言を申したいほどです」

「はは、その分、様々なものを得ていると思うがな」


 陛下の言うリターンは異常なほど多い。だがその分苦労はあった。


 そして次はフーディに視線が送られる。


「ノストニアの者よ、お主にも礼を。ノストニアの助力があったおかげでここまで事が運んだ」

「そう、陛下にお伝えしておきます」


 フーディも最低限の礼を尽くして、両者の会話は終わる。


「さて、アルバングルの大使、レオンよ」

「****」

「横から失礼、彼の翻訳は儂が行います」


 残念ながらレオンはフェウス言語がしゃべれないため、グレア婆さんが翻訳を務める。


「ほぅ、お主はしゃべれるのか」

「はい、幼少のころに少々縁がありましてな」


 グレア婆さんがなぜしゃべれるのか気になるがそれよりも話が進む。


「さて、レオンよ。お主はアルバングルという国を興したそうだな」

「その通りです」

「そしてお主の国にはクメニギスに対応する手段はない違うか?」

「その通りです」


 レオンはいちいちグレア婆さんに翻訳しながら答えていく。ちなみにグレ婆さんが敬語で話してはいるが実際は普通に話していた。


「バアル、彼らと取り付けた条件を話せ」

「は!」


 レナードの様に立ち上がると、事前に話していた内容を告げる。


「まずアルバングルの要求ですが、ルンベルト地方の防衛、また奴隷問題に関しての協力。そしてその見返りに、外交権と防衛権の移譲。及びにルンベルト地方からアルバングルに入るまでの土地にて軍の駐在権と治外法権を認めるという点です」


 この条件だとアルバングルがグロウス王国の属国になること意味している。


 まず外交権だが他国との交渉はすべてグロウス王国が間に挟まなければすべての交渉が違法となる。そして次に防衛権だがこれがある限り、防衛に関してはこちらの指示に従ってもらう必要があることを意味する。つまりはグロウス王国が他国に攻め込ませるときにわざとアルバングルに不利な指示できること。


 そして駐在権と治外法権だが、簡潔に言えばそこだけをグロウス王国の領土にできることを意味する。ただどちらにせよ、クメニギスの侵攻を止めるためにはグロウス王国の軍が必要なため、この二つは仕方ない側面があった。


「レオンよ、異存はあるか?」

「いや、無い」


 レオンは迷うことなく言い切る。


「レオン、今お前は全ての獣人の命運を背負っていると言っていい、その上での発言だな?」

「もちろんだ」


 念を押してもう一度確かめるが、レオンはもう一度言い切る。


「どちらにせよ、今の俺たちはバアルの力を借りなければいけない。そしてお前たちが様々な思想を持って動いているのも知っている。俺たちは今は様々なものを失うことになるだろうが、それ以上にバアルなら俺たちを悪いようにしないと信じている」


 全員の静かな視線を浴びながらレオンは言い切る。


「ふむ、バアルなら信用していると?」

「ああ、同じ敵と戦い、同じ釜の飯を食った。それだけで友となるには十分だ」


 その言葉を聞いて陛下は笑顔になる。


「なるほど、ではバアル」

「なんでしょうか」


 陛下の視線がこちらに移る。


「お主をアルバングル大使に命じる」

「謹んでお受けします」


 再び頭を下げようとすると一瞬だけ、陛下が笑ったのが見えた。


「恐れながら申し上げます陛下、アルバングル大使にバアル・セラ・ゼブルス様を任命するは不適だと私は判断いたします」


 だが外交団の一人からそんな声が上がる。


「ほぅ、では誰を推す?」

「外交を生業にしているアズバン公爵家の嫡男、レナード・セラ・アズバン様です」


 これにはレナードは嫌な・・表情をする。


(出来レースに文句を言っても意味が無い。それどころか評判を落とすだけとなるからな)


 実はアルバングル大使に関しては既に話がついている。


「バアル・セラ・ゼブルス様は現在は留学中であれど、本来であれば中等部の二年、とてもそんな重要な役職を任せられるとは思えません」


 陛下は肘を掛けて続けよとの言葉を告げる。


「バアル・セラ・ゼブルス様はゼブルス家嫡男。つまりは次期公爵となる身です。公爵家の嫡男は高等部を卒業するのが通例、そんな彼が中等部中退などという選択はあり得ません。その点で言えばレナード様はすでに高等部を卒業し、お父君の様に様々な外交に携わっております。どちらを選ぶべきかは明白かと。それに付け加えるならバアル・セラ・ゼブルス様はスキル研究機関の主任に加えてイドラ商会会長をも兼任しているそうではないですか。そんな彼をクメニギスのさらに先のアルバングルの大使に任命するのはいささか不合理かと」


 部下の言うことは最もだ、周囲もこの意見を聞いてそれがいいのではと思い始めている。


 だが


「この決定は変わらない」


 陛下の答えはこの一言だけだった。当然そうなれば周囲にざわめきが走る。


「だが一応は理由を説明しておこう。まずレオンよ」

「なんだ?」

「確認だが、バアル以外がそちらに赴く場合、すんなりと行くと思うか?」

「無理だ。あいつらは一緒に戦ったバアルの配下だから問題が起きていないだけで、それ以外は嫌悪感を持つはずだ」


 一応はグレア婆さんが波風立たないように訳しているのだが、こちらからしたらいつそのまま訳されるかと思ってひやひやとしている。


「それともう一つの理由だが、先ほど空から降ってきた船を見ていない者はいるか?」


 陛下はわざわざ立ち上がり、力強い声で問いかける。


「アレはバアルが新しく開発した魔道具だ。名を“飛空艇”という」


 その言葉に周囲の貴族が感嘆の声を漏らす。


「ただそれは訳あって、販売することはできない」


 次にやや落胆した声が聞こえてくる。


「詳細は後程伝えるが、飛空艇は一度でも販売してしまえば取り返しのつかない事態になる。そのため生産はするがそのすべてをゼブルス家で運用をすることとなった」


 陛下の言葉でこちらに視線が集まる。


(ほとんどが独占のための嫉妬や羨望だな)


 物の独占というのは利益の一人占めということになる。当然それの需要があればあるほど利益は大きくなっていく。ここにいる連中でどれほどの利益になるかを想像できない者はいなかった。


「そして先ほどの理由を答えよう、バアルはこの飛空艇で陸路や海路を使わずにアルバングルに赴くことが可能になるからだ。今回の件でクメニギスの笑みが本物だと信じている者はおるまいな?」


 今回の件でクメニギスの奴隷を開放した、それはつまりその分の損失を与えることを意味している。当然いい顔をしない者たちもいることだろう。下手すればクメニギスを通っている間に闇討ちなんてこともありえなくはない。


「また、彼は魔道具の開発者だ。自ら運用し、様々な課題点を見つけ、改善することもできるだろう。そして」


 陛下の近くにいた近衛の一人が恭しく豪華な剣を陛下に渡す。


「バアル・セラ・ゼブルス前へ」


 声がかけられると階段の前まで進む。


「バアル・セラ・ゼブルス、お主は国のためにその力を使うと誓うか?」


 何ともな問いかけだがこの場での答えは一つしかない。


「誓います」

「よかろう」


 陛下は剣を高く掲げてからゆっくりと俺の肩の前に持ってくる。


「今ここで新たな騎士団設立を宣言する」


 その言葉で周囲は驚愕の表情が浮かび上がる。


「名は機械仕掛けの船と開発者であるバアルから取るとしよう、その名も『機竜騎士団』。そしてその騎士団長にバアル・セラ・ゼブルスに任命する」

「お受けいたします」


 陛下の前でゆっくりと跪く。


「さて、誤解が無いように告げるが、これは国軍であり、軍権は王家にあるものとする。もちろん裁量権を与えはするが、有事の際はこちらの指示に従ってもらう。異存はあるか?」

「ございません」

「ならば問題はない」


 軍権はさすがに王家が握ることになるが、俺が作り運用する以上、ゼブルス家の軍と言っても過言ではない。


「さて、ほかに異論がある物はいるか?」


 陛下が周囲に問いかけるが反論する者は誰一人としていなかった。

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