第257話 バカとの対面

 四日目の朝、ウェルス山脈とミシェル山脈の中心にて一つの集団が歩みを進めていた。その集団はウェルス、ミシェルのを抜ける少し前で止まると三人の影が離れて進みだす。


「こんな大勢も見送りは要らんというのに」


 その三人の中で一番小さい体躯を持つ老婆は後ろを振り向く。その表情には確かに呆れの部分が多かったが、それと同時にうれしさも現れていた。


「仕方ない、グレア婆さんを知らない奴なんてほとんどいないからな」

「…………血は繋がっていないが、俺たちは確かに婆さんの孫だ」


 そんなグレア婆さんに追従するのはハイエナの獣人エナと蛇の獣人ティタだった。この二人は山脈間を出てからルンベルト駐屯地まで進むための足だった。なにせグレア婆さんは老人であり、かつ亀の獣人だ、とても歩みが速いわけがない。


「それに見てろよ」


 エナは後ろ振り返り、見送りに来た彼らを見る。


「全員が心配そうな顔をしているな」

「残念じゃが、老眼で何も見えんわい」


 グレア婆さんはそういって前だけを見ようとする。だが同時に頬が上がっているのはエナとティタには丸わかりだった。















 そしてその様子をウェルス山脈の中腹から見送っている二つ影があった。


「本当に戦争は終わるの~?」

「ああ、うまくいけばな」

「本当に?」

「本当だ」


 望遠鏡でグレア婆さんとエナとティタがルンベルト駐屯地に向かうのを確認すると、手頃な岩に座り、膝の上でノートパソコンを開く。そして手配した事態に進んでいることを確認する。


(時間も問題ない、それにロキも無事に合流・・し終わった。そして今使いの者がルンベルト駐屯地に向かっている、か)


 簡易的な地図で場所を大まかに把握すると、こちらに近づいて来ている点があった。


「それとこっちの確認もしておかないとな」


 通信機を取り出して、通信先を合わせる。


「聞こえるか?」

『無事に聞こえとる。しかし本当にエナとティタを連れてきてよかったのか?』


 通信先はグレア婆さんだった。


(口の中でも十分に通信できるな)


 ややくぐもった聞こえ方をするが、それでも十分聞き取れるため問題ない。


「エナとティタは人族の対応などをよく理解している。レオン達が手配できる中で最もグレア婆さんと行動させるのに適している」


 グレア婆さんの足となるものはほかにも候補がいたのだが、人族の対応を間違えない人選をしなければいけないため、あの二人が選ばれた。


(それにエナの鼻の力が本物なら適切なタイミングを計ることが出来るはずだ)


 またそれに加えて、エナのユニークスキルの力が働くことも期待していた。


 そしてティタが選ばれた理由なのだが、彼自身がエナのそばを離れないことに加えて、仮に敵対することになっても大規模に毒を散布できると踏んだためだ。要するに毒の爆弾ということだ。


「バアル、グレア婆さんがたどり着きそうだよ~~」


 いつの間にか傍にあった望遠鏡はレオネが使っていた。ため息を吐きながら予備の望遠鏡を取り出し、レオネの横で様子を確認する。さらにイヤホンとマイクを身に着ける。


(さて、うまくいってくれよ)











〔~グレア婆視点~〕


「本当に大丈夫かね?」


 現在、人族の軍がいるルンベルト駐屯地とやらに向かっている。


 すでに歩いて10分ぐらいの距離に来ていて、すでに人族の軍は儂らを捉えていた。


「やはり事前に教えられていた通りかのぅ」


 儂の視線はティタが持っている旗に向く。ティタが持っている旗には白と赤が上下に分かれていた。


「ああ、人族では交渉の意志になるんだとよ」

「不思議なもんじゃな」

「……ああまったくだ」


 旗を掲げるだけで交渉が成立するのならどれだけ楽なのかと思う。


『人族も昔は大きな戦が頻発していたからな、その名残だ』


 奥歯に仕込んだ通信機からバアルの声が聞こえてくる。


「そうかそうか、それで、このまま向かってもいいのか?」

『いや、一度そこで止まれ』

「??このまま駐屯地に入るのではないのか?」

『ああ、こちらが交渉の意志があっても相手がその意思があるかがわからないからな』


 今わしらのいる位置は全力で戻れば逃げられるだろう立ち位置。もし相手に交渉の意志がないのなら、ただ攻撃されることになるのだという。


『これがグロウス王国との戦争だったら門前まで行って声をあげられるんだがな、お前たち獣人だと通例が通じるかどうかがわからないからな』

「それもそうじゃの、だがどうやって交渉が始まるのじゃ?」

『簡単だ、相手が同じように旗を掲げれば交渉する意思があるということだ、どこかしらに同じ旗が刺さっていないか?』

「エナ、この旗と同じようなものがどこかしらにないか?」


 残念ながらわしの視力では旗は見えんかった。


「あるな、俺たちのちょうど正面にあたる部分にわざわざ持って旗を掲げている奴がいる」

『それじゃあ進んでいい、さすがにここまでしてだまし討ちはないだろう。不安なら隣にいるエナに確認してくれ』


(……はぁ~お互い、警戒心が強いのが仇になっているようだのぅ)


 それからエナに確かめるべくもなく門まで進む。すると一人男が門に乗り出し声を上げる。


「おい!獣!!お前ら、その旗の意味を知っているのか!!」

「無論だ!出なければわざわざ掲げたりせん!!」

「っ!!門を開けろ!!」


 その言葉が発せられると、重厚な門が鈍い音を立てて開いていく。


「さて、行くぞ」


 儂の言葉に二人が頷くとそのまま門をくぐりだす。















 ルンベルト駐屯地、ウェルス山脈とミシェル山脈の入り口から少し離れた場所に位置する。役割は主に物資の貯蔵、各ルートへの物資の発送、情報の受け渡しの場として用いられる。また当初は魔法で土を盛り上げ壁にし、その中にテントを張り物資を貯蔵するためだけの役割を持っていた。だが今となれば中央ルートから撤退した3万近い兵が駐屯地に滞在するため拡張を行っていた。土の壁は石の壁へと姿を変えて、大きさは5倍に広がった。また中もテントだけではなく、兵の宿舎として建てられた簡易な建物や、物資を貯蔵するための倉庫、わざわざ戦地に来ている商人のための広場や特大のテントが建てられている娼館などなどが立ち並んでいる。蛮国を攻略することになれば結局町が必要になるため先んじて作り上げたといっても過言ではない。



 そんなもはや町と言ってもいいほど様子を変えた駐屯地に三人の獣人が交渉に来ていた。












(視線があるのぅ)


 門をくぐると態度が悪い兵に指揮官のいる場所まで案内されるのだが、道中に刺さる視線のほとんどが悪意に満ちていた。


(特にエナが危ういな)


 獣人とは言え、基本は人と変わらない。そんなエナが武装せずに駐屯地を歩いていることの危うさは計り知れない。


「あれが総司令官がいる建物だ」


 案内役の兵が駐屯地の中心にある一番大きな建物を指さす。


(テス氏族長の家のようじゃな)


 周囲は木材やテントなどの簡易な家に対して、中心にあるその建物だけはしっかりとした造りとなっていた。


「お前らなんかに時間を割いているんだ、キビキビと歩け」


 当然案内している兵もこちらに友好的ではなく、老婆に早く歩くように強要してくる。


(まぁこれぐらいなら問題がないがのぅ)


 儂も獣人の端くれ、身体能力には人族の老人とは比べ物にならなかった。












 様々な視線にさらされる中、建物の前まで進むのだが儂たちはそこで一度止まることになった。理由は建物の前に何やら武装している集団が立ちふさがっていたからだ。そしてその一番前には贅肉だらけで明らかに場違いな人物がいた。


「それではお願いいたします、クラーダ・・・・副司令官殿!」


 ここまで案内していた兵は何かしらの仕草をすると、そのまま来た道を戻っていった。そして取り残されたわしらはその30名に囲まれるしかなかった。


「うむ、それではついてこい獣共」


 そういって建物の中に促される。


『気を付けろ、あいつは危険だ』


 儂らも続いて建物の中に入るが、すぐそばに寄ってきたエナが警告してくる。


(エナが警戒しろと言うか………どうやら無事に帰れるのかわからんくなったのぅ)


















 それから入り組んだ通路を進むと、一つの部屋にたどり着く。中には何もなく、あるのは一つの机と、座り心地がよさそうな椅子が一つ、また対面には逆に座り心地が悪そうな椅子が一つある。


「座れ」


 クラーダと呼ばれた人物はいい椅子に座り、対面の椅子を指し示す。


(さて、どうなることか)


 仕方ないと思い、言われた通り椅子に座る。それに倣ってかエナとティタは後ろにつき、それ以外の人族はクラーダの後ろに5人、そのほかは扉や壁に寄り添うように立っていた。


「さて、交渉と聞いたぞ?」

「その通りじゃよ」


 一応は交渉ということを理解しているようで安心する。


「どんな内容だ?」


 あちらは本当に交渉ができるのかという態度でこちらの言葉を聞いている。


「停戦交渉じゃ」

停戦・・?、アハハハハハハハ」


 停戦交渉と言葉を出すと、目の前のクラーダだけではなく周囲にいる人族も大笑いし始める。


「お前らの頭の中には虫が涌いているのか?そんなもの受け入れるわけがないぞ」

「ほぅ、それはなぜじゃ?」

「簡単だ。今は時期が悪いからじっとしているが、それが終わればすぐにでも俺たちはお前たちを蹂躙できる」


(はぁ~見た目通りのボンクラか)


 どうやら人族の軍が優勢だと思っているらしい。こちらにどんな札があり、どんな手段を取るかすらも考えていない。すべてを自分の都合のいいように捉えていた。


「いいか、お前たちのような薄汚い獣は栄えあるクメニギスに隷属する道しかない。さてもう一度聞くぞ、お前たちは何しに来た?」

「だから停戦交渉じゃ。それに話を聞かねばおぬしたちは」

「おい、やれ」


 ゴン


 ボンクラの後ろにいる一人が槍で思いっきり、ティタを殴りつける。


「いいか、お前たちが出していい言葉は降伏しかない。もう一度だけ聞く、なんの交渉に来たのかな?」


 ティタの頭部から血が流れているにもかかわらず、話が続く。


 横目で容態を軽く確認するが、血の量に比べてとても軽症なため安堵する。


(はぁ~頭を使わないバカじゃのぅ)


 相手の意見も聞かず、自分の身に危険が迫っていることすらもわかっていない。


「仕方ない」


 懐に手を入れて、バアルから預かった物を取り出そうとする。


『グレア婆』


 だがその腕はエナの手によってやんわりと阻止される。


『ここじゃない、それが必要になるのはもう少し先だ』

『………じゃが、こやつが話を聞くのか?』


 獣人の言語でエナと会話していると目の前にいるクラーダがイライラとし始める。


「はぁ~結局頭の悪い獣などと話そうとしたこと自体が間違いだったな」


 そういうとクラーダは手を挙げる。そして周囲にいる人族は杖や槍を構えだす。


「おい、交渉だと」

「交渉?交渉は立場が同じ時でしか成立しない。さて、いまここに俺と同じ立場の者がいるか?」

「いえ、おりません」


 クラーダは後ろの一人の声を掛けると、クラーダの都合がいい声が帰ってきていた。


「それにな、お前たちの首届けて、怒り狂ってくれればこちらの武功も簡単に手に入る」


 向こうは儂らを会話ができる存在と捉えてはなかった。あくまで武功や奴隷にするため存在としか思っていなかった。


(はぁ、これが長の一人となっているとはな。氏族の長でもこいつよりはよほどましじゃの)


 その腕が振り下ろされると人族が剣を抜いて襲い掛かってくる。その様子を見て二人を守るべく【獣化】しようとするのだが


「お前たちの首は綺麗にして届けてやるぞ」

(さて、まさかこんな話の通じないアホが交渉の席に着くとはな…………やはり変われんか)


 予想通りというべきか【獣化】はできなかった。


(仕方ない、二人は儂の身を盾にして)











『グード、助けてやれ』

『御意』


 女性の声が聞こえると、扉が吹き飛び何かが部屋の中に侵入してきた。


「どうやら、手遅れとならずに済んだようだな」


 現れたのは二人の大男を引き連れた、綺麗な金色の髪を特徴ある縦巻きにしている美女。


「初めまして獣人の使者殿、私はクメニギス第一王女エレイーラ・ゼルク・クメニギスという」


 そんな彼女は綺麗な礼と笑顔を獣人達向けていた。

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