第256話 疑惑による不和
レオネから案が出てからも話し合いは続く。だが結局しっくりくるものがなかったため、国名は『アルバングル』に決定した。
そして要件の内の一つである国名を終えれば、今度は違う要件が出てくる。
「それでバアルほかの要件はなんだ?」
国名を決め終えるとすぐさま次の話に進んでいく。
「ああ、近々停戦交渉を行いに行く。その時に代行者を手配しておいてほしい」
「交渉?できるのか?」
テトはクメニギスに交渉できるのか疑問視していた。おそらく情報がルンベルト地方にいるクメニギス軍とこの集落の現状のみだったら、俺もできるとは思わないだろう。
だが
「あと少ししたらできるようになる。そしてその機会をふいにしてしまえば全面戦争に発展するだろうな」
「ふぅん………理由は?」
「簡単だ、交渉しなければルンベルト駐屯地は壊滅する」
この言葉には周囲に小さくない動揺が走る。
「理由の答えになっていないようだが?」
「もっと詳細に教えてほしいのなら、まずはフェウス言語を話せる獣人の手配を頼む」
テトは返答に要求で返した俺から視線を外さない。そしてその緊迫した雰囲気が漂うことになる。証拠にどこからか生唾を飲む音が聞こえるほどだ。
「では儂が行こう」
そんな空気の中グレア婆さんの声で雰囲気は
「儂じゃ不服かい?」
「いや………問題はない、だが」
「危険じゃと?」
「ああ、場合によっては首だけになって帰ってくる」
『『『『『!?』』』』』
周囲から驚きの声が上がる。
「交渉しに行くだけで首だけになると?」
「ああ、可能性は十分にある」
おそらくは無事に生還できるだろうが、何事も絶対はない。なにせ軍の中に馬鹿がいて、それが交渉を受け持ってしまったら十分に殺されてしまう可能性がある。
「………ふむ、なら尚更若いもんに行かせるわけにはいかなくなったね」
グレア婆さんは自分が行くべきと声を上げると、周囲か反対の声が上がる。
「なんで婆さんが行く必要があるんだ!?」
「そうだ!!俺なら殺される前に逃げる自信がある」
「俺もだ!!」
周囲からいくつもの声が上がるが、グレア婆さんが首を縦に振ることはなかった。
「よく聞きな、交渉に行くとなると、当然相手の群れのど真ん中で行われることになるだろう。そして相手の数は私たちの何倍もの数がある。そんな中で逃げて帰ってこれるとでも?戦場では獣の力が封じられたと聞く。当然奴らも使ってくるだろうさ」
「だが、それなら」
「バロ坊たちに行かせると?確かにこやつはなぜかそれに対抗できている、だがな、こやつはテス氏族の長にして封じる術に対抗できる貴重な力の持ち主じゃぞ。この婆とは釣り合わんわい」
「!?けどよ!」
「それ以前におぬしらは奴らの言語が話せるのか?わしの身内に何とか話せそうなのはおるが、それは年若い乙女達じゃぞ?そいつらに行けと?」
「「「「「…………」」」」」
年の功なのか、若い衆はグレア婆さんに何とか反論しようとしているがすべてやりこめられていた。
「さて、異論もないようだし、バアル、交渉の内容を教えてもらうぞ」
「ああ、と言いたいんだが」
「なんじゃ内密にしておきたいのか?」
グレア婆さんはこちらの意図をしっかりと理解しているようだ。
(ないとは思うが、情報が漏れる可能性がある以上できるだけ避けておきたい)
内通者、脅迫、などなで情報漏洩のリスクがあるため、できれば交渉内容を知る連中は最小限の方が都合がよかった。
「よかろう、じゃあ、そこの別室で」
『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』
グレア婆さんが立ち上がると、ある部屋の扉まで進むのだが
ガシャガシャン
「…………はぁ~」
扉を開くと中から現れたのは先ほどの宴会で出てきたゴミの山だった
『『『『『『『『『逃げろ!!!』』』』』』』』』』
「おい、待て!!」
数人の声ともに、この場にいる宴に関わった人物全員が一斉に建物の外に逃げていく。
そしてそれを悲痛な声で止めるバロン。なぜならバロンはすでにテトに捕まっているため逃げることが出来なかった。
「テト」
「なんだ婆様」
「存分に懲らしめてきなさい」
グレア婆さんの言葉でテトは笑顔で立ち上がる。そしてテトが離れたことによりバロンは逃れられたかと思ったが
「バカ亭主、逃げたら………どうなるかわかるな?」
「……あぁ」
当然逃げないように釘を刺される。本当は逃げることが出来るのだが、逃げた後でどうなるかが予想できたのか、借りてきた猫のようにじっとしている。
「待ちやがれ馬鹿ども!!!」
そして肝心のテトは大きな虎になると、飛ぶような速さで逃げていった憐れなウサギを狩りに行った。
部屋がごみで散乱しているため、場所を変えて、グレア婆さんの住居で話し合いをすることとなった。ちなみに移動中にどこからか叫び声が聞こえていたのは幻聴ではないのだろう。
「―――ということで、能あるやつなら交渉を聞き入れるとは思うのだがな」
グレア婆さんに事の経緯とどういった交渉をしてほしいかを伝える。
「なるほど」
そしてグレア婆さんから出てきた返答がこの一声だった。
「あ~~~う~~~?」
一応この場にはレオンとレオネもいるが、レオネは頭が追い付いていないらしい。
「まぁそこまではわかるが、それで戦争が終わるのか?」
レオンは交渉内容は理解できたようだが、そのさきの展望が見通せないらしい。
「安心しろ、一応はグレア婆さんと連絡できるようにはしておく。幸いフェウス言語での会話は可能だからな」
通信機越しだと【念話】は使えない。そのため普通の獣人では通信機を持たせてもほとんど意味がない状態となる。その点グレア婆さんなら内容が理解できるため、使用することが出来た。
「それで、いつ赴けばいい?」
「少なくとも明日明後日ではないな。だが近い内だ」
現在はゼブルス軍はフロシスで補給中、エルフの別動隊はルンベルト途方に差し掛かっている最中だという。今から出ても意味はない。
「ならばいい、それとだが」
それからグレア婆さんが交渉事の疑問点をいろいろと質問してきた。またそれにその質問に答えていると、日が傾き、夕食の時間となった。
「おっしゃーーー!!国の名前が決まったことだし、お前らも全員お仕置きを受けたようでよかったぜ!乾杯だ!!!」
集落の真ん中にある広場にて盛大なキャンプファイアーが行われる。その中心でバロンが音頭を取るのだが、内容にやや私怨が混じっていた。バロンの言葉を聞いてヤジを飛ばした連中は全員が痛々しい姿をしていた。そして最も痛々しい姿をしていたのはバロン本人だった。
「いつ戦争になるかわからないのに怪我を負うなよ………」
その姿を見ながら配られた肉に噛みつく。
バロンは先ほど見た通り、レオンは久しぶりに嫁と一緒に食卓を囲んでいる。そして主だった連中も目立つからある程度は遠目からでも見ることが出来ていた。
「それにしてもエナとティタがいないな」
だが周囲を見渡すがエナとティタの姿が見えなかった。
「ん~~~」
レオネが人の耳ではなく獣の耳を動かして何かを探る。
「どうやら、部屋で寝込んでいるようだね」
「どうしてわかる?」
「ん?そんな会話が聞こえたから」
レオネはそういうが、周囲は宴会騒ぎで少し離れた場所の会話すら俺には聞こえない。
「それなら………いいが」
エナとティタの行動がやや気がかりだが、とりあえずは空腹を満たすことにする。
「ほれ~~飲め~~~」
レオネはふざけながら何かしらの殻でできた器を押し付けてくる。ちなみに中身は酒だ。
「…………レオネ、お前たちは酒をどうやって造っている?」
周囲では子供を除いてほとんどの獣人が酒を飲んでいた。
「ん?お酒?普通にだけど」
「その普通にを教えてくれ」
「それはね~」
「氏族によって違うが、ほとんどが木に穴を掘って、そこいろいろな実を詰め込んでから潰し、あとは放置するだけだ」
後ろから声が聞こえてくる。そしてその声は疑惑を持っているからか何とも不穏に感じてしまう。
「エナ姐ぇ、寝ていたんじゃないの?」
「ああ、少し疲れていたから寝ていた。それよりも寝ていた間になにやら話が進んでいるらしいな」
エナはティタを引き連れて俺とレオネの前に座り込んだ。
「うん、国の名前が決まったよ~あと停戦交渉があと少しで行われるんだけどグレア婆ぁが交渉に行くんだって」
「婆さんがか?」
「うん、人族の言葉を流暢に話せるのはグレア婆ぁが一番だから」
するとエナは何かを考え始める。
「その交渉内容はどんなものだ?」
「う~~んと、ムグッ!?」
交渉内容を話しそうになったレオネの口を塞ぐ。
「内容はごく少人数しか知らない。すでに話はついたからエナは知る必要はない」
するとチビチビと酒を飲んでいたティタがピクリと動く。
「………教えてもいいと思うが?」
「知らなくてもいいと思うが?」
お互いがお互いを突き刺すように視線が絡み合う。
(昼間に姿を見せなかった。本人の言葉だと寝ていたらしいが………どうにもな)
それからは静かな時間が始まる。俺はエナを訝しみ、エナは何を考えているがわからないがこちらに視線を合わせている、またティタは無言で酒を嗜み、レオネは雰囲気が悪いこの中でオロオロとしていた。
「おいおい、お前ら空気が悪いぜ」
すると突然一人が間に入ってくる。
「アシラか」
間に入ってきたのは大きな臼を持ってきたアシラだった。
「こんなめでたい時に暗い雰囲気になるなよ」
「わぁ~い!!」
レオネはすぐさま立ち上がると、アシラが持っていた臼の中を覗いた。
「おお~貴重な実が詰まってますな~~」
「だろ~、これは母さんの特製の酒だ、ジャンジャン飲んじまえ」
俺も興味を惹かれてその臼をのぞき込んでみる。
(少しだけ琥珀色に色づいた液体に、そこの方には何かしらの実の残骸か?)
「気になるか?」
いつの間にか臼を挟んで反対側にエナが立っていた。
「まぁな」
「あの赤い皮の実はアエスという実、あの茶色の種が見えてみる実はヤヌの実だ、それから―――」
それからエナはわざわざ指をさして、どれがなんの実かを教えてくれる。
「そうか……様々な実が入れられているが配合とかは関係しているのか?」
「いや、ラジャの里だと、太い木の幹をこういった形に削って、中にいろいろな実を詰め込む。そのあとに軽く砕いて、樹液や何かしらの乳を注いで、あとは木の皮で蓋をして待つだけだ。氏族によっては岩のくぼみや生きている木の洞を利用するところもあるらしい」
聞いている限りだと猿酒に似たようなものらしい。
「…………………バアルこれだけは覚えておいてくれ。オレは汚い手を使っても仲間を裏切ることはない」
エナはこの言葉だけを発すると、ティタを連れてこの場を離れていった。そしてそれが真実なのか嘘なのかは判断がつかなかった。
そしてそれから4日が経つ頃。いろいろと手回しを終えると、ようやく終わりの時が満ちた。
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