第251話 ディゲシュラムの壊滅
観戦するのに選んだのは一番外側にある門の上だった。そこからは町を一望でき、城も見上げることもできる場所だった。そこからエルフの戦い方を見てみようと思っていたのだが、さほど参考にならなかった。
ドォオン
まず最初に異変が起こったのは城門だった。どこからか起きた大きな地響きと轟音がディゲシュラムを駆け抜ける。
(あいつら何をやった?)
ただ事ではないと思いすぐさま望遠機能を使う。そして見えた光景が城門は完全に崩れ去り、瓦礫がただ無造作に折り重なっている状態だった。
そしてその瓦礫の上で、動いているエルフたちの姿が見えた。
(さすがに中の様子は見れないな)
エルフたちは次々に場内に入るのだが、さすがに城の中を完全に見通すことはできないため、ただじっとしているしかなかった。
また数分もしないうちに、城の内側から様々な人たちが慌てて出てくるのが見えていた。エルフによる襲撃だと理解したため、急いで逃げ出してきたのだろう。
ドォオン
(今度はなんだ?)
視線を門から音のなる方角へ移すと新たに城壁の一部で爆発が起こっていた。こちらは先ほどよりも規模が小さいが人が通れる十分な穴が開いていた。
(どうやら無事に救出はできたみたいだな)
その場所は以前レティアを見つけた場所だった。その穴から何人もの女性を抱えている男エルフが飛び降りているのが見える。その際に精霊魔法を使っているのか、落下途中で不自然な減速をしていた。
そして何人もエルフが穴から抜けて出て、誰も出てこなくなるのを確認すると出てきた彼らはすぐさま都市の外へと向かい始める。
(どうやら無事に逃げることができ)
ボォオ!
た、と思った次の瞬間、城の上部にて、巨大な火柱が上がる。それも一つではなくいくつもだった。
(おいおい、本当に作戦を覚えているのか?)
エルフたちに目的の人物は確保するようには伝えていたのだが、それ以外にもやってはいけないこともいくつか伝えてある。それを本当に覚えているのか問いただしたくなった。
そして城の上部が炎により完全に破壊されると、次々と城の中からエルフたちが出てくる。そしてその中には見覚えのある人物がいた。
(なるほど人質に使ったわけか)
例の伯爵様が一人のエルフに首筋に剣を当てられていた。おそらくは本当は殺したいのだろうが、それはこちらでストップさせてもらっている。彼には犯罪の生き証人になってもらう必要があった。
そして瓦礫の前で立ち尽くしている使用人たちの前まで彼らは移動すると、数人のエルフが土に手を着く。何をしているのか疑問に思っているとすぐに答えはわかった。
地面がまるで波打つように動き、瓦礫をすべて飲み込んでしまった。城からに逃げてきた使用人たちはその様子を茫然と眺めているしかできなかった。
(これで逃げ………るよな?)
エルフたちはそんな使用人たちに何かを叫び伝える。その叫びを聞いて使用人たちは全員門の外に向かって逃げていく。
(寛容だな)
無関係者は殺さないようにしているのが見て取れた。エルフたちも多少の情はあるのだろう。
(だが、そんなことをすれば)
城門のすぐ近くに向けて進む軍勢が確認できた。これだけ時間を掛ければ軍は十分に数を集めることはできる。
急遽集めたようで数にして凡そ2000ほどしかいない。そんな軍が逃げ道を塞ぐと気を大きくしたのか伯爵がエルフに向かって笑みを浮かべながら何かを話していた。
(大方、上から目線で降伏しろとでも言っているのだろうな)
予想がある程度あっているらしく、周囲にいるエルフたちは伯爵に敵意を向けていた。
(頼むから、せっかく仕立て上げた役者を殺すなよ)
自身の体ではないのに顎に手を当てて、何とも言えない雰囲気の中成り行きを見守っていた。最悪は狙撃で伯爵だけを何とか逃がそうとも考えていると、一人のエルフが軍勢の前に歩き始める。
『人族よ!我らの同胞を攫うことがどれほど罪深いことか身をもって思い知れ!!』
その声がロキのいる場所にまで聞こえてくると、城から立ち上っていた巨大な火柱はまるで意志を持つかのように肥大化し城のすべてを飲み込む。その大きさは城壁すべてが火炎で包まれるほどで、町を明るく照らしていた。
(………ここまでやるのか)
あまりの事態に困惑していると、肥大化した炎は火山の様に炎を撒き散らしていく。そして撒き散らかれた炎塊は地面に近づいていくにつれ形を取り始めた。
(あれは狼か?)
炎は次第に緋色に輝く狼へと変化していく。
『『『うわぁぁあああああああ』』』
多くの悲鳴が聞こえてくる。なぜなら炎、もとい緋色の狼は自ら駆け出し、軍に向かって喰らいついていった。
軍もすぐさま魔法などで迎撃を始めるが、緋色の狼は自ら動くため、生半可な魔法など自ら躱していく。そして何発か攻撃を受けたとしてもすぐさま無くなった部位に炎が広がり修復されていく。
そんな一見不死身とも呼べる狼たちは人族の軍に攻撃を仕掛け始めた。
(……えげつないな)
緋色の狼は観察した通り、炎の精霊とでも呼べる存在だった。大元の一体がいるのか、それとも本当に分裂しすべてが本体という状況なのかはわからないが、数は優に千を越していた。
また軍は相性のいい水属性の魔法で対処しようとするが、それをあざけ笑うように狼たちは恐れずに攻撃を仕掛け始める。おそらくは普通の水系魔法で対処しようとしても意味がないのだろう。
(それに物理攻撃も可能なのか)
緋色の狼が一人の人族に嚙みつくと、その場所から炎が上がり、服全体に燃え上がっていく。その本人はすぐさま狼を引き離すが、袖は燃え上がり、腕には牙の跡と焼けた肌が見えていた。
そんな光景をそこかしこで見てみると、ようやくエルフたちが動き出した。伯爵にはもう用は無いという風に蹴飛ばすと一斉に人族の軍に向かって突撃していく。
その光景はあまりにも無謀の様に見えた。なにせ2000の軍勢に10人にも満たない人数で突撃を仕掛けているのだから。だが彼らがエルフだということを忘れてはいけない。彼らは人族とは根本から違った。
エルフたちは魔力任せに身体強化を行うと、内側でも外側でも緋色の狼に対処を追われている軍に向かって激突する。高い場所からそれを一望しているが、それはさながら豆腐の中を銃弾が突き抜けていっているようだった。
その後、エルフたちが難なく軍を突き抜けると一直線に都市の外側へと移動し始める。
(やや派手すぎたようには感じるが、まぁ、これで逃げるだろう)
エルフがいなくなった後のディゲシュラムは本当に20人ほどで行ったかというほど酷い有様だった。城は全て焼け落ち、あとに残るのは焼け落ちることが出来なかった瓦礫の山だけだった。また城を守る堅牢な城壁も入り口部分は完全に破壊されており、城がどんな有様なのかを遠くからでも一望できる。そして一番厄介なのが、軍に襲い掛かっている緋色の狼だ。エルフが逃げたというのに、いまだに軍に喰らいつき、内側からも外側からも破壊を始めている。そしてその中で厄介なのが延焼だった。緋色の狼を吹き飛ばしたはいいものの、家屋にでも当たればその個所から炎が噴き出てあたりにあるものを燃やしてしまう。これが意志のない炎だったただ鎮火すればいいのだが、あいにく緋色の狼は炎に意志が宿った存在と形容していい。最大限嫌がらせをするために、軍の内側で暴れ、外からは襲い掛かり被害を広がっていく。すでに軍の一割は削り取られていた、もし緋色の狼たちの攻撃が夜明けまで続くとなれば軍が壊滅するのも時間の問題だろう。
「おい、終わったぞ」
そんなことを考えていると、エルフの一人がすぐ近くまでやってきていた。
「そうか……ちなみに聞くが、お前たちはどこまでやるつもりだ?」
「ああ?伯爵は生かすがそれ以外はどうなってもいいのだろう?」
言葉を裏返せば伯爵以外ならすべてを灰にしても問題ないとも取れてしまう。
「町を燃やし尽くすつもりか?」
「あの軍が“
エルフの言葉で、あの緋色の狼は精霊であることが判明した。そしてその言葉が嘘ではないとも判明した。
「……それぐらいなら問題ないか」
「お前もドライだな。それと聞きたいんだけど、うちの連中が奴隷連中を開放するつもりだけどいいのか?」
「はぁ?」
「いや、なんでも――」
エルフの話だと、“
「まぁ今回は嵌めたという点で、市民は対象にはなっていないが、それでもどうしても被害は出ちまう。その点奴隷たちは自ら逃げられないし解放ぐらいはしてもいいんじゃないかって話になってな」
今回、身から出た錆とはいえ伯爵には濡れ衣を着せた。その負い目からこの都市自体に攻撃は加えても、市民は攻撃対象にしていないそうだ。もちろんそれで助からない者もいるだろうが、伯爵の性格からいずれはエルフに手を出すだろうからその先取りとでも思ってもらう。
またここ問題なのが、奴隷連中だった。今回の襲撃に負い目を感じているエルフたちは最低限の見せしめで終わろうとしている、だが攻撃対象が都市であり、下手に外に出ることはできない奴隷たちはその巻き添えを食うことになる。なので先んじて、それらを解放しようということらしい。
「………人族の奴隷はただ外に出すだけ、その他種族、主に獣人だろうが、そいつらは可能な限り逃がしていい」
「了解、というよりもすでに、行っているけどな」
「なに?」
その言葉を聞き、すぐさま奴隷の宿舎がある方向を向いてみると、すでに多くの宿舎の扉を壊し、多くの奴隷を外に出しているエルフたちの姿が見えた。
「おい、隷属具を破壊しているように見えるが?」
「仕方ない。そうでもしなければ死ぬだろう」
望遠では獣人の隷属具を外しているエルフの姿がある。
「簡単に外しているように見えるが?」
「秘密だ」
傍に居るエルフは詳細を語ろうとはしなかった。
望遠でその様子を見ていると手に収まる何かを隷属具に押し付けて、その後破壊している様子が見て取れる。
「おい、そろそろ行くぞ、“
「……………そうだな」
エルフがどうやって簡単に隷属具を外しているか気になるが、とりあえずは当初の目的を果たせたということで満足する。
「先に行っているぞ」
「ああ」
背後を確認し、ほぼすべての家屋が燃えているのを尻目に俺とエルフはディゲシュラムから脱出した。
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