第235話 元第三王子

 翌朝、レシュゲルとの交渉を終えたエレイーラと共にフィルクへと向かい始める。


「レシュゲルには軍内部で出来るだけ、再戦を引き延ばしてもらえるように動いてもらっている」

「まぁそれが妥当か」


 馬車の中でエレイーラから報告を受けるのだが、レシュゲルはエレイーラ側に付くことになった。


「ただ、彼がするのはそこまでだ。本格的に彼を引き込むなら解毒薬を用意しないとね」

「まぁそうだろうな」


 当然ながら前払いで派閥を鞍替えすのはあまりにもリスクが高い。そのため、エレイーラの案には乗るが、本格的に派閥として動くのは解毒薬の受け渡しが終わってからだ。


「にしてもどうしたんだ?」

「何がだ?」


 エレイーラは馬車の中にいる俺とレオネ達を見比べて、何かを不思議がっていた。


「まぁ問題ないのだろう」














 都市フシロスからフィルク聖法国に入るまでは馬車で四日ほどかかる。


 本当なら旅路を急ぐため、以前同様に馬を何度も代えて長時間走らせるのだが。残念ながらルンベルト地方にはまず町や村と言った場所が少なく、替えとなる馬が変えなかった。そのため、使いつぶさないように何度も休憩を挟みながら進むことになる。















 四日後、フィルク聖法国の最初の町に到着するのだが。


「真っ白だな」


 言葉の通り、すべての建物が真っ白い建材で立てられていた。家も道路も教会も何もかも、いっそ目が痛くなるほどにだ。


「それで、第三王子はどこにいる?」


 エレイーラがフィルクに訪れたのはクメニギス第三王子アルスラ・ゼルク・クメニギスに会うためだった。


「そう慌てるな。確かに時間はないが、下手に焦っても意味がない」


 確かに少々焦りすぎたかも知れない。一度心を落ち着ける。


 その後は、町の一番大きな宿を取るとエナ達だけを宿に置いて、町の教会に向かう。












 教会に訪れると、礼拝堂に目的の人物がいた。


「お久しぶりです、姉上」


 エレイーラの姿を見ると駆け寄ってくる青年がいる。


「久しいな、健勝か?」

「もちろん、王座の争いから逃げられてのびのびとやらせてもらっています」


 エレイーラと会話をしている青年が目的の第三王子だった。エレイーラとは違い、おっとりとした優和な雰囲気を見せる青年だった。背は男性なだけあって、エレイーラよりも高いが、雰囲気からエレイーラの方が大きくも感じてしまう。髪は茶髪で、神父服ではっきりとはわからないが、あまり体躯がいい方ではないだろう。


「それで重要なお話があると言うことでしたが?」


 エレイーラに伺っている時点で、どうやら要件までは伝わっていないらしい。


「ああ、だが、その話をするのには場所を変えたい」

「わかりました。もしよろしければ姉上の宿で聞きましょう」


 それから教会の神父たちに何かを挨拶するとアルスラは一人の供回りの女性を連れて、俺達とエレイーラの宿へと向かう。


「さて、ではまず何から聞きたいですか?」


 エレイーラが確保した大部屋に全員が集まるとさすがに手狭に感じる。本来は以前と同様に俺達とライル、エレイーラとその護衛の二人と身の回りの世話係である侍女一人の二つのグループで五人部屋を取っていた。だがそれが一挙に五人部屋に入るとなるとこうなるのも必然だ。


「まずは今回、フィルクが我が国に与した理由を話してもらおう」

「それはご存じの通り、同じ信徒が獣人の被害を受けたことにより「愚弟」……はぁ、わかりましたよ」


 とぼけようとしたアルスラをエレイーラが釘を刺す。


「その前に彼らのご紹介をお願いします」


 アルスラの視線がこちらを向く。


「愚弟」

「これは姉上であっても譲れません。何より現在敵対している獣人に聞かれる可能性があるのですよ」


 これはアルスラの言うことに一理ある。


「割り込んで済まないが、アルスラはどの派閥に属している?」

「こちらこそ聞きたいね、君はどこの誰なんだ?」


 アルスラは答えようともせずに質問で返してくる。


「愚弟それぐらいなら答えてやれ」

「………わかりました。ですが、私の返答の後、問いに答えてもらいますよ」


 その言葉に肩をすくめて答えてやる。


「まずは自己紹介から私はアルスラ・クメニギス。フィルク聖法国国教神光教会司祭と務めております。そして君の質問である派閥ですが、私は融和派に所属しております」


 次は君の番ですよという視線を受ける。


「で、アルスラ、今回の戦争を先導してるのはどの派閥だ?」

「はぁ姉上」


 こちらが名乗る気はないと分かったのか、完全に無視を決め込む。


「彼が何者でも問題ないだろう?私が同行している意味を考えろ」

「今は明かせないと言うことですか………もう一度確認しますが、彼らに聞かれても問題ないのですね」

「ああ、私が保証してやる」


 大きなため息を吐くと再びこちらを見据える。


「それで名無しの君は何が聞きたいのかな?」


 とりあえずはエレイーラのとりなしで、名無しのままで話が進む。


「もう一度聞くが、聞きたいのは蛮国への戦争を先導している派閥はどこだ?」

「その問いは姉上の問いに答えてからにしようか」


 アルスラはエレイーラに視線をぶつける。


「クメニギスとの同盟に付いてだよね?」

「その通りだ。まさか、本当に大司教が傷つけられたからとでもいうのではないな?」


 蛮国に攻め入るのにそんなあいまいな理由だけなはずがない。


「その通りだよ、フィルクにも参戦する裏側の理由がある」


 そう言うと、一拍置いてからゆっくりと話し始める。


「まず、事の発端は知っての通りフシロスに視察中の大司教が獣人に襲撃されたことに始まる―――」




 発端はレオンに聞いていた通り、獣人が攫われた同胞を助けるためにフシロスに襲撃を掛けたことから始まる。獣人はその高い身体能力で城壁を突破して場内にある奴隷商に襲撃を仕掛けた。だが当然都市にいる軍も黙っているわけがなく、抵抗を始めることになる。問題なのが市街地戦になってしまったことにあった。市街地で魔法や獣人の【獣化】にて大暴れしてしまえば、当然様々な建物が被害を被ることになる。そしてその建物の中には当然の様に教会が存在していた。教会に避難していた市民を守ろうと、信徒や件の大司教が魔法を使い身を守るが、獣人は魔法を使ったことで援軍だと判断してしまい、その大司教の集団にも攻撃を仕掛けてしまった。



「じゃあ、その大司教が戦争を先導しているのか?」

「違うよ」


 その大司教が声を上げて、戦争を助長していると思ったがそうではないようだ。


「むしろその逆さ、その大司教は奴隷制度を無くそうと奮闘している人物だったのさ」


 その大司教は同胞を攫われた獣人の気持ちを思ってか今回の件を許そうとした、それどころかこういったことを引き起こすから奴隷制度を無くすように上奏するつもりでもあったそうだ。


「獣人達は踏まなくてもいい尾をわざわざ踏んだわけか」

「結果的に見ればそうだね。だけど僕の見立てだと、それが無くても参戦していたと思うよ」

「どういうことだ?」

「ここで姉上の問いの答えになる。もともとこの同盟はクメニギスから持ち掛けられたものさ。そしてその際にフィルクが同盟の際に出した条件は三つ」


 フィルクが出した条件、それが一部教会内での治外法権、多大な献金、そして魔法技術の提供の三つだという。


 一つ目は主要な都市部での教会の治外法権。わかりやすく言えばその教会はクメニギスの意向に必ずそう必要はなくなったことを意味する。


 二つ目は単純明快、金だ。フィルクが協力するための対価となる。


 そして三つ目なのだが


「マナレイ学院が裏で手を引いていると?」

「正確には手を引いているわけではありません。一部の研究所が資金を得るために投資してもらい、その見返りに技術を公表するというものです」

「陛下の許可は?」

「既に取ってあるみたいです。さらに言えば神光教が求めている技術は光系の治癒と防御に関わる魔法技術のみ。父様からしてもそこまで損失がないことが決め手になったのでしょう」


 攻撃に関する物でないため、クメニギスの王は快諾したような形だろう。実際、軍事機密と成りにくい治癒と防御系の知識なら渡してもさほど損失はない。治癒はともかく防御系に関しては、クメニギスからしたらむしろ知っている魔法を使われる方が対策がしやすいだろう。


「まぁ言っては悪いがここまでは、クメニギスの内情が大きく関係しているね」

「フィルク側の参戦理由はなんだ?」

「焦らないでよ、それを話す前に神光教の派閥について説明しておく必要がある」

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