第236話 先立ちの交渉
まず神光教会には平和を愛する教えがいくつも存在する。それはアマルクが各地を巡る時、戦争の醜さを知ったことに起因する。なのでフィルク聖法国はほとんどの魔法体系が治癒や防御系しかないほどだ。
そして信徒が忠実であればあるほど、戦いを嫌う傾向が増加していく。だがここで無視できないのがフィルク聖法国が国であることだ。国として存在すれば絶対に持つ必要があるうちの一つ、それが神光教が嫌う軍隊だった。
戦いを嫌うのに戦うことを目的とする軍を作ること。平和に過ごすためには、絶対に軍を持たなければいけないこと。この矛盾点が存在することこそ派閥が分かれている直接的な原因と言っていい。
「聖騎士団は市民を守ろうと戦うのに、市民は軍を嫌う。そんなジレンマを抱え込んでいるからこそ、彼らは革新派となるしかなかった」
戦うことを忌み嫌う。だが平和を守るには戦って勝ち取るしかない、そんな単純なことすらわからない市民は、すべての不満を軍部にぶつけていることになったわけだ。
「そして名無し君の答えに答えよう。教えに忠実な保守派は軍部が邪魔で仕方ない。だがそれでもなくてはならないことが分かっているため、どうすることもできない。だから彼らはこう考えたわけだ」
「適当な理由を付けて国外に出してしまおう、か?」
答えは拍手で返ってくる。
「その通り。クメニギスで育った僕からしたら、意味が分からない考えなんだけど、フィルクではこの考えがまかり通っている」
アルスラはそう言うが、それだけではない。
(保守派は表立って軍部を必要と言えないからわざわざ冷や飯ぐらいにする必要があるわけか。軍部を冷遇することで内部に戦うことが嫌いだとアピールすることができ、さらには適当に数を減らして派閥が小さくなればなおよし、か)
グロウス王国では考えられない事態だった。
「そう言うことで保守派は邪魔な革新派を追い出し規模を小さくするために同盟を結んで聖騎士団を送り込んだ」
「馬鹿だな」
「全く同意見だ」
俺とエレイーラの意見は一致する。なにせ支配権の一つである軍権を自ら小さくしようとしているからだ。
(だが聞きたいことは聞けた)
後はどのような段取りを付けるかだが。
「ちなみにそれぞれの派閥の規模はどんなだ?」
「そうだね…………よく見積もって保守派が6割、革新派と融和派が2割ずつと言ったところでしょう」
「よく見積もって、か」
つまり、保守派の規模がもう少し多くなってもおかしくはない。
「ちなみに聖騎士団の全員が革新派か?」
「そうだよ。聖騎士達が革新派、その血縁が融和派の場合が多いかな」
さすがに夫や兄や弟が聖騎士だった場合はさすがに批判しようとはしないだろう、むしろ苦悩を知れば擁護に回るはずだ。そしてそれが融和派の大部分だった。
「今回の蛮国侵攻の指揮権はどうなっている?」
「これは平時と変わらないね。教皇が軍権を持って、聖騎士団長にそれが付与されている形だね。後、聖騎士団は枢機卿の半数が賛同すればその指令に従わなければいけないね」
基本的な軍権は教皇が、そして場合によっては枢機卿達の指令を受けなければいけなくなる。
「ちなみに添えて言うなら、聖騎士団は3つ存在しているよ」
一つ目の赤帝聖騎士団。これはフィルク聖法国の西に位置している地域に対して配置されている。フィルクの西側には何やら敵対している国があり、毎年のように争っていると言う。
二つ目が蒼空聖騎士団。この聖騎士団はフィルク聖法国の北側に位置する“
そして三つ目が緑樹騎士団。この騎士団はフィルク聖法国の各地に存在しており、その場その場で何らかの任務を負っているらしい。
「今回は緑樹騎士団の大半が集められて、蛮国に割り振られているね」
クメニギスに対しての戦力がないと思ったが、クメニギスの西側で神光教が根付いているなら、戦争が起こる前に察知して備えることも可能だろう。
「ちなみにだが革新派に所属する枢機卿はいるのか?」
「ああ、いるよ。と言うよりも聖騎士長が枢機卿の位を持っているからね」
ようやくどこに話を持っていけばいいかが見えてきた。
「さらに聞くが今回の戦争は教皇主体か?それとも」
「過半数の枢機卿の指令だよ。内容はクメニギスと同盟を結び、共に蛮国に攻め入ること」
今回教皇主体による指令でなくて安心した。
「教皇様はどちらかと言うと、西に対して警戒しているのだけど、実質的な権力は枢機卿達が握っているからね」
いくら教皇とはいえ、実質的に動いている枢機卿の意見を無視はできないのだろう。
「さて、名無し君、聞きたいことは以上かな?」
「ああ、それだけわかれば後はこっちで何とか出来る」
知りたい情報は知りえた。後はこちらの動きだけで何も問題はない。
「後は姉上ですが、何を聞きたいのでしょうか?」
「いや、聞きたいことはそこにいる名無し君が全部質問した。そうだな、アルスラは緑樹聖騎士団を戦争から遠ざける方法に心当たりはないか?」
思わず崩れ落ちそうになる。なにせ知恵を絞りだすのではなく弟であるアルスラに直に聞いているのだから。普通に考えたらどこまでも値が吊り上げられるだろう。
「それを直接聞きますか……」
「なに、無いなら無いなりに考えるさ。幸い素晴らしき協力者はフィルクに対して特別な切り札を持っているようだしな」
エレイーラは流し目でこちらを見る。
「はぁ、アルスラ、緑樹聖騎士団長は今どこにいる?」
「それを言うと思っているのなら大間違いなんだけど?」
(だよな)
普通に考えれば獣人を連れている俺に軍の総責任者の居場所を言うわけがない。
ならばもう一つの持ち札を使うとしよう。
「ところで話は変わるが、サルカザという名に覚えはあるか?」
この言葉にアルスラともう一人付いてきた女性が反応する。
「一時期グロウス王国で総統括をしていた枢機卿の名前だね?」
「ああ、そいつはフィルク聖法国でどんな評価を得ている?」
アルスラの答えは一つだった。
「近年の大悪党の名前を上げれば絶対に名が上がる人物だね」
「何をして悪党となった?」
続けて質問を繰り返す。
「神光教会を裏切り、宝物殿からいくつかのお宝を盗み去り、道中にある教会のいくつかにて殺人を行った大罪人」
そうサルカザは俺に復讐するために自身が所属していた神光教の宝物殿から魔具を盗んできた罪人。殺人の事に付いては今知ったが、おそらく切り捨てた同僚への復讐だろう。
「サルカザは今も指名手配をしているか?」
「もちろんだ、枢機卿の椅子から降ろされたとはいえ、信徒としてやってはいけないことをした。到底許容できない罪状となっている」
アルスラは本題に入れと視線で訴えてくるので簡潔に言うとしよう。
「サルカザに盗まれた魔具はほしいか?」
当然他国の人間である俺が気軽にフィルクの要人に会えるわけがない。だがその適切な場所に話を持っていき対価を払えばできなくはない。
仮にもフィルクの宝物殿から盗まれた魔具だ。その価値はどう考えても高いに決まっている。
「なんで君が持っているのかな?」
アルスラは疑いの目を向けるが。
「残念ながら俺は被害者さ。リッチになったサルカザに襲われて、討伐した。その際に魔具を貰っただけだ」
「っ」
俺の言葉にアルスラではなくアルスラの後ろにいる少女が反応する。
「フィルクに返還しようとは思わなかったのか?」
「残念ながら魔物が持っていた物の所有権は倒した人物に移るはずだろ?それにこれはどう考えても神光教の失態だ。むしろ償いすらしてほしいぐらいだが?」
アルスラと俺の視線がぶつかり合う。人によってはこの空間に居づらいとも思うだろう。
「つまりはこういいたいのかな、サルカザが迷惑かけた分と彼の持ち逃げした魔具の返還を行うから聖騎士長を紹介してくれと?」
「ついでに言うと、俺はサルカザを倒したことを誰にも吹聴していないから、そのことに関しても手柄にしていいぞ」
サルカザを誰が倒したかなんて俺にとってはどうでもよかった。サルカザが持っていた王冠を見せれば討伐したのは誰が見ても明らかとなるため、その手柄も自由に移し放題だった。
「神光教、と言うよりもそれは融和派に持ち掛けている提案かな?」
「ああ。もしくはアルスラ自身に対する交渉でもいい」
派閥だろうが、個人だろうが、聖騎士長と面会できるのならどちらでもいい。
「なるほど…………リーティーどう思う?」
「融和派から言えば受けるべき提案かと、フィルクの失態も拭えますし、何より保守派に貸しを作ることができます」
アルスラの後ろにいる少女リーティーはゆっくりと噛み締めるように言葉を紡ぎだす。
「アルスラ、彼女は?」
「彼女はリーティー、融和派に属しており、聖職位は司教です」
リーティーと呼ばれる少女は実はアルスラよりも位が高かった。
「リーティーですお見知りおきを」
リーティーと呼ばれた少女は長い灰色の髪を一つの大きな三つ編みにし肩から流している。また背は女性の平均よりはやや高い程度。表情は乏しいが、そのおかげか、美しい相貌が見て取れる。
そんな彼女が優雅に礼をすると、肩から流している三つ編みが揺れ動く。
「さて名無し殿、先ほどの提案ですが、飲ませてもらいます」
「判断が早くて助かる」
ここでまた更に数日時間を置かれるのはタイムリミットがある手前、ごめん被りたかった。
「ですが、こちらも条件を出してもいいですか?」
「一応聞きましょう」
「ありがとうございます。こちらの出す条件は二つ。一つは聖騎士長のところに行くまでその三人の獣人をこちらに引き渡し、預けてもらいたい。そして二つ目ですが私が同行するのをお許し願いたい」
「なるほど」
手っ取り早く言えば、エナ達は俺に対しての人質に、二つ目は万が一に備えての監視というところだろう。
「こちらとしては文句はない」
「ありがとうございます」
こうして無事に聖騎士長の元に案内されることになった。
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