第215話 会議の行く末

〔~ロザミア視点~〕


 バアルから軍を退かせることを頼まれると、直訴するために総司令官の天幕に訪れるのだが。


(あれら、どうやらレシュゲルと声が被ったか)


 ちょうど方針を決めているようだったので、声を出すと被ってしまった。


「誰だ?」

「お久しぶりです総司令官閣下、私はロザミア・エル・ヴェヌアーボといいます。この度特務独立部隊の指揮を執っております」


 リンと副官を伴ってテーブルの前まで進む。


「独立部隊だと?なぜそんな部隊がここにいる?軍議の邪魔だから出ていけ!」


 私たちが気に入らないのか、そう言って声を上げる肉ダルマ。


(確か肉ダルマのクラーダだっけ、軍内部でも相当酷評だったけど)


 噂に通りの無能なのだろう。


「クラーダ殿、今は抑えろ」

「ですが閣下!?」

「ロザミア殿は王命にて動いている特殊部隊の指揮官だ。規模は違えど王命で動いている時点で我と同じ区分だと考えよ」

「っく!?」


 第四師団長がそう言い放つとクラーダは私をにらみつける。


「(完全にお門違いなんだけどなぁ)もう一度言います、これからこの軍がとるべき手段は撤退一択です」


 もう一度そう告げると、この場にいるほとんどが嫌な表情をする。


「理由を問おう」

「まず、私は後方だったが直に先日の戦闘を観察させてもらいました。そのうえで現状を考えますと、この場所にいるのは確実に劣勢となります」


 そう告げると、静かな視線の刃が私に突き刺さる。それは、続けろ、だが納得できない内容ならわかっているな?、と脅されているようだった。


「まず、獣人が使っていた魔法を使えなくする結界。アレは効果時間と範囲が存在しているのを確認しています」


 そうですね?と視線で問うと、幾人かの指揮官が頷く。


「わが軍が獣人から勝利するにはこの魔法を使えなくする結界をどうにかしなければいけません」

「全く持ってその通りですね」


 第五師団長が同意してくれたので話が進めやすい。


「当然ながら例の結界を使われたら効果範囲外に出る、もしくは時間まで耐える、という簡単な策があります、ですが」

「この地形では進むことはできても、配置換えや、退くという行動がしにくい、ですね?」


 レシュゲルさんが私の言いたいことを代弁してくれる。


「その通り、この中央ルートは確かにほかの二ルートと比べて安全に通れるようになっています。そしてそのために軍の大部分がここから侵攻しようともしています」

「だが、それゆえに細かい動きがしずらいということだな」

「はい」


 この中央ルートは二つの山脈に挟まれているという、一直線のルートだ。まずこのルートを通ると地形の要因と山脈からの奇襲横撃に備えるためにそれなりに層を厚くしなければいけない。なにせ少ない獣人が山脈よりやってくるなんてことも想定しえる。さらには効率的に魔法を使用するために決められた兵士の配列というのも層が厚くなる原因だ。


 それゆえに行軍には最低限の隙間しか存在していない。だが、今回それが仇になる。


「仮に兵士の配置が組み換えしやすいようにある程度空間を開けての行進となりますと」

「弾幕が薄くなり、奇襲されやすいか」

「はい」


 今回の対策のために軍を薄く配置すれば、それこそ弾幕が薄くなり、いかに『獣化解除ビーステッドディスペル』で【獣化】を防いだとしても【身体強化】をした軍勢に簡単に飲み込まれるだろう。


 では逆に人を集め厚く配置すれば、それこそ、結界の思うつぼとなってしまう。


「それで撤退か」

「はい、地形的にはこちらが圧倒的に不利です、それゆえに撤退の提案をしました。」

「………ふむ」


 私の意見に総司令は考え込む。どれもこれも正論を捉えており、反論する部分はない。


「思考中に申し訳ありませんがもう一つ」

「なんだ?」

「私の眼には『獣化解除ビーステッドディスペル』が効かない獣人の存在が見受けられました、おそらくはその存在を確認している者がほかにもいると思うのですが」

「はい、そういった報告は上がっています」


 指揮官の声が上がると私の言葉に信用が生まれる。


「この度、戦争のために届けられた、『獣化解除ビーステッドディスペル』の魔法杖。即席とはいえマナレイ学院が総力を挙げて作り出した一品が、通用しなくなる」

「そうだ!このお前の祖父が作り上げられたこれが使えないのがいけないのだぞ!!」


 私の言葉を遮ったクラーダの発言でこの場が冷え切る。


「口を慎みたまえクラーダ師団長」

「ですが、そうし」

「もう一度言う口を慎みたまえ」


 反論しようとしたクラーダをにらみつけ、押さえつける総司令。


 正解だ、もしここで総司令官が止めなかったら、マナレイ学院は今後この戦争のために何かを開発するなどのことは差し控えることになっただろう。


「すまない、続けてくれ」

「はい、今回、通用しなかった原因ですが、はっきりとはわかりません。もちろんマナレイ学院は原因追及を行いますが、その間に獣人のほとんどに通用しないという事態になってもおかしくありません」

「結界と合わせると笑えない事態になるね」

「その通りです」


 司令官の一人の合いの手に同意する。


 仮に結界を何とかする術を見つけてもそれまでに『獣化解除ビーステッドディスペル』が発動しなければ結局は振出しに戻る。


「そしてもう一つ、撤退を提案したのには訳があります」


 私はあらかじめ懐に入れていたある結晶を取り出す。


「これは?」

「これって……」


 この結晶を知っている者とそうでない者、その違いはごく簡単、前線にいたかそうでないかだ。


「獣人が結界を張るための物です」

「「「「!?」」」」


 全員が驚き、私の置いた結晶を見つめる。


「こちらの現物は偶然手に入れたものです」


 実は昨日のうちに、戦場後で痕跡がないか調べたところ聖騎士が争ったところでこれが入っている袋を見つけていた。


 おそらく事前に持たせられてはいたが、戦いの中、紐が切られたか、激しい動きでちぎれたといった些細な理由だろう。


「待て、それではこれが封魔結界の元かどうかわからないではないか」

「いえ、わかりますよ、なにせ目の前で使われましたから」


 本当はその瞬間を見たわけではないが、私は見れば・・・大抵の事はわかってしまうため、ひとまずは納得してくれた。


「幸い現物を確保できています。これをマナレイ学院に送り、対抗策を立ててから再び攻め込むのがいいと提言いたします」


 最後にそう言い切り。頭を下げる。


「………………」

「総司令!まさか我らが兵士が築いたここまでの進行をなかったことにするおつもりですか」


(この肉ダルマ)


 余計なところで邪魔をしてくる。


 本人は完全に私情だろうが、言っていることは何も間違っていることではない。なにせここで退いてしまえば今までの兵士の死が無駄になってしまうのだから。


「それに総司令官殿!彼らのフィルク聖法国の聖騎士団の力を借りれば!!」


(あ、このバカ肉ダルマ)


 思わず額に手を当てる。


「確かにその魔法を封じる術は我々には脅威ですが接近戦と驚異的な戦線維持能力がある彼らの力があれば、我々が後方で魔法にて援護をすれば」

「クラーダ殿!!」


 止まらないクラーダの主張をレシュゲルは止める。


(本当、なんであんなのが師団長なんて立場にいるのやら)


 なにせクラーダの言葉を言い換えるとフィルクに耐えてもらい、クメニギスはその後ろから援護するだけという形になってしまう。捉え方が悪かったら盾として使われるようにも感じてしまうだろう。


「総司令官!我々はまだ!!」

「口を開くなクラーダ師団長」

「!?ですが」

「もう一度言うぞ、黙れ」

「くっ」


 総司令の強い物言いで、クラーダはようやく口を閉ざす。


 なにせクラーダの物言いは完全に上から目線だった。下手な発言でフィルクの機嫌を損ねてしまえば、さらに劣勢になってしまう。


「失礼した聖騎士団長殿」

「いえ、こちらの力を過分にご評価しているご様子で光栄です」

「部下が発した言葉の手前、直接聞きたい、聖騎士団は先ほどのクラーダの案はどうお考えか?」


 総司令官がクラーダの失言をうまく活用し問いかける。


 聖騎士団長はあごひげをさすり、考え込む。


「多少は効果があるでしょうが、それだけでしょう。結局は劣勢に持ち込まれてしまいます」

「それは何故?」

「まず確かに我々は貴軍のように魔法を主力にはしていない。だが、それは接近戦に強いというわけではないのです」


 そこから聖騎士団長は詳しく説明していく。


 確かに聖騎士はクメニギスの兵士よりも接近戦に強い、だが獣人とは接近戦のベクトルが違うのだ。


「我々の長所は神聖魔法による経戦能力です。我が国の機密に当たるので多くは語れませんが神聖魔法は攻撃はまずありません。ですがその分防御や回復に長けています」

「ならば!我が軍が攻撃を担えば!!」

「クラーダ」

「っ申し訳ありません」


 クラーダは総司令官の声で頭を下げる。その表情には不満がありありと浮かび上がっていた。


「続けます。先の戦いで前線にいた者の話では自己に掛ける強化魔法と回復魔法は使用できました、ですがその反面他者への魔法が一切使えないことも判明しております」


 それはつまり


「仮に聖騎士が獣人により意識不明の事態に陥らされればそれだけで命を失ったも同義なのです」


 クメニギスの魔法の強みと同様、フィルクの強みも神聖魔法による補助と回復。だが結界のせいでクメニギスよりはましだが、結局はその利点が生かせずいずれは劣勢になるとのこと。


(まぁそうだよね)


 結局のところ、結界のせいでフィルクも少なかれ弱体化を受けていることになる。


「レシュゲルどう考える?」

「恐れながら、今回はロザミア殿に賛同いたします」


 レシュゲルさんは私の案に乗ってくれた。


「まず根拠としてはロザミア殿が言った、結界の解析、これは言ってしまえば我が国の脅威になる可能性が十分にあります」


 その通りだ、なにせこれの製造方法などが蛮国以外に流れてしまえば、我が国の魔法という主力が無力化される恐れがある。そのためにこの存在の事は早急に国に知らせなければいけない。


「ほかにも『獣化解除ビーステッドディスペル』の通用しない事例。こちらに関しては専門外でよくわかりませんが、相手の弱体化が効かなくなった場合我が軍は再び苦戦を強いられてもおかしくありません」

「だが、その例外はまだ数体だろう!」

「現状をよく鑑みてください。はっきりと言いますが、今、この地形にいること自体が劣勢なのです」


 クラーダの苦言にレシュゲルは真っ向から言い放つ。


「どういうことだ?」

「まず獣人はどこからかその結晶を使い、それにより我が軍は打撃を受けました。ですがここで注目してもらいたいのが、『獣化解除ビーステッドディスペル』の魔法杖の半分以上が壊された点です」


 魔法杖は前線に40本配置していた。これはあえて予備を作るために40本しか使わなかったという見方もできるが、実際はそうではない。純粋に前線に配置すればいい数が40本だったに他ならない。


 だが逆を言えば40本を下回ってしまえば、前線全てをカバーすることはできなくなる。


「仮に様々な策を講じ、封魔結界をどうにかできたとしても魔法杖の総数が少ないことから確実にほころびが出てきます。さらには相手がどれほどの数を所持しているかわからない以上ここが危険であるはずです」

「だが撤退しても状況は変わらないはずだろう!?」

「そうでもありません、クラーダ殿、この山脈内での軍では純粋にぶつかり合う手前、一定以上の数の利がありません。ですがルンベルト駐屯地まで撤退すれば山脈に挟まれることなどなく、十分に数の利を生かせます。さらには封魔結界が設置する必要と制限時間という観点から軍が動き回りやすい十分な広さも存在します」


 レシュゲルの言う通りだ。


 この山脈間のルートでは双方とも一定以上の数が存在していれば、そこに利は生まれない。さらには結界の性質上、狭い戦場でこそ効果を発揮する代物と言ってもいい。


「なので一度、情報と物を持ってルンベルト駐屯地まで後退、その後有効手段を見つけ出してから再度侵攻するのがよいかと」

「だがな!!」

「くどいですぞクラーダ殿、今こうしている合間にも獣人が襲い掛かってきてもおかしくない状況なのです!!」


 レシュゲルがそういうと、クラーダははっとしたのか何も言わなくなった。


 おそらくは自分の身にも危険があることが理解できたのだろう。


「ロザミアといったな」

「はい、総司令官」

「マナレイ学院が有効な手段を見つけるまでどれほどかかると踏む?」


 総司令官の言葉を聞き、ロザミアが考える。


「魔法杖の事でしたら現在も誠意生産中とのことで、少ししたらある程度は完了します。ですが例外をもとなると少々時間をいただくことになります。また封魔結界の方はおそらくですが年内には成果は出ないでしょう」

「……………そうか」


 総司令官がそう尋ねてきたということは方針がほぼ決まったようなものだ。


「ロザミア殿の進言を受けてルンベルト駐屯地までの撤退する!!!」


 総司令官の言葉にこの場にいる全員が軍の敬礼で答える。

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