第202話 一つの終わり
(締まらないな)
あっさりと『王』を屠ることができたのだが、肝心の『天龍顕現』の影響は残っていた。イピリアの話ではすべての魔力を消費し尽くしてしまえば元に戻れると言うが、そのためだけにわざわざ西の砂漠まで来ていた。
「ここなら問題ない」
ファルコの先導で砂漠のど真ん中まで来ると、西には海、東には森が視界の隅に見える。
「ほら、さっさとその目立つ図体を何とかしろ」
『わかっている』
適当な攻撃で魔力を消費しようとすると一つ思いつく。
(イピリア、この体でできる最大限の攻撃はなんだ?)
『ん?それは『龍災・天』じゃな』
念話と共にどんな技なのかを教えられる。
(せっかく何してもいい土地なんだ、どこまでできるか試してみるか)
『ただ言っておくがこの技は――』
「『龍災・天』」
バサバサバサ
「おい!!バカ!!何やってんだ!?」
翼がはためく音で目を覚ます。
(あれ……………俺、何していたんだっけ?)
現状を確認するとファルコに両腕を掴まれ飛んでいた。
記憶をたどると『龍災・天』を使用しようとしたところまでは覚えている。だがそこから先は欠片程度しか思い出せない。
(確か急に力が抜けて、光で目を潰されて………そこからがわからん)
『バカモーーン!!』
イピリアが特大の念話が聞こえてくる。
『真下を見てみい!!』
(真下?)
下を見てみると直径数百メートルはありそうなクレーターが出来上がっていた。それも砂が焦げ固まっておりまるで隕石でも落ちてきたかのようにも見える。
「……あれを俺が?」
規模だけで言えば『神罰』の数十倍の威力がありそうだった。
「記憶がないのと、なんか体が痛いのはなんでだ?」
ファルコが掴んでいる腕はもちろん、全身にひりつくような痛みが走っていた。
『そりゃそうじゃろ、『龍災・天』は、すべての雷を一度魔力に変換し、全魔力を持って雷撃を放つ技なのじゃから』
「つまり、これは魔力欠乏症か…………」
MPが0になった状態で魔力を無理に使用しようとするとなる症状だ。具体的には体のあちこちの痛み、強制的な脱力感、眠気、ステータスの低下といった症状が出てくる。
『それだけならまだよかったぞ、お主は生命力を無理やり魔力に変換しておったぞ』
「……よく無事だったな」
下手すれば死ぬような手段を無意識にでも取っていたことに恐怖を覚える。
『それにこの雷はただの雷ではなく『龍雷』だからな、どんな奴らでも防げんよ』
(また新しい
『龍雷』について聞こうと思ったが、疲れすぎて頭が回らない。
「ファルコ、すまんがこのままレオンのところまで運んでくれ」
「いろいろといいたいことはあるが、わかった」
ファルコは何も言わずにレオンのもとに運んでくれる。
(これで魔蟲との戦いは終わる、あとはフィルクとクメニギスか……だめだ、眠い…………)
今後のことを考えようとするのだが、その前に眠気が襲ってくる。
「すまんが少し寝る」
「わかった」
ファルコに了解を取ると、吊るされながら眠りにつく。
「……ほらこれでいいぞ」
ティタに約束の薬を渡してもらう。今回の戦闘で100を超える数になっていた。
「これで死んだら元も子もないな、にしても騒がしいな」
寝ている間に、ファルコにグファの里まで連れ帰ってもらっていた。またレオン達も当初の目的である百足の『母体』と『王』を討伐することができたため怪我人を連れて帰還していた。
そして今回の戦いで魔蟲とは趨勢が決したため、それを祝って大規模な宴が催されていた。平気な奴らは各々酒を楽しみ、力自慢をし、食い倒れている。
俺とティタはそれに参加はしておらず、今は治療する建物にいる。
その理由だが、ティタから報酬である抗体薬を貰うことに加えて怪我人の治療も頼まれていた。
「お、俺たちも」
「い、かせろ」
「おう、ぼうだ」
「そうだ、こんな祝い時、なのに」
各部屋から這いずるように大勢の獣人が出てくる。彼らは多少差異はあるが、当然全身に包帯に似た長い葉やら薬草やらを張られた重傷者だ。
(『王』は倒せたけど損害がなかったわけではないからな)
いくら『王』をなんとかしたと言っても戦術的には敗北だった、損害もそれなりに出ている。
内容は損害にしては死者が約2000人ほど、けが人となるとその何倍もいた。
もちろん『慈悲ノ聖光』であらかた治療したが、俺の魔力が足りず、治療できてない者も大勢存在している。
「ちくしょう、これならもっと大けがすればよかった」
一人がそんな声を漏らすのも無理はない。
重傷者から先に治療していった結果、致命傷を負ったやつらは治癒させ、軽傷の奴らは宴に加わっていて、中途半端に大きい傷を負ったやつらだけがここにいる。
これは不満も言いたくなるだろう。
「はぁ~ティタ」
「……わかっている、ん」
ティタは顔だけ蛇になると黄緑色の液体を出てきた全員に飛ばす。
「「「「「「!?」」」」」」
それに触れた者は痺れが全身に回り動けなくなる。
「じゃあ後は頼んだぞ」
「「「「は~い!!」」」」
ビューラの元で動いていた女性陣がせっせと痺れている連中を部屋まで運ぶ。
「……それじゃあ俺はエナの元に行く」
もう問題ないだろうと判断したティタはそれだけ言い残し、去って行った。
(リンと似ているな)
ティタはエナの元にずっといる、それこそ命に代えても守り抜くと言わんがばかりに。そして忠義で隠している気持ちもリンと似ていた。
「だ~れだ~」
声と共に後ろから目隠しされる。
「何をやっている、レオネ」
「もちろん~功労者をねぎりに」
「ねぎらいにじゃなくてか?」
間違いを指摘するが、レオネはもう忘れたとばかりに動き始める。
「ほらほら行こ!」
レオネに引っ張られながら、宴の中に混じっていく。
グルルルルルルルルルルル
(レオネ、なんでこの席を選んだ?)
よりもよってレオネに案内されたのはレオンやルウ、アシラ、エナ、ノイラ、エルプスの主要メンバーがいる場所だ。
「こら、レオン」
「そうよ、もう済んだことでしょ」
両隣にいるムールやビューラに注意され、うなり声はなくなったが、いまだに鋭いにらみつけは飛んできている。
「それにしてもよ~あんなんができるんならさっさとやっておけよ!」
「まったくだぜ」
ルウとアシラは肉にかみつきながら今日の出来事に文句を言う。
「無理を言うな、俺もあんなことができるなんて今日初めて知った」
「そうなのか?」
「ああ、正直なところエナに教えてもらわなければ俺が『王』を殺せるなんて思わなかったぐらいだ」
それからは事の経緯について根掘り葉掘り聞かれた。
ほどほどの話題が落ち着くと本題を切り出す。
「レオン、今後はどうするつもりだ?」
「ん?ああ、そうだな」
『王』を倒したことによりみんな浮かれてはいるが、まだ『母体』一体と他の魔蟲共が残っている。その他にも人族の軍も早々に対処しにいかなければいけない。
「まず、『王』がいなくなった今、魔蟲にそこまでの脅威はない」
「だな」
「ああ、なんだったら俺のところだけでもやれるぜ」
「同意」
ルウ、アシラ、ノイラがそう息巻く。
それほどまでに魔蟲の勢力は弱まっていると言っていい。
「だよな~……ムール、どう思う?」
(意外だ、ここはエナではないのか)
エナならユニークスキルの力でいろいろとわかると思うのだが、レオンはムールに問いかけ始める。
「そうね、レオンは除くとして、この中の誰かが残れば後はちょっと実力が劣る新人たちだけでも問題ないわね」
レオンに関しては軍の総大将みたいな立ち位置なのでここの問題があらかた終わったら人族との戦争の方に行かなければいけない。だがそれ以外はそうでもないらしく、誰が残っても大差ないとのこと。
「ちなみにどれくらい残す?」
「そうね、大体3000もいれば任せられると思うけど」
「それぐらいか、なら―――」
ムールが主体となり、誰の部隊からどんな人選をしてここに残すのかを話し合う。
「どう~決まった~~?」
レオネが横からのしかかってくる。
「いや、決めている最中だな」
「みたいだね~、ならこれ食べよ」
レオネが差し出してきたのは二つの骨付き肉。
「はむはむ、やっぱムー姉ぇが指揮を執るのか~」
「やっぱり、なのか?」
普通に考えたらエナやレオンが適任だと思うんだが。
「ムー姉ぇはグレ婆ぁの孫だからね、いろいろと知識を教わっているのさ~。だからみんなムー姉ぇの知識を当てにしているのさ」
レオネの説明でムールは珍しく
(だからある程度数を把握したり、人事に関わったりしているのか)
「ムー姉ぇも自分で頭よくなってお兄ぃに迫ったって聞いたからね、間違いないよ」
「ソウデスカ」
そういう話は興味ない。
「では、人員はそれぞれ割り振れいいな?」
「「おう」」
レオネから話を聞いてると、向こうでも話し合いが終わった。
魔蟲担当の人員としてはレオン、ルウ、アシラの部隊から1500ずつ出し、そしてその隊長はルウが担当することになった。
「ではそれ以外の者はできうる限りの速さでテス氏族の元まで来い、いいな」
「「「「了解」」」」
「じゃあ、この宴を存分に楽しめ!!」
「「「「おう!!!」」」」
そういうとレオンはムールの腰を抱きながら肉に食らいつく。
その姿を見て血の涙を流している者や、地面を殴って悔しそうにしている連中もいる。
(こういう光景はどこでも同じだな)
もっている者は当然の権利だが、それを持っていない者からすれば垂涎の光景だ。モテてない存在からすれば嫉妬しか沸き上がってこないだろう。
バサッバサ
頭上から二つの羽音が聞こえてくる。
「その宴、私も加わっていいか?」
「お~ハーストか、いいぞ、お~い二人にも用意してやれ~」
ハーストとファルコも輪に加わり、話が進む。
「それで、この後はレオンはどうするんだ?」
「俺か?俺は連中率いてルンベルトの方向に向かうさ」
当然ながらレオン達は魔蟲を倒して終わりではない。次は人族との戦争が待ち構えている。だがハースト達、ヨク氏族はここまでだ。なにせ彼らからしたら参加する意味もない。今回協力した理由をもう一度使うこともできるが、それをしてもまでヨク氏族が参戦する理由にはならない。
「それとハースト」
レオンは真剣な面持ちをすると自然と頭を下げた。
「この度の助力は本当に助かった礼を言う」
スッ
周囲の獣人もレオンにつられるように頭を下げる。
「我らもキクカ湖のような惨状は起こしたくなかったからな」
「だが、それは礼を言わないことにはならない。『母体』を探すときも、『王』を翻弄するときも世話になった。それを現さないのであれば、俺たちの流儀では死を意味する。だから感謝する」
ハーストとファルコやヨク氏族の全員が居心地悪そうにする。
「わかった受け入れよう」
「ああ、この恩は忘れない」
「ああ、お前は一度覚えた恩は忘れないからな」
「いや、
ハーストの一言でレオンが慌て始める。真剣だった雰囲気が旧友と楽しむ空気になった。
「それでハースト、お前のところはどんな感じだ?」
「ほとんど無事だが、『王』にやられた連中は少なくない」
俺が知っている限り、ヨク氏族の戦士は10人余りが『王』にほかも70人余りが蟲に殺されている。死者はその数だが怪我人となると、ほぼ全員が当てはまってしまう。
「遺体がない奴らは残念だが魂だけでも里に戻してやらないとな」
「それは手伝いたいが」
「まぁ無理だな、バアルならともかく、お前らだと長老たちが許しはしない」
「だよな~お前らのところは頭が固いからな」
「ああ、いずれはお前らとも手を取り合いたいものだな」
「!?叔父さん!?」
寝耳に水だったのかファルコはハーストの言葉にひどく驚く。
「ファルコ、こやつらは長老たちが言っているような者たちか?」
「それは……」
長老がどんなことを言っているかわからんが、いい言葉でないことは確かだろう。
「ハースト、お前が今回すんなりと協力を受け入れたのって?」
「想像に任せる」
エナの予想通り、ハーストの真の目的はレオン達、ここでいう地の者との確執をなくすことだったのだろう。
そのために建前に俺を使いレオン達に合流した。
「私はな、いい加減あの里は吹っ切れるべきだろうと思うのさ」
ハーストの言葉には切なる願いが確かにあった。
「それと次の人族との戦争は我らは参戦しない、いいな?」
「ああ、ここまで助けてくれれば十分だ」
ヨク氏族の戦士はこの宴が終わると里に戻り、日常に戻っていくという。
「じゃあ、今日は楽しんでくれ」
「そうさせてもらう」
レオンとハーストは酒を飲み干す。
「ほらほら~、バアルも!!」
「ぐ!?」
いきなり口の中に木の実を突っ込まれる。
こうして戦士たちはひと時の休息を存分に謳歌していくのであった。
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