第173話 魔蟲の生態

 バロンの住処から数時間も樹海の中を走れば、日も落ち始める。


「今日はここまでだ」


 レオンの言葉で走るのをやめる。さすがに夜の森の恐ろしさはわかっているようで、、まだ日出ているうちに安全な場所を確保する。


「じゃあオレが肉を獲ってくる、火の準備は任せたよ」


 安全そうな場所を確保すると、食糧を調達するためにエナは森の中に姿を消した。


「「…………」」


 この場は男のみとなるのだが、なぜかレオンとティタの雰囲気は少々邪険だった。


「……この際だ、いくつか聞きたいことがある」

「なんだ?」


 レオンはお互いから視線を外さずにレオンが応答する。


「俺たちはどこに向かっている?」

「向かっているのはラジャ氏族、あそこが西の中で最も大きな氏族だ。魔蟲共を倒すための協力もしてくれている」


 それからの話では東のアルバンナはバロンが率いているテス氏族、西のアマングルはラジャ氏族が一大勢力を築いているとのこと。


「じゃあ次に魔蟲の生態について教えてくれ」


 次に敵対するであろう魔蟲に付いて聞く。


「まず、魔蟲は一つの群れを作る。だが群れと言っても一種類の蟲じゃない、いくつもの蟲共がお互い共生しながら生きている一種の氏族だ。毒を使う蟲、甲羅が固くて砕くことができない蟲、空を飛ぶ蟲、闇夜を進む蟲とかが多くいる。そして群れの共通点だが絶対的な『王』が存在している」

「……そいつを叩くことができれば群れは崩壊する。そうすれば種類ごとに固まるから、それを叩けばいい」

「その通りだ、一種類なら別段脅威じゃない。脅威になるのは蟲共がお互いの弱点をカバーしあっているからだ」

「なるほどだ、では魔蟲共に有効な手立てはあるのか?」

「「正面から叩き潰す」」


 説明はよかったのだが最後の問いでレオンとティタは当然のごとく宣言する。


「……それはあれだよな?なんかの作戦とか真正面からの攻撃に重きを置くということだよな?」

「な訳あるか、俺たちが獣と化し、ただ蹂躙するのみだ」

「……その通り」


(獣人は脳筋バカしかいないのか?)


 テトの話だとレオンが軍を作ったと聞いた、つまりは総大将だと思っていいだろう。それなのに攻勢の答えがこれだ。


 これがグロウス王国だったら考えられない事態だ。


(そしてレオンが軍のトップに居られるのならほかの奴らに期待するだけ無駄だよな……唯一参謀らしいのはエナくらいか)


 ルンベルト地方の戦いを見れば参謀の立ち位置に最も近そうだった。


「お~い、戻った……どうした?」

「「何も」」


 エナが4匹の鮮やかな鳥を握りながら戻ってくる。それを見た二人は視線を外し離れた場所で横になる。


「まぁいいや、レオン、火をくれ」


 エナは石で燃え移らないように焚火台を作りレオンに指示を出す。


「ほいよ」


 レオンが腕を掲げると指先に火が灯る。エナは長い枝で火を貰うと枯れ木につけ始める。


「ティタ、手伝ってくれ」

「…ああ」


 エナが取ってきた鳥の一匹をティタに渡すと羽をむしり始める。


「それでなんの話をしていた?」

「蟲について少しな」


 先ほどまでの会話を教える。


「ああ、おおむね間違いない。そしていくつか付け加えるなら『王』意外に『母体』もかなり重要になる」


 エナの話では、多種多様な魔蟲を統率するのが『王』で一つの種族を増やすための唯一の存在が『母体』だという。


「つまりは『王』を獲り、その後に『母体』を獲ればオレたちの勝ちだ」


 そうすれば相手は統率することもできなければ繁殖することもない。あとは獣人や在野の魔物

 が魔蟲を討伐すれば勝手に全滅するとのこと。


「だが『王』を獲ろうと思えば魔蟲共が盾になり、その間に魔蟲共が増えて再び盾になる」

「……『母体』を殺そうと考えようとしても、群れの奥深くにいるからそれもできない」


 だがそれがとても難しいと言う。話では、『母体』を狙おうとすれば『王』や統率のとれた魔蟲が盾と成り『母体』を逃がしてしまう。また『王』を狙ったとしても、『王』の前に統率のとれた魔蟲が立ちはだかることになる。


 さらには


「しかも最悪なことに10日もすれば生まれた魔蟲は成虫になってしまうからな、殺しても殺しても追いつかないのさ」

「減らしても少ししたら増えてしまうわけだな」


 減らす数より増える数が多ければ何の意味もない。それも損害アリの作戦なら下策の中の下策だ。


「ああ、しかも俺たちは人族ヒューマン同様に長い年月を掛けないと子供は育たない」


 こういった点から持久戦に持ち込むことはまず無理とのこと。


「おし、羽の処理が終わった」


 エナは羽をむしり終わると鳥の部位ごとにに分けて焼く。










「それでほかに聞きたいことはあるか」


 いい匂いが周囲に充満し、それぞれ肉を食っているとエナが聞いてくる。


「ある」

「おお、なんだ、ある程度は教えたと思うのだが」


 レオンはそう言うが、一つ重要な部分を忘れている。


「俺への対価についてだ」

「「「???」」」


 全員が不思議そうな顔になる。


「事前の話だと、蟲の脅威が無くなれば解放してくれるとのことだが」

「ああ、約束は違えない」


 レオンの言葉に嘘はないだろう。だが言葉だけで約束が固まることはない。


 なにせ


「一つ聞きたい、ティタ、お前も戦いに参加するんだろう?」

「……ああ」

「その際にティタ、お前が死んだら誰が俺の毒を解毒する?」


 戦争でティタが死ぬ、そんなことがなれば俺の毒はどうなるのか。


「……問題ない、俺が死ぬことはない」

「その保証がない」


 ティタが死ねば俺の毒は解毒されずに死を迎える、そんな事態は容認できない。


 そう言うと三人とも考えこむ。


「……ではこうしよう、魔蟲10匹を倒すごとに一日分の抗体薬を渡す。『母体』を殺せば一か月を『王』を殺せば三か月。さらには俺の知り合いにあらかじめ解毒薬を渡しておく、俺が死んだときはそいつからでどうだ?」


 ティタが考え込んだ末にそう告げる。


 抗体薬は『命蝕毒』の期日を伸ばすことができる。仮にティタが死んだとしてもこれにより一週間以上の猶予を与えてくれる。


「そこは毒は解毒するとは言わないんだな?」

「……それはエナ次第だな」


 ティタの視線はエナに固定される。


「じゃあ魔蟲共を殺しつくし、人族の軍団をどうにか出来たらその毒を解毒しよう、いいなレオン」

「ああ、エナの鼻がいいというのなら問題ないだろう、で、これでどうだ?」

「おい待て、条件が一つ増えている」


 元の条件では魔蟲を倒すまでだったはずだ。それなのにクメニギスの軍もどうにかする手はずになっている。


「いいだろう?こっちだって妥協してやっているんだ」

「(チッ)まぁいいさ」


 提示された条件は主に二つ。


 ・普通の魔蟲を10匹殺せば一日、『母体』を殺せば10日分、『王』を殺せば一月分の抗体薬を支給。


 ・『魔蟲』と『人族軍』を解決出来たら『命蝕毒』を解毒すること。その際にはティタが死亡していた場合は事前に解毒剤を渡した存在からもらう。


(悪くはない、だが命を落とすリスクを考えればもう少し欲しいところだ)


 命は握られてはいるが解毒の可能性がある時点で天秤は少しだけ軽くなる、さらには問題解決に掛かる労力と命を落とすリスクこれは天秤に釣り合うのかと言われれば少々損しているように感じる。


「もう少しおまけを付けてくれないか」

「……おまえ、条件を付けられる立場だと思うか?」

「なら、これでどうだ」


 ティタが呆れているとが、エナは服装の内側に手を入れ、取り出されたのは深い緑の結晶が付いた腕輪だった。


「これは?」

「ヨク氏族お手製の腕輪だ、以前一戦交えた時に一人の男がくれてな」

「「………」」


 レオンとティタの表情がなぜだか面白いことになっている。


「これをやるから協力しろ」

「いや、これだけを貰ってもな」

「安心しろ、それには面白い力があってな、魔力を流してみろ」


 訝しみながら言われた通り魔力を流すと、腕輪が独りでに浮き上がる。


「その状態のまま、飛んでみろ」

「???ああ」


 立ち上がり軽くジャンプすると思ったよりも高く飛び跳ねる。


(これは…)

「その腕輪は魔力を流せば身を軽くすることができる。ただ注意しなければ一つ、魔力を多く流してしまえば宙に浮いて身動き取れなくなる」


 効果が収まったのか自然と腕輪は垂れさがっていく。今は少量だからいいが、これがエナの言う通り大量に魔力を流せば風で体が運ばれてしまうだろう。


(おもしろいな)


 すぐさまモノクルを取り出し鑑定する。


 ―――――

 飛翔石の宝輪

 ★×3


【浮遊】


 ヨク氏族の伝統工芸品。魔力を流せば宙に浮く希少な飛翔石を使われており、宝輪に魔力を通せば体ごとを宙に浮かせることができる。

 ―――――


「どうだ?これで足りないなら同じのをいくつか用意しよう」

「…どのくらい用意できる?」

「宝輪は作られている数による、原石はそうだな……用意できるのは同じ奴が100までだ」

「数は少ないのか?」

「いや、一度見たことはあるがその時は結構な鉱床があったぞ」


 念話の翻訳で取れる場所ではなくはっきりと鉱床と出た。つまりは結構な量は保証されている。


 そしてエナの言葉で一つの思い付きが浮かぶ。


「なぁ俺も縄張りを持つことはできるのか?」


「「「……はぁ?」」」


 それから三人の協議の元、不可能ではないと判断される。


 だが


「アルバンナでは自分の縄張りを作ったらいくつかの絶対的なルールが敷かれるが、問題ないか?」


 レオンの話だと縄張りを持つことは氏族を持つことと同じ。なので氏族の長としての役割を行わないと氏族の長としては認められないということになる。


 そしてそのルールなのだが。


「一つ、氏族の長は戦士を率いて氏族を守れる実力を見せねばならない。つまりは力を示し続けろと言うことだ」

「二つ、他の氏族を蔑ろにしてはならない。これは争いで手に入れた縄張りの中にいる全員に理不尽な対応はするなってこと」

「……三つ、我らの敵となる存在が現れたら、ほかの氏族と手を取りそれの対処に当たること。魔蟲や今来ている人族ヒューマンの奴らを倒すということだ」


 三人から告げられた内容を吟味する。


「力を示すのはどうやる?」

「簡単だ、お前の力を見せるか、仲間との力を見せるかをすればいい」

「常に縄張りにいる必要はあるのか?」

「別段そういうことはない、ただ長がいないとき縄張り争いを申し込まれればほかの仲間が応じなければいけないからな、長がいないうちは危険になりやすい」

「もちろん、それは長が最も力を持っている時の場合だ。配下に力が強いものを持てば問題はない」

「……ただ、それは稀。なにせ力を持てば成り上がりたいと思うのが俺達だ。わざわざ下に付くなんてことはよほどのことが無いとあり得ない」


 三人の言葉から少しづつ獣人の性格が理解できてきた。


「じゃあ次に縄張り争いするにはどうすればいい?」

「必要なのは戦士の身分だけだ、それさえあれば縄張り争いには参加できる」


 三人の言葉を聞き、これで話は決まった。


「この腕輪はいらない、代わりに俺に戦士の身分をくれないか?」


 すると、三人は渋い顔になる。


「はぁ~お前ら人族ヒューマンにはわからないがな、戦士とはアルバンナで生きている存在からしたら誰もが目指すものだ、それを報酬で用意できると?」


 レオンが怒りを孕んだ声でそういう。戦士という立場には獣人の中で明確な憬れがあるのだろう。


「じゃあその戦士になるにはどうしている?」


 貰えないとなれば自ら取りに行くしかない。


「……そんな複雑なことはしない、一人で魔獣を殺すことができればいい、ただそれだけだ」

「……………………?それだけか?」

「ああ、その後に、倒した魔獣の力をもらい受け、真の戦士になるだけだ」


 真の戦士が何なのかわからんが、とりあえず獣を倒せば戦士として認めてくれるそうだ。


「なら、試練を受けさせてくれ、そして合格したら戦士と認めてくれないか」

「それならばいいだろう」


 こうして全面的に獣人に協力することになった。








 交渉が成立した翌朝、もう逃げる必要はないので抱えてもらうことなく俺も走る。


人族ヒューマンにしては速いな!!」


 森の中を突っ走るのを見るとレオンが驚嘆する。


「まぁな、エルフの森ではなんどか走り回ったからな」


 なにせノストニアでフィールドウォークを修練したおかげで、森林などでは早く移動できるようになっている。


「じゃあ、これについてこれるか!!!」


 そう言うとレオンは体の大部分に獣の特徴を出すと、先ほどの倍の速度で走っていく。


「はっ」


 ユニークスキルを発動するとすぐにレオンの横まで追いつく。


「!?お前も獣の力を受けているのか」


 何を言っているかわからないがとりあえず、横に並び立つ。


「これが本気か?」

「その喧嘩買った!!」


 挑発するとわずかに残っていた部分まで【獣化】して再び俺を追い抜いていく。


「へぇ~獣の姿を取ることもできるのか」


 今のレオンは金色と赤色の毛が入り混じった獅子の姿を取っている。二足歩行から四足歩行になっており本当に獣のようだ。


「はは!!これならついてこれないだろう!!」

「それはどうかな」


 力強く地面を蹴りレオンの後を追っていく。








「いや、あの速度は無理なんだが」

「……エナ、俺たちは俺たちの速度で行こう」

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