第172話 もう一つの脅威

 一通り氏族の事を教わると、今度は勃発中の戦争の話に移る。


「それでレオン、戦の方はどうなっている?」

「ひとまずは押し返したぜ。だがまた押し返されるだろうよ」

「まぁ仕方ないか、くそ虫・・・どもに割く戦力もあるからな」

「本当にな、奥に引っ込んでくれていれば人族ヒューマンの軍なんて一発で蹴散らしてくれるのに」

(……くそ虫?)


 レオンとテスの会話に気になる部分があった。


人族ヒューマン以外にも戦争しているところがあるのか?」


 思わず聞いてしまった。普通に考えれば人族である俺に答えを教えるなんてことは。


「その通りさ」

「ああ、魔蟲カボインセクトの奴らだ」


(そんなあっさりと教えるのかよ)


 予想に反して二人は嬉々として教えてくれた。


 魔蟲カボインセクト。これは魔物の分類で魔獣とはちがい魔物の中で昆虫の特徴を持つ者の分類を指す。


「正直なところ人族ヒューマン魔蟲カボインセクトのどちらかに集中すれば片方は必ず打ち倒すことができる」


 レオンは自信満々に宣言する。


「なら実行すればいい、多少被害が出るのもやむなしと考えれば全く問題ないだろう?」


 一時的な損害を被る羽目になっても対処できるのなら致し方ないと思う。それこそ不毛な戦争が続き消耗、もしくは負ける可能性があるなら尚更。


「そうであればいいんだがな」

「さすがに短期間では無理だ。全力で潰しにかかっても早くて半年は掛かる。その間に背を突かれて私たちはおしまいさ」


 これが獣人たちは両方に武力を割いている最たる理由だ。片方が最短でも半年となると確かに両方同時に相手しなければいけない。なにせ片方を自由にしてしまえば半年でもだいぶ攻め込まれてしまう。戦時中に無防備な背中をさらして、半年も耐えられることなどできるわけがない。


「なるほどね、それで話を戻すけど俺の処遇は?帰してくれたりするのか?」


 俺の発言にこの場にいる全員の視線がハイエナの獣人、エナに向かう。


「わからん、だが今はまだ帰すべきではないな」

「帰してはくれるんだな?」

「オレの鼻が問題ないと言うまでな」


 鼻?


「ああ、エナの鼻は特別なんだ」


 首をひねっているとレオンが自慢げにそう言う。


「どう特別なんだ?」

「それは言えない」


 さすがにそこまでは教えてくれない。


「あっ、そうだ、この子を魔蟲カボインセクトの部隊に入れれば?」


 バロンの妻の一人がそう提案する。


「おい、さすが」

「だって、この子相当できるでしょ。それに同族と争わせるのはさすがに、ね」


 牛の獣人の言葉で全員の視線がこちらに向く。


「ひとますは自衛できるようにはしているが、戦えるかと言うとそうでも」

「…」ヒュン

「あぶね!?」


 ないと言おうとした瞬間、テトの爪が眼球めがけて飛んでくる。


 それを寸前で回避する。


「ある程度は動けそうだな」

(この女)


 力が無いふりをして、戦いを避けようと考えていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「………まとめるぞ、まず俺が連れてこられた件だが、真相は不明なんだよな」

「ああ、エナの独断だ」

「そしてエナは俺に何をしてほしい、目的があってで攫ってきたわけじゃないんだよな?」

「ああ、オレは本能に従っただけだ」

「………いろいろ文句を言いたいが、本題に入る。まず俺の扱いついてだ」


 何度も回り道してようやく話ができる………………疲れた。


「まず俺に関しては、一週間ごとに薬を飲まなければ死ぬ毒打たれている。だから俺は逆らえないと言えば逆らえない」


 するとレオン以外の視線がエナとティタに向けられる。


(まただ……なんでこの二人に侮蔑の・・・視線が送られるんだ?)


 バロンやテオすらも侮蔑の視線を送る。


「エナ」

「必要なことだ、じゃなければすぐさま逃げるぞ」

「いや、逃がしてくれよ」

「だめだ、逃げたら危険な匂いがする」

「はぁ~、またそれか」

「悪いなテト姐」

「まぁ、いいさ」

「話を戻すぞ、で、俺はこの毒でここに居ざるを得ないわけだ」


 もちろん『飛雷身』で逃げられることは伝えない。自ら手札をさらすなんてことはバカのすることだ。


「何度も言うが俺の取り扱いは決まってない、戦闘もある程度できるがその魔蟲カボインセクトとタダで戦わされるのはまっぴらごめんだ」

「駄々をこねてどうにかなると思っているのか?」

「だが命しか縛られていない。素直に言うこと聞くと思うか?お前らは命と誇りどっちが大事だ」


 そう言うと全員が理解してくれたようだ。


(別段逆らおうと思えば逆らえる。運が絡むが近くにいる獣人を殺して『飛雷身』でリンの元まで逃げる。その後は『浄化』して毒を消してもらうこともできる。もちろん、毒が消せるかどうかも運しだいだが)


 出来ない可能性がゼロでないことからそちらに賭けることもできる。だがやはり確実でないため、正直なところその選択肢は取りたくない。


「(もちろん、穏便に毒を抜いてもらうことができればそれに越したことはない)戦うことを総て拒否するつもりはない。だがただ命令されて従うと思ったら大間違いだ」


 完全に言い切り相手の出方を待つと。


「ふ、ふふ、ふははははははは」


 バロンが大声で笑いだす。


「いい、いいぞ、俺はお前が気に入った」

「ああ、そうかよ」


 気に入られたからなんだと言うのだかな。


「お前、俺たちの氏族に入らんか?」

「「「「「は!?」」」」」

「おい、バロン」

「テト、止めるな、こやつは言い雄になるぞ」


 バロンは先ほどまでとは違いテトとまっすぐに視線を交わす。


「はぁ~好きにしろ」

「ああ、さて返答は?」


 テトはバロンに数秒見つめられると致し方ないと顔をそむける。若干ほほが紅かったが、言わないほうがいいだろう。


 そんなことを思っていると全員の視線がこちらに集まる。


「待遇次第だな」

「むっ」


 バロンは先ほどまで嬉しそうな顔になっていたのに表情が曇る。


「なんだ?」

「はぁ、いや、なんでもない…………お前は何だ?」

「というと?」

「俺が理想とする男のようになれば、俺が忌避すべき男のようにもなる」

「俺は俺だよ、どんなもなにもない」


 俺とバロンの視線が交わり、お互いの心を見透かそうとする。


「よくわからん」


 バロンはそういい寝そべる。


 おそらくだが、バロンは芯を持つ部分に価値を見出したのだろうが、利己的な部分を見て忌避感も得たのだろう。


「まぁいい、それで結局どうすんだこいつは?」


 バロンは俺以外に意見を聞く。


「「「「さぁ~」」」」

「「「わかんな~い」」」


 そう言う意見の中、レオンとエナが目の前に来る。


「エナ、こいつは殺しちゃダメなんだよな?」

「ああ、それは一番まずい」

「手伝ってもらえるなら?」

「得策の匂いがする」

「じゃあ一択だな」


 相談するのはいいが、俺に聞かせていいのか?


「では魔蟲どもの討伐に協力してほしい。これがなされれば無事に君を開放することを約束しよう」


 そう言ってレオンは見詰めてくる。


 その瞳には嘘を言っているようには見えなかった。


「…………詳細を話してくれ」

「分かった、じゃあ、エナ行くぞ」

「あいよ、ティタ、そいつを運びな」


 柱の傍に居た蛇の獣人ティタが有無を言わずに俺を担ぎレオンとエナの後について行く。


「って、おい!?」

「それじゃあ行くぞ!!」


 俺の言葉を無視し、レオンが【獣化】するとエナとティタも【獣化】し後を追う。












 先ほどまでいたバロンの城のような建物はサバンナと樹海の境目辺りにあり、数分馬を走らせるだけでどちらにでも風景が変わっていく。方角は西が樹海で東がサバンナとなっている。


 ちなみに東のサバンナ地帯はアルバンナ、西の樹海はアマングルと呼ばれている。


 この地の特徴は北と南に東西に広がる大きな山脈が存在している。北の山脈はウルブント山脈と言い、海岸沿い近く、山脈を越えた先に小さい平地が存在している。南の山脈は大陸のちょうど真ん中に鎮座し、南半分との境界線となっている。


 話を戻すが西の樹海アマングルを抜けた先は何の緑も存在しない死の砂漠が存在している。ここには生物が住むことができない環境になっているとのこと。


 そして魔蟲共がこちら側に来るには死の砂漠を通って来るよりほかはないそうだ。


 森の中を進みながら説明を受けているのだが、疑問が出てくる。


「山を越えてはこないのか?」

「無理だ、あそこには様々な怪鳥が存在している。こちら側に来る前には必ず食べられるさ」


 南の山脈はガルニクス山脈といい、強大な鳥系魔獣が多く蔓延っているらしく、魔蟲が仮に通ることができても一匹二匹ほどしか通ることができないらしい。


「そしてだいたい10年に一度ガルニクス山脈の向こう側で群蟲の大きな争いが起こる」


 死の砂漠の先、つまりガルニクス山脈の向こう側はアマングルとは比べ物にならないほど土地が豊からしいのだが、そこは魔蟲カボインセクトの世界らしく、一歩足を踏み込めば待っているのは蟲の餌となる運命だという。


 そして魔蟲カボインセクトは共生できる種類ごとに大きな群れ、群蟲を形成しているらしい。そしてそれは一つではなく複数あり、時間が経てば数は増えていくとのこと。時間が経てば当然群蟲同士で争いが起こる。そして勝敗がつけば。


「敗れた奴は身を削りながらなんとか砂漠を渡り逃亡してくる。本当忌々しい奴らだよ」

「…」コク


 もちろんすべての群蟲がではない。あくまで死の砂漠に逃げることができた群蟲だけだ。だが、いくらか数を減らしてこちら側に来たと言っても、数は万をくだらないという。


 なので放っておくと樹海を食い尽くしサバンナの方までやって来て、すべてを食い荒らしてしまうのだとか。


「なるほどな、そしてその魔蟲と戦争が重なり合ったということか」

「そうだ、おかげでどちらにも戦力を割くことになって変に長引いているのさ」

「しかも今回に限って、やたらと魔蟲の数がバカでかいったらありゃしない、人族に割いている戦力なんてほんの三割だぜ」


 思わずエナの言葉に驚く。


 なにせたった三割の戦力でフィルク聖法国とクメニギス魔法国を相手取っているということになる。


(……いっそ、ゼブルス家も協力してこいつらを潰しておくのもアリか?)


 魔蟲を倒し終えて、クメニギスとフィルクを倒し終わったら高確率でグロウスまで到達してしまう。


 ならば、不安の種は摘み取る方がいいのではな


 ゴン


「っ!?」

「何を考えているかは知らんが嫌なにおいがした」

「だからって殴るなよ」


 頭を押さえながら殴った人物に文句を言うが、気にも留めてない。


「知るか、オレはレオンとティタ、テト姐達と楽しく過ごせるようにしたいんだよ」

「じゃあ仮に魔蟲を倒し終えたとして、クメニギスとフィルクを退けた後はどうする?その二国を滅ぼすんじゃないのか?」

「同胞がこれからも危機に陥るなら滅ぼすかもな」


 何のためらいもなくレオンがそう言い切る。

 

「そうだな、レオンの言う通りにだ」

「…エナが危険になれば迷わず」


 エナもティタも迷わず言い切る。ごく一部意見が違うみたいだが誰も気にしない。


 だがレオンの物言いに少し違和感があった。


「陥るなら・・、か……国に牙向く気はないんだな?」

「まぁな、あたしは生まれた地で生きて、生まれた土地で過ごし、生まれた地で死んでいきたい。そしてそれは家族や友人がいること前提だ」

「これはこのアルバンナに生きるみんなの想いだ」

「……その通り」


 レオンもエナもティタも当然のように頷く。


(なるほど、つまりはこの地に攻め入らなければ全く問題はないわけか。ならフィルクやクメニギスが滅んでもグロウス王国は問題ないな)


 なにせグロウス王国は奴隷制は無い、なので獣人を奴隷にしたりなどはしない。奴隷関係でのいざこざは普通には・・・・起きえないだろう。


「なら、いいや、クメニギスでもフィルクでもさっさと潰してくれ」

「?お前はクメニギスの出身じゃないのか?」

「違う、俺はグロウス王国の出だ。一時的に留学しに来ていただけだ。まぁそいつに攫われたけどな」

「それは知らん」


 エナは何の咎もない表情しながら前を走る。

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