第171話 蛮国の体系

 獅子の獣人、レオンに連れられて暗い通路から出て目に入ってきたのは、高台から一昔前の集落を見下ろしているような風景だ。


「こっちだ付いてこい」


 レオンの声で通路の横にある階段を上り始める。


(岩を積み上げて作られたと思ったが、そうじゃないようだな)


 階段はわざわざ岩を切りそろえていたのだが、根本となる建物自体はとてつもなく大きな岩塊をくり抜いて作られている。形はピラミッドに近く、一番上の部分にわざわざ作り上げられた祭壇のような建物が建っている。


(あれが、か)


 その祭壇はパルテノン神殿みたく大きな柱で屋根を支えているだけなので通気性や見通しは抜群。そして真ん中には威圧するために無骨で豪華に造られた座があり、そこには胡坐をかき、ふんぞり返っている一人の獣人がいる。


「ほぉ、お前か、不幸にもとっ捕まえられたバカは」


 王と呼ぶには荒々しい様相で鎮座している大男がどうやらレオンの父親らしい。


 外見的にはレオンと同じ特徴をしているが、レオンをさらに野太く頑強にしたような人物だ。


「陛下においてはご機嫌麗しゅう」

「いらんいらん、俺は獣王とは呼ばれてはいるがお前ら人族ヒューマンのような王ではない。そうだな、どちらかというと少し偉いおじさんって感じで接してくれていいぞ」

「…………」


 思わず周囲を見渡したのは仕方がないだろう。なにせ王座らしき場所にいるのだが、全く王に見えない。


 イメージだけで言えば親戚の集まりで一番出世しているおじさんという印象だ


「あなた?」

「ん、ん、それでお前の処遇についてだったな」


 鹿の角のようなものが生えている女性が柱の裏から出てきて、何か言われると焦ったように話を変える。


「(母親は鹿の獣人なのか)ええと、では」

「俺はバロン。テス・バロンだ。気軽にバロンと呼んでくれ」

「………レオン?」

「問題ないさ、親父は別に尊敬されるようなことは何もしてないんだから」


 レオンは格式もくそもないと言い放ち、適当に腰を下ろし始めた。


「おい、レオン、言い過ぎだろう」

「そうだな、戦しか取り柄がない、平時では何も仕事をしていないニートの親父だ」


 レオンに習って腰を下ろすわけにもいかずに、事の成り行きを見ていると二人は急に立ち上がり始めた。


「……さすがの温厚な俺でも怒るぞ」

「弁明があるならしろよ、くそ親父」

「よかろう、その喧嘩買った!!!」


 ガァア!!×2


 咆哮が二つ鳴り響くと同時にバロンとレオンの姿が掻き消える。


「って、おいおいおいおい!?」


 なんとバロンはレオンに突進すると、レオンはそれに抵抗しようとし二人とも縺れながら神殿の外に吹き飛んでいく。


「いいのか!?あれ!?」

「ああ、いつものことだから」


 こちらは何が何だかわからず混乱しているが、エナは慣れているようで、アレは放っておけと言い放ち、柱のすぐそばに腰を下ろす。


「いつのときも男はバカばかりだ」

「ほんとうにね、エナちゃんもあのバカをいつでも見限っていいわよ」

「そうそう、男が張り合うのなんていつものことなんだから」

「ほんとうよ、家の弟もね」


 どこからか兎、猫、熊、犬、鼠、リス、牛、シマウマの獣人が出てくる。


 それも全員女性だ。


「えっとあなた方は?」

「私たちはバロンの妻よ」

「私たち・・?」

「そうよ~」


 全員が体のどこかに動物の特徴を持っていたが、容姿は非常に優れていた。全員が夫人というなら男としてもげろと思わなくもない。


「まぁ正妻は私たちじゃないけどね」

「そうそう、テトならもうすぐ帰って来るんじゃないかしら」


 どうやら女性を束ねているのは他の人物のようだ。


「……俺の処遇について話すんじゃなかったのか?」

「そうなんだがなぁ、ああなったらひと段落しないとどうにもならん」


 エナに話しかけるんだが処置なしという顔をし、目を伏せる。


「……静かにしていろ」


 そうとだけ言うと蛇の獣人がエナの傍でたたずむ。


(いや、俺にどうしろと)


「どう、よかったら、これでも食べない」

「そうそう、それに人族ヒューマンのお菓子とか教えてほしいし」

「装飾とかもどんなのがあるのか教えて」


 バロンとレオンの喧嘩が終わるまでバロンの奥さんの質問に答えることになった。








 ドシン、ドシン


「なんだ?」


 外から重い足音が聞こえる。この場所まで響いてくる時点でかなりの音量だ。


「あ~テトちぁんが帰ってきたみたい」


 神殿の外に出て下を見てみると、何か大きなものを抱えている人影が見える。


(嘘だろ、あれが人だったら象でも持ってきているのか?)


 その影は片腕で象サイズの魔獣を抱えながらこっちに向かっている。


「え?あれがテトさん?」

「そうよ、テトちゃんが来たならあの二人も」


 影は魔獣を地面に下ろすと高速で殴り合っているバロンとレオンに近づく。


 そして







「何やっているんだ、馬鹿ども!!!」


 ゴン×2


 怒鳴り声と、とてつもなく痛そうな鈍い音が聞こえてくる。







 ズリ、ズリ、ズリ


「「「「「「テトちゃん!おかえり!!」」」」」」

「よう、今戻ったぞ、それとアホ共も連れて来たぞ」


 テトと呼ばれた虎の獣人の両腕には気絶したバロンとレオンが引きずられていた。


「ん?そいつは?」


 ネコ科特有の細い瞳が俺を見据えてくる。


「なんで人族ヒューマンがこんなところにいるんだよ、しかもガキだし」

「オレが連れてきたんだよ」

「エナが、か………分かったお前の好きにすると言い」

「了解だよ」


 なぜか女性陣だけで話が進んでいく。


「いや、この二人に相談しなくていいのか」


 一応、床で伸びている二人を指さす。


「問題ないわよ、バロンはテトちゃんに逆らえないし、レオンはエナちゃんを信頼しているし」

「そうそう、男なんて力仕事をさせれば問題ないから」


 思わずこの二人に同情したくなった。


「ぐぅう、どうなって」

「おい」

「って~、な!?」


 伸びていたバロンが目を覚ます。そしてテトの姿を見ると固まる。


「ようやく起きたか、バカ亭主」

「テ、テト、戻ったのか!?」

「なんだい、旦那の代わりに狩りをしてきてやったのに何だい、その言い草は」

「い、いや、そのことに関してはいつも感謝しているさ」

「まぁいいさ、それでバカ息子となんで喧嘩をした」

「いやな」


 息子に挑発されたことを伝えるバロン。


「何も間違ってないじゃないか」

「いや、まぁ、そうなんだが、明らかに馬鹿にした口調だったからさ」

「それでも、ここでお飾りの長をやっている親父より、軍を作って指揮している息子の方がまだましだと誰もが思うだろうよ」


(……軍を作った?)


「あ~、夫婦の話し合いに割り込んでもいいか」

「ああ、すまないね、とりあえずあんたはバカ息子を交えてあとで説教するから覚えときな」

「お、おう」


 そう言うと俺の前に座り込むバロンとテス。


「さて、何から話そうかね」

「まずは俺の処遇について頼む。ここではっきりさせておきたい」

「そうさね……エナ、あんたはどんな目的でこいつを連れてきたんだ?」

「さぁな」


 いや、さぁなって、お前が連れてきたのだろう。


「俺はそいつを連れてきた方がいいと判断したから連れてきたそれだけさ」

「そのかい」

「ああ、しかも今までに感じたことがないくらいのやつだ」


 バロンやテト、エナは何かを理解しながら話を進めるが、当然ついて行けない。


「まぁお前の扱いはすべてエナに任せるからさ、あとはそいつに聞いてくれ」


 そういって処遇が告げられるが、実際のところよくわからない。


「他に聞きたいことは?」

「そうだな、この国は何て呼べばいい?」

「「「「「「「国?」」」」」」」


 この場にいる全員から疑問の声が上がる。


「ぐぅう、ここは国なんてものは無い」

「大丈夫か、レオン」

「ああ」


 横で伸びていたレオンが起き上がる。


「あ゛~、グラグラする」

「たく、軟だね、もうすこし筋肉つけな」

「……御袋の拳を耐えられたら化け物だろう」


 そう言って悪態つきながらテスの横に座る。


「あ~親父や御袋は外の世界には疎い、だから俺が説明しよう」

「頼む」









 まずレオンたちの国。ここではグロウス王国でも使われていた蛮国と呼称する。


 蛮国なのだが、ここには身分制度や似たようなものが無い。なのであるのは純粋な個の力による称賛だけとなっている。


 レオンしかり、エナしかり、バロンやテトも家格などはなくただ個人への名誉や称賛しかないとのこと。そのため俺のようにゼブルス公爵家と言った爵位などはまず存在しない。


 ではどうやって蛮国を統治しているのか。それは縄張りという形で存在していた。これは一代限りの領地だと考えるのが最もしっくりくるだろう。自分で家を建て、狩場を抑えて、家族を繁栄させていく。そして老いるまでに我が子を育て縄張りを譲り、そこでひっそりと暮らすのが獣人の習慣らしい。


 次に氏族についての体系だが、これは族長と氏族という二つしかない。族長ははっきり言ってしまえば、力で様々な困難に対処るるためのボス、そして氏族は族長に認められ一定の縄張りに住んでいる者全てのこと指す。族長と氏族とでは一応は扱いは違うが、全くと言っていいほど生活には差がないらしい。族長も氏族も変わりなく狩りに生き、家を建て、家族を作る。ただこれだけらしい。


 もちろん氏族は奴隷ではないので許可を取れば縄張りを離れて、未開の地にて自分の縄張りを持つということもできる。ほかにも身の振り方はいくつかある。


 例えば氏族の長に弟がいるとしよう、その場合は弟が取れる身の振り方は主に三つある。


 一つ目が縄張りを出ること。生来の縄張りを出て、自分の縄張りを作る。蛮国には未開の地が多くあり、そのうちの一つに生活基盤を作っていく方法。そしたら自分が群れの長となりどんどん産み育てていく。


 二つ目が氏族の一員になること。役割としては部下というよりも縄張りを一緒に守ることを約束した友のようなものらしい。外敵が来れば一緒に戦い、災害があれば一緒に復興する。


 そして三つ目が長に縄張り争いを起こすことだ。これは獣人特有の考え方で長は何よりも強くあり家族を守らなければいけないとされている。なので縄張り争いを申し込まれればそれを受け入れ、勝負しなければいけない。これは場合によっては命を落とすことすらもある。挑戦者が勝てば群れの長に、氏族の長が負ければ長の座を譲らなければいけない。もちろんお互いが最善の状態でなければ縄張り争いは成立しない。出なければ結託して連戦で相手を疲弊させることができてしまう。そして挑戦者が負けた時の処遇だが、これは残るか、去るかの二択だ。残る者は氏族の仲間をとして受け入れられ、去った者には何もしない。それが獣人で絶対のルールだとか。




「ということで国と呼べるものは無いんだ」

「納得だ」


 しいて言えば氏族の名前が国の名前ということになるらしい。

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