第160話 仮説と実状の矛盾点

 マナレイ学院はクメニギスでは普通の国民なら誰しもが知っている学院、それは裏を返せばそこに入ればクメニギスでは絶対的な地位を確立したと言ってもおかしくはない。


 それゆえにマナレイ学院の入学平均年齢は平民が20から、貴族は15からとなっている。もちろんそんな規定はないが、理由としてその背景には入学させるために多額の費用と時間を費やすからだ。


 なにせ我が子にはいいところに行ってほしいとも、一族から優秀な人材を輩出したいという考えからきている。さらに貴族であれば資本と時間の観点から平民よりも何年も早く入学することができるようになり、自尊心や傲りを誘発してしまう。


 ではその中に自分よりも幼い年齢の子供が入ってきたらどうなるか。自分は15でようやく入学できたのに10で入学してきた存在、さぞ鬱陶しくて邪魔な存在に見えるだろう。








「意図的に無視されたり、ものを隠されたり、研究の邪魔されたりしていたのよ」

「それでよく泣いていてね、あたしら平民だけど放っておけなくてね」

「そうそう、そしたら懐いてくれてね、悲しいことがあったらすぐ私らのところに来てお菓子を作って話を聞いたもんさ」

「本当よ、あの頃のミアちゃんはかわいかったわ~」


 それからロザミアの恥ずかしい話やかわいかった時の話がマシンガンのように飛んでくる。


「『やめて』」


 ロザミアの一言でおばちゃんたちが話すのをやめた。


「ごめんよ、ついね」

「そうそう、あ、新しい研究者が加入したお祝いに今日は豪華にするから」


 そう言って具材たっぷりのサンドイッチを作り始める。


「さっき聞いた話は忘れて」

「面白いから嫌だ」

「へぇ~」


 俺達の間で剣呑な雰囲気が流れる。


「ほら、ミアちゃん友達をいじめちゃダメよ」

「友達って、バアル君は弟ぐらいの年の差があるだけど?」

「そんなのあたしらから見れば誤差だよ、誤差」

「ほらミアちゃん、アレを見せておくれよ」

「そこの君もね」


 アレとは?


「ああ、これの事」


 ロザミアはなにかが書かれたカードを取り出す。


「これは学生証だよ、学院の設備を借りるのならこれがないと」

「もらってないんだが」

「ああ、彼については明日出来上がるから今日は何とかしてくれない?」

「仕方ないね、じゃあもう三人前作ってやるから、少し待ってな」


 しばらくするとロザミアと同じぐらい具材が詰められたサンドイッチが渡される。


「どうするここで食べてく?」

「今回はバアル君に任せるよ」

「いつもはどうしているんだ?」

「包んでもらって研究所で食べているよ」


 考えた結果、ロザミアには悪いが今回は場に慣れるためにこの場でお願いした。









 全員分の昼食を受け取ると、そのまま空いてるテーブルに着く。


「食べながらでいいから聞いて。まず私たちの研究だが―――」


 ボリュームたっぷりのサンドイッチを食べようとすると、ロザミアが何やら真剣なまなざしになるので、食事の手を止めて真面目に聞く体勢を取る。


「行き詰っている」

「…………はい?」


 思わず一瞬だけ思考が止まる。


「まず、私の研究は魔力の正体を確かめることだ」

「それは聞いたな」

「次にそれを知るために様々な実験をしたが掴めたのは魔力が宙に存在せず、生物の表面にしか存在しない何か・・ということだ」

「ん?」

「え?」


 ロザミアの言葉に俺とリンは違和感を覚える。


「どうして宙に存在しない・・・・・・・と考えたんだ?」

「ん?それは魔石の実験で出た結論だよ」


 目録から、魔石に関する実験の部分を調べる。




『魔石に関して。


 魔石の使用方法は、主に粉々に砕きポーションにしたり、杖に組み込むことで魔力のみで魔法を行使することを可能にする。ほかにも魔石から魔力補給することによって魔力回復可能(魔石によっては補給率が10%を下回っているので実用的ではない)、なお魔石への魔力注入も可能ではあるが補給率と同じく注入率が著しく悪い※一部例外あり。


 ※注入率、補給率は属性が存在している魔石のみで起こる現象。属性を含まない純魔石であれば100%の確率で供給可能、ただ補給に関しては本人が注入した分のみが受け渡し可能となる。


【実験と趣旨】

 ・魔石を砕くことによる、魔力の供給と注入の量の違いを調べる:壊れることによる魔力の損失は存在するのか。p4~15

 ・魔力補給を限界までを行い、様々な自然環境にて放置する:魔石単体での魔力補填を行うのかどうか。p16~32

 ・半分に砕いた魔石を組み合わせて一つの魔石として扱えるのか:魔石自体に違いはあるのか、同じ属ならば組み合わせられるのか。p33~47

 ・魔石を体に入れ込み結果を観測する:魔石が人体に与える影響を調べる実験。p48~67


 』



「二番目の実験か?」


 二番目の結論では人の手が加えられない限りでは魔石が自然的に補充されることはまずないと書かれている。


「その通りさ、もし仮に宙にも魔力が存在するならおかしくないかい。私たちは魔石に触れ魔力を流せば補充できるのに、宙にある魔力からはできないなんて」


 ロザミアの考えはおかしくはない。もし仮に宙に魔力が存在しているなら魔石に魔力が自然流入するはずなのだから。それが起きてない時点で魔力は宙にないという結論に落ち着いたそうだ。


 だがおれはすでにクラリスから宙に魔力が存在すると聞かされている。


「では魔石単体に魔力補填能力がないとしたらどうだ」


 魔力単体では魔石に入り込むことができなく必ず人体の力が必要になると考えれば宙に存在するしないの話ではなくなる。風船にわざわざ空気を入れないと膨らまないように、何か知らの手間をかけないと魔力が注入できないとも考えられる。


「じゃあ逆に問うが、俺たちの体はどうやって魔力を回復している?」


 まずは根本的な問題を提起しよう。


「それは生命力からじゃない?」

「理由は?」

「まず魔力は生命力と密接な関係を持つと、すでに発表されている。p137を見てごらん」


 そのページを開くと、『生命力と魔力の密接な関係』というタイトルで記述されている。


「説明は省くけど、魔力は体が生命力を作り出すとき出てきた残滓という結論になっているよ。魔力を枯渇した状態でHP生命力が満タンの状態と、一部損傷した状態、瀕死の状態での経過観察をしたところ、満タン、欠損、瀕死の順に魔力回復量が多いことが判明した。つまりは生命力の多さで魔力回復の量が変化がみられる、この時点で生命力と魔力は関係していることが判明したんだ」

「その結果だとのHP生命力が足りている分、魔力回復に回っていると考えるのが自然なのか」


 細胞の修復にHP生命力が必要だとすると、完治した状態ではその分のHP生命力を魔力補充のために使用していると考えれば納得できる。


(魔力を作り出す細胞小器官に生命力を流し込めば、魔力が生まれると考えればうまくは収まるが。『インフィニティ』の原理とは少し異なる)


 魔力を流し、細胞を生きている状態にしているだけで自分の魔力に変換してくれている。ここでは髪単体でHP生命力を持つとは考えられない、この時点でHP生命力は関係ないと推測できる。


「俺はそうは思わないな」

「……なんだって?」

「確かに生命力が関係しているのは認めよう。だが肝心の魔力がどこからともなく生み出されてくるのか?」


 ただただ内側から湧き出てくる物なのだろうか。


「それじゃあ君の考えは?」


 ロザミアはすこし不機嫌になりながら俺の意見を聞こうとする。


「(まぁ長年考えてきた意見をぶち壊されたのなら忌々しく感じるか)生命力が魔力に関係している実験、俺はそうは感じなかった」

「なぜ?」

「確かに生命力を消費するしないの考え方もできるが、それ以外でも魔力回復量の原因が見えてこないか」

「どこ?」

「身体の欠損だ。仮に人の細胞の一つ一つがそれぞれ魔力を作り出す器官をもっていたとしよう。すると怪我、もしくわどこかが欠損したことにより、生み出される総量が減るということになる」


 100の細胞が100の魔力を生み出すと考える。では怪我で10の細胞が機能しなくなってしまった、そうなれば必然的に90の魔力しか生み出さないことになる。


「それこそ、傷の修復という点では生命力を必要とするじゃないのかな」

「ああ、傷の修復という点においてはだ。だが魔力に関しては無関係かもしれないだろう」

「根拠を頂戴」

「こればかりは実験で証明しよう」

「……いいわよ」


 ちょうどよく全員が食べ終わると共にお互いの主張が終わり、あとは実験で証明することになった。









 また場所が変わり、研究所に訪れる。


「それで、どの器具が必要なのかしら?」


 テーブルの上にある程度の実験スペースを確保するが。


「お盆と魔石だけでいい」

「それだけ?」


 疑問に思いながらも用意してくれた。


「まず必要なのは『培養液』」


『亜空庫』から錬金術から作り出した細胞培養液を取り出す。これは俺のインフィニティを稼働させるために使っている物だ。


「へぇ~時空魔法を使えるのか?」

「ああ(どこに行ってもこのくだりが始まるな)、実験に必要なのは培養液に魔石と切りたての体毛だ」

「体毛?」

「ああ、何かの素材でないか?」

「それなら昨日採ってきた『突猪チャージボアの体毛』があるからそれを使おう」


 どっかの棚から束になっている毛を取り出す。


「まずは魔石の魔力を全部抜く」


 触れた状態で身体強化を発動し、魔石の魔力を吸収する。


「これで全部抜いた、確認してくれ」


 全部の魔力を抜いた魔石を手渡す。ロザミアにも魔石に魔力がないことを確かめてもらうためだ。


「ああ、確かにないな」

「それじゃあ次にお盆に培養液を入れ、体毛を投入し、その上に魔石を置くだけ」

「そのあとは?」

「あとは二、三日放置してみろ、そうすれば魔石が復活しているはずだ」


 この実験の趣旨は生命力がない髪が魔力を生み出せるのかどうかだ。仮に体毛自体が魔力を生み出せるのならそこに生命力は必要ないということになる。


「だけどそれって毛に残っている生命力を使って魔力を作り出しているということにならないかな?」

「だったら生命力が無くなるまで続ければいい、生命力は食事でしかとれないんだろう?」


 人はHP生命力を回復させるには食事をとり、睡眠する、もしくは回復薬などでしか回復しない。仮に体毛に生命力が残っていると言われても、何週間、何か月間歩放置した、ただの体毛が生命力を持つと言えるのだろうか。


「……もう実験はしたのか?」

「ああ、だがその目で見てみるまでは納得できないだろう?何だったら、もう一つ体毛を用意しておけばいい、そうすれば朽ちたタイミングで生命力が切れたと判断できるだろう」

「なるほど………バアルはすごいね」










 それから1週間、実験を続けた結果、魔石にはほんの少しだけ魔力が戻っていた。これにより魔力の発生が生命力の有無ではなく細胞の有無であると証明できた。


 では次にただ放置している体毛(正確には生命活動している細胞)より魔力が発生しているのが判明した事を踏まえて、次は体毛自体に生命力を持たせた物(生命回復薬ライフポーションを使用した体毛)と持たせない物を用意する。そして同じように実験を繰り返して魔力量を測ればいい。


 そしてその結果は同一、多少計測により誤差は生じるが、それでも概ね同じといってもいい。このことから生命力が魔力を生み出すことに関係ないと判明した。


 さてではここで出てくる疑問を掘り進めよう。生命力が魔力の源ではないと判明した、ではどれが魔力の源と考えられるのか?


 無から有を生み出すことはできないのは研究者のロザミアもわかっている。


 ではここで宙に魔力がないという前提を覆して周囲には魔力が存在していると考えるとすればおのずと見えてくる仮説が存在する。それが周囲の魔力を吸収して自身の魔力に変換しているという説だ。


 また魔石も注入には一定以上の魔力の勢いが必要だと考えれば辻褄があう。なにせ魔石は触れているか、触れるほど近くにあって魔量を意図的に流し込むかしなければ注入されないのだから。





 これらの結果、生命力が魔力の源ではないと判明することにより、魔力の源が不透明になり宙に魔力がない仮説が成り立たなくなった。


 よって逆説的に考えると、宙には魔力が存在することになる。

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