第159話 ロザミアの苦労

 マナレイ学院に到着すると、早速ロザミアに案内された来たのが学院長室だ。


「よくぞ来た」


 部屋には白いひげを長く蓄えた人物が待っていた。そしてその人物には見覚えがあった。


「お久しぶりです。ローエン学院長」


 以前、何かのパーティーで顔合わせしたことがあるのを覚えている。


「よいよい、もっとフランクに接したまえ」

「そうそう、なにせ生徒である私たちもロー爺って呼んでいるくらいだ」


 ロザミアは飄々と言い放ち、何も言わずにソファに座る。


「もちろん、公式の場などではわきまえてはもらうが、そうでないときはこんな感じでよいぞ」

「では、お言葉に甘えましょう」


 一応は甘受しても最低限の礼儀は守る。


「まず、マナレイ学院についてはどのような認識をしている?」

「魔法について高度に研究している場だと思っています」


 実績を見てもマナレイ学院が高度な魔法技術の発祥の元であるのは疑いがない。


「その認識で問題ない。それと手紙に書いていたのだが研究室は決めたか?」

「はい、『魔力研究室』にしようと思っています」


 そう告げると、ロー爺は少々意外な表情をする。


「ほぅ、それはロザミアに勧められてのか?」

「???いいえ、私自身がそこでなら有益だと判断したからです」


 ロザミアに視線を向けると笑いを堪えている。


「そうか、ではあとのことはロザミアに託してもいいかな?」

「ええ、問題ないよ。せっかくうち魔力研究所に入りたいって新人なんだから手厚く歓迎するさ」

「………あ~ローエン学院長、まさかとは思いますが、魔力研究室の研究者とは」

「うむ、そこにいるロザミアで間違いないぞい」

「…………おぅ」


 魔力というありふれたものを研究しているからフルク先輩みたいな人だと思っていた。


 だがまさか、これが研究員とは。


「一応聞いておきますが賄賂とかもらいました?」

「………ぶっははははははは、安心せい、孫は10の時には学院に来ておった、ほとんどの学問を修め、ほとんどの研究所より招待状が届くほどじゃった」


(って学院長の孫かよ)


 遠縁とは聞いていたが、案外近しい立場にいるらしい。


「だが将来を有望されていた我が孫が進んだ道は誰もが首をかしげるよくわからない学問だった」

(ああ、そういったタイプか)


 教育機関で天才と言われるのは主に二種類ある。一つ目が出された課題を完璧に行い、優等生気質の天才。もう一つが発想がぶっ飛んでいるが、それを成す実力を持つ問題児タイプの天才。前者は既存の組織においては社会のどこに行っても重宝されるが、後者はそうではない。なにせ発想が理解できないことから、既存の枠組みには収まらない人物、つまりは問題児扱いされかねない。だが往々にして革命的な発明を行うのは後者のタイプが多かった。


 前世の研究の経験談だが、成果を出す人は才覚云々はあまり関係なく、どこかねじが外れていた連中が多かった。


「よくわからないなんて失礼だな、どう考えても真っ先に研究するべき部分だろうが」


 そこについては俺も同意見だ………誠に遺憾だが。


「しかしのう、8年経った今でも満足に成果を上げられてはいないではないか」

(………は?18?そのなりで)


 ロザミアは背も高く、どう見ても20に差し掛かった容姿をしている。それこそ下手をすれば20代後半に見られてもおかしくなかった。


「そうさ、でも」


 ロザミアは俺後ろに回ると、無造作に頭を掴まれる。


「私と同じように常識を疑う人物が現れた」

「おい」

「常識を疑えない奴に新しい常識は生み出せない。私もどっかで常識にとらわれている部分があるかもしれないからね」


 ロザミアは仲間ができてうれしそうにしているが、それで成果が出ないなら意味がないだろう。


「それでは、これからのことについて話しておこう」


 また対面に座りなおしたロザミアを見て諦めた表情をしたローエン学院長から一つの本を渡される。











 まずこの学院では知っての通り、入学すると初めに体験訪問を得て自身の入りたい研究室を選ぶことになる。だが研究室では上げた功績により人数と予算が決められており、人気の研究室では基本選抜試験が行われる場合がある。そしてそこを落ちた場合はほかの研究所に入るか、次の募集まで無所属で過ごすかの二択を選ぶことになる。


 全ての研究室は最低人数が1~10人なので、魔力研究室に関しては試験もなしに通ることができる。


 そして授業なのだが、数ある講義の中から自分の研究室に合った科目を選び履修することになる。ここは大学と似ていた。


 最後に一番重要なのが、年に四回の研究発表会。5日に渡りすべての研究室が順々に大学の大広場で成果を発表していく。この発表で規模を拡張する研究室もあれば縮小する研究室もあるので学生はみな必死になり成果を求めようと努力をする。


 そしてこの学院には一つの独特な特徴がある。










「学年が存在しないですか、思い切ったことをしますね」


 なんとこの学院には学年などは存在していない。


 好きに学び、好きに研究し、好きに卒業する。それがこの学院では許されている。


「生活費さえあれば、好きに学問に覚えることができる、学院はそう言うところだよ」

「卒業も自由にですか」

「もちろん、条件があって単位という物が一定以上あること、もしくは3人の教授の推薦があればできる」


 こういう風に面白い体制を取っている。


 そしてだからこそ、残酷と言える。


(パーツはやるから、あとは自分で新しい機械を組み立てろと言っているようなものだ)


 なので本当に成果を残せるのはごく一部だろう。


(あとは有名研究室の出というブランドと、寄生くらいだな)


 そんな奴らを除けば、魔法を発展に貢献する人物を作り出すのには最適な環境だろう。


「さて、挨拶も終わったことだし、早速行くとしようか」


 突然ロザミアが立ち上がると俺たちの傍に立ち


「『ついてきて』」

「?」

「「!?」」


 ロザミアがそう告げて扉の方に進むのだが、なぜだかリンとノエルがそれに追従する。


「さぁて、これから楽しい学問の………あれ?」


 扉を開けて外に出ようとしたタイミングで俺が未だにソファに座っていることに驚いている。


「なんで?」

「いや、こっちがなんで、だ?」


 シャキ

 シュル


 拘束が解かれた瞬間にリンとノエルが俺の目の前に来てロザミアを警戒する。


「ああ、待って待って」

「先ほどの行動から待つと思いますか」


 リンの周りに風が逆巻いている。


「はぁ~ロザミア、お前の悪い癖だぞ、効率的だからと言ってその力を使えばどうなるか散々知っているだろう」


 どうやらローエン学院長は今の行動とかに目星があるようだ。


「謝るから、剣を納めてくれ。ただ新しい研究員が来て浮かれていただけだから」

「………次に同じような行動が見られたら即座に剣を抜きますから」


 どうやらリンに警戒人物認定されたようだ。


(………にしても)


 先ほどの何かは俺に対して行ったはず、だが俺ではなく二人に掛かってしまった。


 様々な疑問が出てくるが、これだけは知っておきたい。


「学院長、この学院内で襲われた時は自衛は許可されていますよね」

「ああ、魔法の爆発や魔獣の実験などで可能性もあるからな、自衛は当然許可してある」


 学院長は次に同じようなことがあれば容赦なく反撃しますよという言い回しに気づいている。そしてその答えが是だ。


「ロザミア、悪気がないのは分かっているが、もう少し客人は丁寧に扱いなさい」

「はいはい、ゴメンよ、悪気はないから」


 そう言って謝るが先ほどの件もあり警戒は続ける。


「それじゃあ、本当に行こっか」


 学院長を見ると頷いているのでひとまずは安心できる。


「おっとそうだ」


 立ち上がりロザミアについて行こうとすると、当の本人が何かを忘れていた様子で振り向く。


「さぁて、これから楽しい学問の始まりだ」


 なぜだか嬉しそうに笑いながら宣言する。












「さて、ここが研究所だ」


 俺達が案内されたのは学院内でも外壁に近しい場所だった。


(寂れているって言った方が正しいか)


 なにせあるのはボロボロの家が一つだけ。それ以外はただ手入れがされていない芝生だけだった。


 道中に見た有名な研究所は学院のすぐ近くにあり、大きな研究施設と実験場の庭や寮などがあって充実した設備となっていたのだが。


「ロザミアは学院長の孫なのだよな?」

「そうよ」

「下手に衝撃を与えれば、すぐにでも崩れそうなのだが……」


 身内贔屓がないという点では組織の健全さがうかがえるが、これは正直どうかと思う。


「まぁ外見は仕方ない、雨風凌げて、実験できる環境であればいいのだから」

「………本当は?」

「私みたいなよくわかんない研究しているところにお金が回ってくると思う?」


 その言葉に納得だ。


「その分、ぐっ、設備にっ、お金をかけっているから十分だ、と思うよ」


 建付けの悪い扉に苦戦しながら言われても説得力がない。


 家の中には大きな部屋が一つと、台所がある小さな部屋が一つだけしかない。


「さぁ、入ってくれ、ああ、機材には触れないようにな」


 大きな部屋に案内されるのだが、部屋のすべての壁に何かのメモ用紙が張っており、どれだけ思考を巡らせたのかが見て取れる。


 中央に置いてある巨大な机には科学器具などがずらっと並んでいる。


「それには一切触らないでよ、一切だからね」


 ロザミアは書類の山を崩し、一つの冊子を持ってくる。


「これ、明日までに全部目を通してくれ」

「……これをか?」


 渡された冊子は辞典と言っていいほどの厚さが出来上がっている。


「これは、今まで私が行ってきた実験のまとめだ」


『身体強化の魔力量の違いにおける効果研究―――』

『魔物解剖による魔力反応の詳細―――』

『各魔法学による、魔力の操作方法とその流れ―――』

『身体の魔力自然回復の調査書―――』

『身体分離での魔力操作―――』

『他者への魔力供給について―――』

『各属性の魔力の形跡―――』

『なぜ魔法が使えるのか―――』

『レベルアップ時のステータス上昇に魔力の関わりについて―――』

 etc、etc、etc…


 軽く冊子に目を通すだけでも膨大な文字の数が見える。



「………これを……明日」


 隣で見ていたリンが絶句する。普通に考えれば、この量を一日でやるのには無理だろう。


 この場で軽く内容を見てみると、魔力に関することの研究ならほとんど行っているようだ。


「できる?無理なら少しずつでいいけど?」

「…いいだろうやってやる」

「そう言うと思っていた、寝泊まりに関しては専用の寮があるから案内するよ」


 今度は寮に案内される。











「ここが君たちの寮だ」


 案内された寮は学院の一部に併設されているため研究所からそのままとんぼ返りすることになった。


「本来なら男女別になっているんだが、君たちは特別に一室丸々貸し与えられることになっている」


 案内されたのは自室と同じ大きさの部屋だ。つまりはかなり大きい。


「ベット、クローゼット、キッチン、本棚、イドラ商会の暖房と冷房、それと洗濯機も常備しているし、干すためのベランダもついている。寮の設備としては最もいいところだよ」


 学院からの招待なのでかなりの好待遇らしい。


「食事に関しては食堂のおばさんに聞いてくれ」


 今度は寮の食堂に案内される。


 食堂では昼頃と言うこともあり、大勢の学徒が席についている。


「あら、ミアが一人じゃないなんて珍しいわね」


 料理をしているおばちゃんの一人がロザミアに話しかける。


「ようやく人が入ってね、その世話をしているのさ」

「そうかい!よかったね!」


 何やらしきりに喜んでいる。


「はて、何て名前だい?」

「これから二年間お世話になる、バアル・セラ・ゼブルスといいます」

「え!?貴族様かい!?」

「まぁ他国のですが」


 すると周辺の人たちが驚く。


「ロザミア?」

「うん、ここは生徒なら朝夕の二回は無料で食べられる、昼も比較的に安く食べられる」

「それで?」

「まぁそんなところだから貴族は使う事はまずないんだよ」


 聞くと、学院の外に出てレストランとかで昼食をとっているようだ。


「だからこの反応か」


 周辺の人の服装を見てみると、たしかに制服にしてはどこかくたびれているのが多かった。


 学食で安い昼食を食べている苦学生のようなものだろう。


「だが、ロザミアは貴族だろう」

「うん、まぁ、そうなんだがな」


 なにやら歯切れが悪い。


「ミアちゃんはね、10歳に入学したのよ」

「それは学院長に聞いた」

「ならこの学園の平均年齢は知っている?」


 この言葉でなんとなく読めた。

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